「……如月」
如月の言葉に、ポツリと呟くように返答する。その声は紛れもなく、睦月のものだった。
「あいたかったよ、如月……」
煙幕の中、如月からは睦月の表情がよく見えない。
「睦月ね、ずっとまえにきゅうに如月がいなくなって、さびしくて、なんで如月はいないのって、みんなにたくさんきいてまわったの」
白煙の中、鈍色に光る砲口は如月を捉えて離さない。
「そしたらね、みんなこういうんだ。如月は、」
煙幕が晴れていく。その瞬間、やっと如月は睦月の表情を視認する。
「アメさんをうばう、わるいひとになっちゃったんだって」
その顏はやつれて、その瞳は虚ろだった、ただ光沢のない虹彩が、如月を見据えていた。
「ぇ……睦月……?」
親友の再会に、緩みかけた口元が困惑に歪む。
「わるいひとをいっぱいやっつけたら、ごほうびにアメさんもらえるの。睦月はよわっちくてちょっとしかもらえないけど、睦月だけじゃなくて、みんなごほうびがすくないから、あんまりワガママいえないよね。……ズルいよ、如月。うばったアメさんいっぱいたべてたんでしょ? 睦月だってほしいよ。おなかすいたよ。睦月、如月のこと、キライ……」
抑揚のない睦月の言葉が如月を口撃する。身に覚えのない呪詛が、容赦なく如月の胸を刺す。キライ、という言葉が頭の中をぐちゃぐちゃに搔き乱して、口元がわなわなと震えだす。
「だからね、如月」
如月の様子を省みることもなく、睦月は平坦な声で続ける。
「ケンカしよ。やっつけたほうが、これからも、アメさんも、ごはんもいっぱいたべられるの。……どっちがどっちをやっつけても、バイバイだね、如月……」
ゆっくりと睦月が単装砲を持ち上げ、如月に狙いを定めていく。照準を合わせる必要のないくらい、二人の物理的距離は近い。けれどその瞬間、二人の心的距離はかけ離れていた。……かに見えた。
「……ぃ」
砲を向ける睦月とは対称的に、如月は俯いたまま動かない。
「……だ」
蚊の鳴くようなか細い如月の声に、睦月の動きが止まる。
「……?」
「……いやだ」
如月の足元の海面に、ポタリ、ポタリと水滴が落ちて小さな波紋を生む。虚ろな睦月の表情が動き、如月を覗きこむ。次の、瞬間だった。
「いやだあああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!!!」
如月が、慟哭した。
「やだ……! いやだ、やだやだ、や゛だも゛ん゛……!!!」
如月は、泣いても何も変わらないことを知っていた。むしろ、泣くなと怒鳴られ叩かれて、状況が悪くなる事の方が多かった。
「如月は、睦月とケンカなんて、しないもん、ぜったい、やだも゛ん゛、だって、だっで、ちがうもん、睦月は、ぜっだいに゛……!」
それでも、とめどなく溢れる涙は止まらなかった。鼻が、のどが詰まって声が出しにくくなっても、叫声を上げるのを止めれらなかった。
「わるいおおかみさんじゃ、な゛い゛……!!!」
だから。その時にやっと、如月は気づいた。大事な人を想う涙は、理性ではどうやっても止めることができないのだと。
「うぁ……うあ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……! ひぐっ、ぐすっ……うぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!!」
一心に、泣き叫んで、しゃくり上げて、駄々をこねて……。その時、凪いだ海の真ん中に浮かぶ小さな姿は兵器などではない。ただの、子どもだった。
「…………!」
歯噛みした睦月から放たれた砲声が聞こえた時、如月の心はひどく穏やかだった。怖くないと言ったら嘘になる。機銃の痛みも、爆風の熱さも、未だ感覚として残っている。異国の水兵の肉塊や、あっという間に水底に沈んだ駆逐艦船の変わり果てた姿は未だ脳裏に焼きついて、怖くて堪らない。
彼女は、『戦果』という言葉を知らない。けれど、敵を倒せば褒められることくらいは知っている。誰にも望まれなかった。生まれてきたことが、きっと間違いだった。そんな自分をの手をただ一人「友達になろう」と握ってくれた人がいた。そんな大事な、大事な友達に撃たれて、自分の命がその人の飴玉の一つになれたのなら……それなら、自分が生まれてきた理由としてはあまりに上出来だ。如月はそう思いながら、止まらない涙をせき止めるように、ぎゅっと瞼を閉じた。