砲戦とはとても呼べない、白兵戦と呼ぶ方が相応しい近距離。仰角0度、水平射撃で命中する。撃てば、当たる。それが、二艦の物理的な距離であった。
……それでも、睦月の放った砲弾は大きく逸れて、如月の右舷後方に水柱を上げた。
「……やっぱりズルいよ、如月。睦月だって、睦月だって……!」
いつまでも痛みがやってこないことに当惑しながら、如月がゆっくりと目を開ける。そこには、砲を両手に構えたまま俯く睦月の姿があった。大粒の涙がポロポロと睦月の目から零れて、潮に混じり合っていく。
「……やだもん、ひっ、ひぐっ……。きゅうにいなくなって、もうあえないって、なんでいなくなっちゃったんだろうって、さびしくて……」
重桜の艦船は兵装を“心”で駆動する。未だ硝煙のくゆる睦月の砲は、遥か上空を仰ぎ見ている。それは紛れもなく、睦月の“心”だった。
「……みんないなくなっちゃって……そーりゅーだって、いなくなっちゃって。ゆにおんやろいやるはアメさんだけじゃなくて、睦月のなかよしなひとぜんぶもってっちゃって。ねんりょーもぜんぜんたべられなくなって。だから睦月、ゆにおんもろいやるも、だいキライになった。如月にまたあえるかもってきいてすごくうれしかったけど、如月もあいつらみたいにわるいひとになった、やっつけないといけないっていわれてたから、睦月、如月はキライだって、なんどもなんどもじぶんにいってた。でも……」
泣き顔に歪んだ顔を上げ、睦月が如月を見据える。涙を湛えたその瞳は、もはや虚無に沈んではいない。
「如月は、睦月の……う、うぁ……と、ともだちだもん! キライになんて、なれないもん……! う、うぁ…………うわああああああぁぁぁぁぁぁん゛ん゛ん゛ん゛、ひっ……ぐすっ、うぁ、あ、あああああああぁぁぁぁぁぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!!!」
「…………睦月!!!!!」
号泣する睦月の姿を見つめ、悲哀を覚悟に変えて引っ込んだ筈の如月の涙は再び溢れ出した。涙の水滴を宙に舞わせながら、飛びつくように睦月に抱擁する。
「う、うううぅぅぅ…………」
「あ、う、あああぁぁぁ…………」
「うあ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!!!!」
「うわああああああぁぁぁぁぁぁん゛ん゛ん゛ん゛…………!!!!!」
かたく、かたく抱き合いながら二人は泣きじゃくる。戦争という都合に翻弄され、成す術もない子ども達は、途方に暮れてだただ泣き続けた。前線から程遠い、戦場の隅。二人の悲痛な慟哭が海に木霊した。
不意に、二人の涙を止める音が上空から響いた。
「……ひっ!」
その音に初めに気がついたのは如月だった。如月の小さな悲鳴を聞き、睦月も我に返る。
「ひ、ひこうき……いやっ!」
航空機の編隊。それは明確に、二人に向かってきていた。
「……如月!」
睦月は如月から身体を離して、震える如月を背に隠す。
「如月、睦月のうしろにかくれてて。だいじょうぶ、睦月は、睦月がたのおねえさんだよ。かいぞうして、つよくなったし、ぜったい如月をまもってあげるよ!」
機銃を向け、空を睨みながら、睦月が吠えた。
「如月を、イジメるなあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
⚓ ⚓
空母機動部隊本隊旗艦、赤城。イケニエの白鶴を供物とし、ヤオヨロズのカミの復活が為された時、作戦は完遂される。これはイケニエを取り戻そうとする鶴の片割れから、贄を捧げる“ヤシロ”を守る防衛戦である。しかし、赤城たちが予想した以上に『聖域』に侵攻する艦隊は多かった。重桜海軍から分裂した瑞鶴率いる新生連合艦隊、それに乗じて重桜殲滅を目論むアズールレーンの任務部隊、そして謎の艦隊。赤城たち機動部隊は寡兵に関わらず、『聖域』多方面に渡り防衛網を広げる必要があった。
その一つ。戦力を割く余裕はなく、半ば捨て石として単艦偵察を命じた睦月。そこから傍受した通信から流れ出る音は、赤城にとってあまりに不愉快なものであった。
「……ギャーギャーと喚き散らすしかない能のない餓鬼ほど耳障りなものはない。そうは思いませんか、加賀? 私たちが抱く崇高な戦の理念など、餓鬼には所詮、理解できないのです」
「……」
「加賀。魚雷装備の零―ゼロ―は現在何機ありますか?」
「……現在は全機に爆弾を搭載しています、姉さま。聖域を嗅ぎ回る艦隊は多数確認していましたが、今の所はスコールの結界内に侵入したのは駆逐艦1隻だけでしたから」
「そうですか。であれば、有象無象どもがこの聖地に土足で踏み入るのも時間の問題でしょう。都合がいいですわ。加賀、攻撃機は魚雷換装作業に移りましょう。そして……」
赤城の口角が吊り上がり、獰悪な笑みを形作る。
「換装が終わり次第、発艦。捨て石と一緒に、無知蒙昧な餓鬼共を掃除してしまいしょう」
それは、弱い獲物をいたぶる悦楽に浸る、残忍な笑みだった。
「……分かりました」
「どこの馬の骨かは知りませんが、元々我らが有していた駒を差し向けた不埒を沈め、カミに捧げる神楽の開幕と致しましょう。くく、あははは……!」
「(……天城さん。私の……私たちの行動は。本当に重桜の未来を照らしてくれるのでしょうか)」
畏敬する今は亡き艦船の名を呟きながら、加賀は偽りの青空を見上げていた。