これはメンタルキューブが照らす、可能性の光。
「ふぁ……ぽかぽか。ラフィ―、眠くなってきた……」
「ま、まだ着いたばかりですよ!? 早速シートに横にならないでください!」
「そんなにかたいこと言わないでいいのですよ、ニーミ。綾波のふるさとでの過ごし方は、人それぞれなのです」
「こっちの言葉では花より団子って言うんですよね? ラフィ―ちゃんにとっては、団子より枕なのかな? ジャベリンはお花見、めいっぱい楽しんじゃいますよ~♪」
いつか、どこかで有り得たかもしれない泡沫の記憶。
「わぁ……キレイだね、イラストリアス姉ちゃん」
「そうね、ユニコーン。本当に美しいチェリー・ブロッサムですわ……」
「陛下、ブルーシートなどの上ではお召し物が汚れてしまいます。僭越ながらベルファストが、お席を設えさせていただきました」
「フン、当然よ! ……こういう所では、“ハナミザケ”っていうのを飲むらしいわね。たまには紅茶以外のものを……って、なんで取り上げちゃうのよ、ベルファスト!? なっ、わ、私は子供じゃないわよー!」
異なる時間軸と異なる空間の出来事は、刻まれて、蓄積されて。
「……見当たりませんわ。この大鳳が腕によりをかけて、指揮官様の好物を重箱に詰め込んだお弁当を頂こうと思いましたのに。それとも、人気のない所で、二人きりでお花見をしたいということなのかしら? ウフフ……♪」
「目障りな害虫が、身の程を弁えない妄想をしているようね? 指揮官様と相伴にあずかるのはこの赤城だけだというのに。“ソウジ”しておこうかしら?」
「……久方ぶりの帰郷だというのに、相変わらず騒々しいなあの二人は……。天城さん、もう猪口が空になっているではないですか、お注ぎします」
「ありがとう、加賀。でも、げほ、げほ……。身体に障るからこのくらいでいいですわ。……それにしても、まるで夢の中にいるよう。空母としてのあなたと、あの子を見ることができるなんて、ね……」
初めは模造として建造された彼女たちはやがて覚醒し、夢を見る。
彼女たちが望んだ、穏やかで平穏な海を征く夢を。
「…………」
この国の名を冠する神木、重桜。この四季を通して散らぬ万年桜を囲うように神社が建てられ、何代も受け継がれてきた巫女が守護している。今や救国の英雄として持て囃される指揮官。その人が擁する艦船であっても、無闇に立ち入ることは許されない。しかし、その周囲に点在する浮島はどれも、全体を覆い尽くさんばかりで桜で溢れていた。重桜の神気により、地方のそれとは目に見えて大きさも、数も、生長の度合いも違う。春爛漫。どこに行っても桜並木が続き、春風に舞う花弁が島に、海に踊る。この国が、最も美しい時期だった。
「…………ぁ」
半舷上陸した艦船たちの喧騒から離れ、如月は人気のない小島の一つに降り立っていた。ふと、重桜を奉る神社を見上げると、掲揚された国旗がはためく様子が見て取れた。重ねた扇に桜の花弁と勾玉。それらは日出ずる国、太陽を象徴するように赤く染められている。ある日、ある場所で。如月がこの旗を掲げて戦場に立った時、彼女にはそれが血の赤に見えていた。けれど、今は……。
「…………」
小島の奥まったところにひっそりと根を伸ばす、一本の桜。並木になっている他の桜と違い、一人佇むその桜が如月は妙に気になっていた。
「……あなたは、ひとりなの?」
如月が、優しい声色で問いかける。問いに応えるように、風がさわさわと枝を揺らした。
「……だいじょうぶ。いつかきっと、あなたをみてくれるひとが、ともだちになってくれるこがいるよ。如月、そのひとりになりますね」
言いながら、そっと幹を抱く。不意に背後からの足音に気づいて如月が振り返った。
「あ、しきかん……」
艦船は艤装を付ければ海上の移動は容易である。しかし人の身である指揮官は
「しきかん……」
如月が、指揮官の方に向き直る。そよ風が色鮮やかな花弁を散らし、それに負けないくらい鮮やかな桜色の髪を泳がせて、如月は言った。
「如月、ここにずっといてもいいですか? おおかみとひこうきがきても、しきかんは如月をまもってくれますか?」
期待と不安が入り混じる瞳が見上げてくる。指揮官が口を開こうとした直前、気配を感じて振り返る。彼は、如月に微笑みかけると、答えずに踵を返した。自分より雄弁に語ってくれる者たちが来ていると、それだけを言い残して。
「あ、しゅきかん! 如月ちゃんをさがしてるんだけど、みなかった? え、むこう? あ、ほんとだ、お~い、如月ちゃ~ん!」
指揮官と入れ替わるように、見知った声が如月を呼んだ。
「あわわ……如月、あたしみたいにまいごになっちゃったと思ったよぉ……」
「そろそろおひるにしようって。ベルファストさんとたいほうさんが、いっしょにすごいおべんとうばこつくってたよ。……たいやきはなかったけど」
「およ……おはなみのおべんとうにたいやきははいってないとおもう……」
「ねーねー、おべんとうにあったおにぎりのなかに、こっそりたくさんからしをいれておいたの! だれがひっかかるかな~みにいこうよ~」
卯月、三日月、文月、水無月がわいわいと如月に話しかける中、
「いこ、如月ちゃん!」
睦月がパッと如月の手を掴んだ。
「……うん!」
友達に囲まれて、手を引かれ。大きく頷いた如月は、いつものおどおどした表情ではない。困ったように眉を落してもいない。心から安らげる場所を見つけた者だけができる表情。満面の笑みが、顔いっぱいに咲いていた。
うららかな陽気と喧騒。桜を愛でる声、酒盛りに羽目を外す声、弁当に舌鼓を打つ声、長月が鳴らしたピー子のアラームとアークロイヤルの悲鳴。呆れるほど平和で穏やかな、いつかどこかで、誰かが夢見た風景がそこにあった。
小島にぽつりと立った一本の桜。その根元に寄りそうように、新しい息吹がひっそりと芽吹いていた。
おしまい