「おともだちって、な……わぷ」
「それより、はやくぐんぷくきようよ。おふろあがりははやくきないと、
何か言いかけた如月の言葉を遮る形で、肌着を頭から被せる睦月。彼女の言葉は、湯冷めをはじめ発する状況こそ合致しているものの、自身が意味を理解している言葉は少ない。半分以上は、お姉さん代わりである年上の少女達の受け売りである。周囲のものを真似したがる月齢ではあるが、殊に睦月はそういった好奇心は旺盛な方だった。
「ほらほら~。バンザーイして、バンザーイ!」
「バンザ……?えっと、あの、あうぅ……」
対して、如月は違った。生まれたその瞬間から疎まれ、蔑まれていた彼女は、周囲の人間を真似事しようものなら、ひどく反感を買う事を知っていた。だから、いつも周囲の顔色を窺った。不愉快にしないように。怒らせたりしないように。ただじっと、言いつけを守り、口答えや反抗をしない。それが幼い彼女に課せられた、理不尽で過酷な処世術だった。内向的な性格が形作られてしまうのは必定とも言えた。
「……本当に大丈夫そうなのです。では綾波は睦月に任せて先に出てるです」
「うん。あやなみ、まったね~!」
頭から被った肌着がひっかかって、中でもごもごしている如月に「バンザイって、こうだよ、こう」とジェスチャーする睦月に「こうって……みえないよぅ……」と籠った声で返事する如月を見ながら、瞬刻だけ微笑む綾波。二人から目を逸らした直後には、彼女の眼光は鬼神のそれに変わっていた。戦場の垢を落して休む間もなく、次の戦場に抜錨する事は決まっていたからである。
「……ぷは」
やっとのことで襟から頸を出した如月の前で、睦月がスモックの上着とスカートを持ってニコニコ顏。
「じ、じぶんで……」
「ダメー。睦月はおねえさんなんだから、如月はいうこときくの!」
睦月に半ば強引に着替えさせながら、如月は戸惑っていた。
「うん! 上も下も、バッチリおそろいだね。じゃ、さいごはぼうし~」
誰からも肯定されてこなかったから、誰かに肯定されることを想像できなかった。
「……ぃたっ」
「? ぼうし、かぶれないね。……あ、そっかぁ!」
肯定されないから、誰かの視界に入ることを恐れた。誰かの手を掛けることを厭った。
「じゃ~ん! 睦月、ハサミつかえるんだよ」
視界に入る事、手が掛かる事はすなわち、誰かの感情を損ねることを意味するのだと知っていたから。生まれた時から、誰かの迷惑になることに怯え続けてきたから。
「いっくよ~、えい!」
「ぴっ!? あ、あうぅ……、ぼうし、ダメにしちゃった。きっと、おこられるよ……」
でも、この場所は。そして目の前のこの子は。視界から逃れようとしても自分から飛び込んできて。手を掛けまいとしても嫌な顔一つせずに世話を焼いてくれて。
「そんなことないよ。はい、ぼうし!」
「……あれ。ちゃんと、かぶれた」
この施しは、この好意は。本当に自分が受け取っていいものなのか、心の奥底が躊躇っていた。
「うえのおみみがジャマでかぶれなかったんだよ。睦月は、え~っと……おはしをもつほうだから、みぎ。みぎのおみみがピーンってたってるの。如月は睦月とはんたいだから、ひだりのおみみ! 睦月のもあながあいてるんだから、如月だけおこられたりしないよ!」
けれど、初めて感じるこの気持ちは、どうしようもなくあたたかくて、心地良くて。
「やっとおそろいのふくになった! 睦月、おんなじくらいの子がぜんぜんいなかったから、おともだちができてすっごくうれしい!」
「……ダメ、だよ。如月なんかがおともだちなんて、睦月にめいわくだよ……」
だから、考えてしまった。きっと自分は、生まれた場所を間違えただけで。
「えー、なんでー? めいわくじゃないよー。ともだちなろうよー。……むぅー。じゃあ、はい!」
「えっと……これ……」
「わたしのアメさん。あげる! ほんとはあげないけど、如月とはなかよしになりたいもん。如月は睦月のアメさんもらったから、これでなかよし。おともだちだよ!」
自分が居てもいい場所は、本当は、もしかしたら、初めからここだったのではないかと。
「それで、おともだちでいいの? ほんとうに、如月とおともだちになってくれるの?」
「いいの! やったー、これで睦月たち、おともだちだよね!」
そう、思いたくなった。そう思った。
「……睦月、ありがとう。如月と、おともだちになってください……」
そう思って、いたのに。
もうちょっと二人のやり取りを濃厚に書きたかった気もするのですが、物語的にもそろそろ展開が欲しいなー、ということでちょっと巻きの進行となりました。より感情移入するための日常を濃密に、かつくどくならないようなちょうどいい塩梅で書くのはなかなか大変ですね。精進しないとなー