如月が見た桜の旗の下で   作:weryu

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隙あらば、すぐに幼女をイチャイチャさせたがる


迷子の海に鳴る鈴の音

 カラフルな色彩と遊具で満たされた幼等寮舎の隅で、如月は独りうずくまっていた。この寮舎に居住するのは未だ睦月と如月の二人だけ。その唯一のルームメイトも留守にしているようで、広すぎるフロアーは、如月の孤独感を深めていた。

「……」

 視界に映る積み木の電車、トランポリン、ボールプール、室内用のシーソーに滑り台。つい昨日まで遊びつくした遊具たちも今はあまり興味が湧いてこない。それに、二人で遊ぶ楽しさを知ってしまった今、一人で遊ぶのはきっと、味気ない。

「……如月は、どうしたらいいのかな」

 広間に、独言が吸い込まれる。静寂の中に投げ込まれた、か細くて舌足らずな、けれど可愛らしい小鳥の囀りのような音。そんな自身の言葉はやけに如月の頭に反響して、もう一人の自分が自分を問い詰めているような錯覚を覚えた。

「わからないよ……おおかみにたべられるのは、いやだよ。でも、おおかみさんにいたいことをするのも、如月は……」

 加賀との会話を思い起こす。彼女の言葉は如月には難しすぎて、半分以上は理解できなかった。できなかったけれど、察しの良い如月には解った。怖い狼に頭から喰い殺されたくなければ、襲ってくるその前に銃を向けろ、と。それができなければ、ここにはいられないのだ、と。

「……」

 視界の遠く遠く、砲弾が到達して赤い光が散った時、如月が最初に抱いた感情は安堵だった。命中して良かった、上手に当てることができた、言いつけを守ることができた、と。その瞬間には、あの場に捕縛された異国の水兵たちの命運は決していたのに。

「……でも、如月のために。如月なんかのために……」

 ヒトを、自分と同じ形をしたモノを殺める抵抗感が薄かったのは事実だった。しかし、簡単には許容できなかった。自分のような誰もに厭われる存在が、誰かを犠牲にしてまで生きるのが本当に正しいのだろうか、と。天秤に掛けた自分の命の重量は、きっと他の誰よりも軽い。そうであるならば、

「やっぱり、如月は……」

「たっだいまぁ~! 如月、もうかえってるー?」

 快活な声が、寮舎の扉が開け放たれると同時に響いた。

「ぁ、睦月……」

「あれぇ、なんでそんなすみっこでまるくなってるの? カタツムリさんごっこ?」

 睦月が寮舎の入口から、トテトテと小さな歩幅で広間の隅の如月に駆けよる。どこからか、チリン、チリンと鈴の音が聞こえた。

「ね、ね、如月。きょうはとおくのほうまでいったんでしょ? どうだった、どうだった??」

「……あ、うん」

 わくわくした表情の睦月とは対称的に、如月が俯きながら返答する。

「……えっと、如月、まよってて。如月、どうすればいんだろう、って……」

「え、如月もまよったの?」

「……え、睦月、も?」

 一切そんな素振りを見せないことに驚く如月をよそに、睦月は流暢に話しだす。

「あのね、ふぶきたちについてったらアメさんみたいなくもがプカプカしててね。おいしそ~とおもってくもさんおいかけてたら、ふぶきたちがまいごなっちゃったの。しょうがないな~っておもって、睦月、もってきたアメさんなめてたら、そーりゅーのテーサツキ? がきてね。かえってきたらすっごいおこられた! ヒドイよね! まいごになったのはふぶきたちなのに!」

 手を広げて天井を見上げて、大好きな飴を見つめるように目を輝かせて、不満そうに口を尖らせて。大きな手ぶりとコロコロと変わる表情を変える睦月を見つめて、

「……ふ、フフ……」

 クスクスと、如月が微笑んだ。いつも天真爛漫な睦月と言葉を交わしていると、如月の胸にかかった黒く、重苦しい靄が晴れていくようだった。心が軽くなった。

「あ、それでね。もうまいごにならないようにってこれもらったの!」

 睦月が自身のルーズソックスを指差す。そこにはリボンに巻かれた鈴が付けられていた。

「たくさんもらってきてよかったー。如月もまいごになったんなら、これいるよね。おそろいのやつ、つけよー!」

「うん、如月も、睦月のおそろいの、つけたい」

「じゃあ、睦月がつけたげるー。おねーさんだもん! ……あれぇ?」

 如月のニーソックスを眺めて、睦月が不思議そうな声を上げる。

「如月のくつした、つけるとこないよ。どうしよ、う~ん。……あ!」

 睦月の膨らみのあるルーズソックスとは異なり、如月の肌に密着するニーソックスはリボンを巻く場所が少ない。困って腕を組んでいた睦月は、何かを閃いたようにポンと手を叩き、

「如月、うしろむいてて、うしろ!」

「……え、睦月とおなじところじゃないの?」

「つけらんないんだもん。はーやーくー。うしろむいて?」

「う、うん……」

 如月が背を向けると、睦月の小さな手が尻尾に触れる感触があった。

「ひゃうっ……!? む、睦月。くすぐったいよぅ……」

「がーまーんー。しっぽうごかしちゃダメー。

 …………よーし! 如月、しっぽうごかして!」

 こそばゆさに耐え睦月の言う通り尻尾を動かさないでいると、今度は逆に動かすように言われた。言われるままに如月が尻尾を振ると、

 チリン――――。

 涼やかな鈴の音が、寮舎に響いていた。

「ぁ……」

「えっへへ~♪ これで睦月がまいごになっても、如月がまいごになっても、すぐに会えるね!」

 如月が目の前に回り込んできた睦月が、ニーッと白い歯を見せながら、屈託のない笑みを浮かべていた。

「……うん。うん! これでまいごになっても、すずのおとがしたらすぐ睦月にあえるね」

 如月は睦月の手を取って、朗らかに微笑んだ。

「ありがとう、睦月」

 もう、如月の心に迷いはなかった。目の前の、大事な友達。その大事な友達がいる大事な場所を守るためなら、もう迷わない。どんなに怖い狼ががやってきても、この場所を、友達を、奪い取ろうとするのなら。

 如月は自分たちを襲う狼をやっつけようと、そう決心した。




如月ちゃん園児にしては考えすぎじゃない……?って感はありますが、そういう子なんですよ。とっても賢い子なんですよ、きっと。
薄い本とか読んでサボってたぶん、がんばって書き進めたいなーと思う今日この頃です
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