問題児たちと孤独の狐が異世界から来るそうですよ? 作:エステバリス
それだけ!
竜胆が自分の名前を名乗らずに愛称の方を使ったのには訳があった。
まず一つ。いくらサンドラの友人とはいえ、箱庭はなにがあるのかわからないことは幾度となく色々な目に遭ってきた竜胆は十分承知していること。
そして二つ目はリンと殿下がペストと見知った仲……それも、まるで旧友のように接していることに違和感を感じていたからだ。
兎角、竜胆は脱走中のサンドラと出くわした時点でまた余計な不運、貧乏クジを引かされたと思っていたその時、宮殿内の警備兵の声が聞こえた。
「おい、大変だ!サンドラ様がどこにも見当たらないぞ!?」
「なんだと!?また抜け出したのか!?」
「マズイ!マンドラ様が外出中のうちに探し出せ!!」
おいおい……と竜胆は思わずにはいられなかった。サンドラの脱走が伝わる前なら穏便に済ませられないこともなかったかもしれないが、こうしておおっぴらにサンドラが逃げたことが伝わればこうして会話している自分達は下手したら脱走の幇助をしたのなんだのとその辺の立場が弱い"ノーネーム"の竜胆達はタイーホ直行。ならばと竜胆はリンとペストの手を掴む。
「逃げるぞ。脱走の幇助なんて理由で牢獄行きはしたくないだろ?」
「え、ええ!?」
「それもそうだな。行くとするか」
サンドラはジンの手を引っ張り、殿下はサンドラについて行くように走り出す。
「リ、リンド……リン!わかったから引っ張らないで!自分で走れるから」
「そうか、悪かった。そっちのリンは?」
「うん、こっちも大丈夫!怖いお姉さん」
「……それはやめてくれ。本当に」
竜胆とリンが後ろを走っている以上ペストは余計な行動と取れるようなことはできない。リンと殿下がなにを考えているのかはともかくとして、今は成り行きを見定める他ないと感じたペストは殿下の後を追い、六人は宮殿を後にするのだった。
◆◇◆
場所は変わって箱庭五四五四五外門舞台区画・"星海の石碑"前の闘技場。
煌めくカットグラスで彩られた"煌焔の都"の中でも一際華やかな場所に耀と、彼女の中に住み着いているククルカンは足を運んでいた。
『ほう……確かに"神々の
素直に感嘆の声を漏らすククルカンに対して耀はバツの悪そうな顔を浮かべていた。どの場所に飾ってある珍品名品を見回して、改めてその完成度の高さを感じていたのだ。
(……こんなゲームに私が出場していいのかな?)
ペンダントランプやこの舞台区画が良い例であるように、北側は精鉄、結晶製造、錬金術といった精密な技術を扱う事に長けている。そういった土地柄もあり、人間が非常に多く存在している。
人は個としての力が小さな分、独創性や技術力が他の種に比べてケタ違いとなっている。竜胆のような人工で後天的な生物兵器を作るという発想、それを可能にする技術力は彼に悪いがそれは人間の長所が生み出したのだろう。
勿論、闘技場で"造物主の決闘"に参加する者たちもまた、己の功績を残したくて参加する者ばかりだ。そんな"造り手"達がひしめき合う中で自分のような"造ったものを受け取った"だけの存在がここに混ざっていいのかなー……、なんてぼんやりと思っているのだ。
(展示回廊を見て回るだけでも十分楽しいし、これ以上不評を買ってもコミュニティのためにならない……かな?)
こういった彼女の浮世離れした疑問には大抵三毛猫が答えてくれたが、彼はもう耀の隣にはいない。巨龍との戦いで重傷を負った三毛猫は余生短いこともあり、余生を"アンダーウッド"で過ごすことを決めて大樹に残った。
『……二人で決めたことなのであろう?ならばそれを今更後悔しても遅いのではないのか?』
遠い目で展示品を見つめていると心が繋がっているククルカンが耀に話しかけてくる。彼は彼で『己の果たすことさえ果たせれば如何でもいい、汝の人生は汝で決めろ』と軽い話し合い以外では大したアドバイスもくれない。
確かにこれは二人で話し合ったことだ。三毛猫と耀は同じ日に生まれて同じ時をずっと過ごしてきた。最早家族以上の家族と言っても過言ではなかったのだ。
しかし、だからこそ三毛猫はそんな耀との人間関係を心配していた。
『お嬢はもう一人やない。これからは人間の
そう言う彼の言葉を耀は否定しなかった。いつか来る互いの別れのカタチが少し変わっただけだから。別れを寂しく思ったが、その申し出を断ることは裏切りに等しい。
耀は断腸の思いで三毛猫を"六本傷"のガロロに預け、傷の治療と今後の世話を願い出た。"ノーネーム"が今のまま旗の所有が必須となる"桁の昇格"をするために"六本傷"と同盟を結んでいたこともあり、これを快諾してくれた。
だからこそ、これからは常に一人で考えていかなくてはいけない、という時にククルカンが現れたのだ。
『さあ、ガロロとかいう老猫やあの吸血鬼のメイドには汝の父のことは聞けなかったのだろう?そしてそれでも父のことを知りたくばその軌跡を追えと言われ……ここにいる』
そしてククルカンの言う通り、耀の父春日部孝明の友人を自称するガロロとコミュニティの同志であったレティシアに父のことを聞いても「今はまだなにも話せない」の一点張り。
だから"階層支配者"の会議に自分達が招待されたことと、同じく同盟を結んだ"ウィル・オ・ウィスプ"、そして未だ伝えられていない最後の同盟相手と会いに行くために北側に行くことは名の立つ彫刻家だった父の軌跡をたどるには丁度よかった。
「……うん。わかってるよククルカン……でも、流石にそう簡単には見つからないよね」
腕を掴んで耀は再び悩む。"生命の目録"でゲームに出て、周囲の反応から父のことを調べる手もあるが、それは先ほど思ったように技術者が腕を競うゲームに技術者でない自分が出ることは迷惑がられ、醜聞が広まることもある。別に自分一人にそういった評価が降るのは構わないが、それでコミュニティにまで悪評が広まるのは避け
ズガシュ!
たい。痛い。それじゃあどうするかと考えても中々答えは出ないので、仕方なく頭に当たった鈍器みたいは物を手に取った。
(……なにこれ)
『ふむ、有り体に言えば金槌だな。どうやって、何故この雑踏の中を投げつけたのかは些か疑問だが』
心と共に感覚も耀と共有しているククルカンは少し痛そうな声をしながら耀に話しかけてくる。
(……もしかしたら"煌焔の都"じゃ当たり前のことなのかも。工芸の街なんだし)
『いや待て!?何故そのような発想に至る!?我は時々本当に汝の考えが読めぬ!』
(……だとしたら誰が投げたんだろう)
『ええい話を聞かぬか!汝は元々世情に詳しくない上に人たらしなことは知っておるが流石にこれは度が過ぎ
ズガシュ!
もう一発飛んできた。
(………、)
ギリ、と金槌を握り締める。一発だけなら誤射、偶然かもしれないが二度も続けば流石に故意の領域だ。しかも五感が獣並みの耀に気付かれることのない一投。並みの投擲ではないことは簡単にわかる。
『……ヨウ、遠慮をすることはない。見つけ次第ボコれ。我が許可する』
ククルカンも若干キレ気味に告げる。耀は目を閉じ五感を集中させ、三度目の強襲に備える。
(………。)
「……大丈夫?」
「───え?」
『なんと……!?』
今度こそ本当に驚いた。驚きすぎてこけそうになったくらいだ。
だがそれも仕方がない。五感の感度を意識して上げていた耀に気付かれることなく真後ろまで近付いてきたのだから。
「え、えっと……?」
耀は半口開いたままの声の主である、自身と同年齢程に見える少女を見る。
華の蜜のようなベビーフェイスと薄いウェーブがかかったツインテール、そしてその容姿と、耀とほぼ大差ない身長であるにも関わらず蠱惑的すぎるホディライン……これに関してはそれを男でやってのけてるのがいるのでスルー。
更に色々と際どい服装は男性を誘ってるとしか思えず、そんな服装にも関わらず無垢な瞳を持っている。
正直、同性でそんな事にちょっと……いや、かなり疎い耀でも心臓の鼓動が高鳴ってしまう。
が、その容姿が逆に耀の警戒心を刺激させる。
(この子……人間じゃない?アーシャやスズみたいな霊体とも違う……)
「……頭、大丈夫?」
それは決してお前バカじゃねえの、という旨の質問ではなく、その痛そうに鈍器が二回ぶっ刺さった頭は無事ですか?という旨の質問であることは耀は即座に理解した。
「あ、うん、大丈夫。でもこれ、貴女が?」
コクン、と少女は頷く。その仕草一つとっても愛らしく、いくら耀でもこんな子を殴るわけにはいかないと思い……
『……やってしまえ』
ズバシュ!
「!?」
一発だけチョップのお返し。岩が割れる程度の強さで。ぶっちゃけ殴るのと大差ない。
「一回は一回……これでおあいこ」
「………………………………………うん」
少女は表情一つ変えずにコクリと頷く。反省はしたらしいと感じた耀は気を取り直して自己紹介をしようとするが、少女がそれを遮る。
「貴女も、ゲーム出る?」
「ああ、それって"造物主の決闘"?」
ちょっとだけ違う意味の決闘ととれる返事の仕方をする。
「うん、出るの?」
「う……、うん、出る」
耀は正直なところ出場するか決めかねていたが、彼女の瞳に押されてつい頷く。
「……そう、出るんだ」
少女はうっすらと微笑を浮かべ、
「よかった。これでコウメイとの約束が果たせる」
え───と耀が言葉を失った途端、少女は前触れ一つなく、まるで霞のように消えた。
「嘘……!?」
消えた……そう、それは消えたとしか形容のしようがない。気配を消すでもなく、速い脚で離脱したわけでもなく、空へと駆けたわけでもない。
本当に、消えた。
(そんな……どうやって……!?)
『……ヨウ、今はそれどころではないのではないか?今、あの女子は汝が探し求めていた単語、コウメイの名を口にしたのだ。それを追わずしてどうする、みすみす父のことを知るチャンスを逃すつもりか?』
コウメイ、耀の父、春日部孝明を知る者は皆そう呼んでいた。まさか、もしやと耀はククルカンに促されるがままに闘技場を見上げる。
「───出よう、ククルカン。私、汚名を被ってでもこれに出なきゃいけない理由ができた」
『クク、我は我自身の望みが達成されればそれでいいさ、時が来るまでは汝の好きにするがいい』
◆◇◆
「……ここまで来れば一先ずは安心か。公共施設の子供風呂にでも逃げ込んでもよかったが……すまん、流石にこの体型じゃ俺は無理だ」
「そうね、貴女のそのふざけた体型は私もどうにかしてもらいたいわ」
「それは俺が一番なんとかしたい」
ペストと軽口を叩き合い、気分は遠足を引率するお兄さん。ハタから見ればお姉さんなのはご愛嬌。
「しかし、これじゃそうやすやすと安住できる場所がないな……少し俺がよさげな場所探してこようか?」
「ううん、この辺のことならおね……リンさんより私がよくわかってるから、暫くここで目的地を考えよう」
「そうか。それじゃあお言葉に甘えさせて……と」
竜胆がふぅ、とため息をつく。それに続くするように他の面々もリラックスできる態度をとる。
「しっかし……なんでまた事件の捜査なんてことをするんだ?俺はあんまりこういうこと言いたくないが、キミは仮にも"階層支配者"だろ?それなのになんでこんなことを」
「だって!みんな私のこと認めてくれないんだもん!マンドラ兄様も、コミュニティのみんなも!いつまでも私を子供扱いして、大事なところで信じてくれない!だから神隠しの事件を解決してみんなに認めさせてやるんだ!」
なるほど、と竜胆は納得する。サンドラくらいの年頃なら男女関係なく自分は自立できると主張をし出す。しかもサンドラは前回の南側の巨龍強襲と時を同じくして襲来して来た魔王二体を倒した、とも聞いている。
言い方は悪いがそれでサンドラは少し慢心しているのだろう。まぁ、認めてくれないと見えるように接するマンドラも過保護なのだが。
「……サンドラ。多分マンドラはキミのことが心配で心配でたまらないからそう言ってるんだよ。信じてないんじゃなくてキミになにかあったらいけないって思ってるんだよ」
「でも!でも私は強くなったもん!それに……!」
サンドラはなにか竜胆にぶつけようとしたのだが、その口を途端に閉じる。何故閉じたかはともかく、サンドラの表情の変化からして恐らく、自分を認めさせるということとは別にある本音を言いたかったのだろう。
「……まあ、キミが本気でその神隠しというのを解決したいと思うのなら、脱走の幇助をした以上は俺も手伝う。勿論ジンとペストも」
「ちょ、り……リンさん!?それでいいんですか!?」
「どうもこうもない。あくまで俺はサンドラが本気なら手伝うって言っただけだし、ここまで乗りかかったら強引に降ろす方が逆に悪い」
はあ、と竜胆が俺もお人好しになったもんだなぁ、と箱庭に来る前から変わらない本質に今更という風に嘆きながら空を仰ぐ。
「───え?」
そして仰いだ空には人がいた。
「こんなとこにいたのかい。殿下、リン」
その人物は殿下とリンの名を呼びながら竜胆達と同じ場所に足を立たせる。
「ああ。連絡一つよこさずに悪かったな。状況が状況でそんなことしてる場合じゃなかった」
「いんや、構わないさ。俺はハナが効くからな」
殿下と話すその少年の容姿はどこかで見たことのある見た目だった。銀髪の髪を後ろを三つ編みにし、各部に銀の装飾を施した黒いブレザーを思わせる服装をしており、身長は十六夜より少し低い程度だろうか。箱庭に来てからこんな人物と出会ったことのないのに、竜胆は不思議とこの少年に既視感を持っていた。
「えっと……リンちゃん、殿下。その人は?」
どうやらサンドラもこの少年とは初対面らしい。ああ、と殿下は思い出したように少年に向けて掌を向ける。
「数ヶ月程前からの付き合いでな。ウチのコミュニティの人間じゃないんだが……仕事の都合で何度か世話になってるんだ」
少年はサンドラの掌の上に自分の手を優しく乗せ、紳士的に振る舞う。
「お初にお目にかかる、サンドラ=ドルトレイク……て、こんなんは俺のキャラじゃあないな。それよりも……」
少年はその歩みをゆっくりと竜胆の方に向けてくる。竜胆にとって知らないのに既視感のあるその少年は違和感の塊でしかなかった。
竜胆は"人類の罪"の影響によって忘れることのない記憶力と人間を超えた感覚能力を持っている。
だから見覚えのない顔を、聞き覚えのない声のトーンを、嗅ぎ覚えのない匂いを持っているのに彼自身、
「なんだよ、まさか忘れたのか?竜胆」
「───!」
気味の悪い予感は的中した。自分は殿下とリンには違う名を名乗っていたのに、コイツは俺のことを竜胆と呼んだ。俺はコイツを、コイツは俺を知っている───いつ?どこで?どうやって?なんで俺はコイツを覚えていない!?なんでコイツに懐かしさを感じている!?どういうことなんだ───
「……ぷ、くはははは!!なんだよそんな変な顔して!でもまぁ、十何年かぶりだから忘れてるのも無理ないか……いや、忘れてるわけはないんだがな」
「どういうことだ!?なんでお前は俺を知っている!?俺が……お前に懐かしさを感じているのとなにか関係があるのか!?」
「おいおい、失礼だな竜胆。俺だよ、エトだ」
「───エト?」
その瞬間、全ての疑問は瓦解した。自分は懐かしさを感じているのに彼のなにもかもに覚えがないことも、この少年と竜胆の出会いが
そして、その名にも聞き覚えがあった。いや、聞き覚えがあるどころではない。
「エト……って、あのエトなのか!?あの研究所で会った、あのエトか!?」
「よーやくお気づきか?そのエトだよ。全く、お前に貰った名前だってのに、忘れられてたなんて心外だよ」
エト、その名は竜胆がキマイラとなる前に出会った名も無き少年の名だった。
少年は一つの再会を果たした。少女もまた、父の軌跡をたどる出会いを。
友と恋、それは二つの反するものたち……
次回、過去《はりがね》