問題児たちと孤独の狐が異世界から来るそうですよ?   作:エステバリス

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というわけで六章最終話です。今後重要になる要素があるので話を詰め込んだら一万文字超えてました。

それでは本編、どうぞ。




六章 最終話 疑惑《ちかい》

 

 

ドゴン、そんな音が数秒跨いで二回響いた。

 

発生源は三人が戦っている舞台ではなく、その観客席。

 

当然そんな音を出してしまえば戦っている三人含め、誰もがそちらに目をやってしまう。

 

その光景は圧巻の一言に尽きた。

 

"月の御子"と称され、"箱庭の貴族"として名だたる黒ウサギが"マハーバーラタ叙事詩"より召喚した不死を与える鎧を召喚し、その上で重傷を負わされていたのだから当然だ。

 

「───よくもっ……!」

 

「私たちの黒ウサギを!!」

 

その光景を見た途端、耀と飛鳥は試合そっちのけで黒ウサギを撃沈させた男───殿下に向けてその"牙"の矛先を向けていた。

 

「待って二人とも!その白髪ボーイ、なんか変だ!」

 

『待たぬかヨウ!いくら我の力の断片を受け取った汝でもあの者の純粋な腕力には勝てぬ!そもそも、汝がここで死んだら我はこれからどうすればいいのだ!?なにも為すことなく天に連れ戻されるとか恥どころの問題ではないぞ!?』

 

「うるさい!それはククルカンの都合だ!これは私の都合なんだ!」

 

二人に静止の言葉を投げ掛ける鈴蘭とククルカンを完全に無視して二人は殿下に迫る。飛鳥はギフトカードからディーンの腕を召喚して殿下を挟むように両の拳を動かす。

 

「握り潰しなさい!ディーン!!」

 

ディーンの身体を構成する神珍鉄が高速で伸び、殿下の身体を潰さんとするが、殿下はそれを飛んで軽く躱す。

 

「くらえっ……!」

 

しかしそれを読んでいた耀が"アフーム=ザー"とククルカンの灼熱を帯びた蹴りを殿下に向ける。

 

それに対して殿下は真正面から受け止める。腕が煉獄に焼かれているはずなのに殿下の腕は一切力が揺るがない。

 

「へぇ、さっきから気になってたが、お前のその力は明らかに"生命の目録"のモノだけじゃないな。地獄の焔をものともいなかったということは……炎の神性があるな。なら副産物の焔に焼かれないのも納得だ」

 

「っ!知ったような口を……!」

 

「その反応は是と受け取るよ。なら現状一番厄介なのは……神格持ちのお前か!」

 

殿下の蹴りが耀の身体に炸裂する。無論、これをマトモに受ける程耀は生温くない。アフーム=ザーの炎を自分の前面から前に向けて噴射することで強引に身体を動かして殿下の攻撃を避ける。

 

「顕現……"イタカ"!」

 

続けて大気を操るイタカの力を引き出して足に纏ったままの炎をマシンガンのように撃ち出す。殿下はそれに対して腕を振り、ハリケーンに迫る風圧を作り出すことで掻き消す。

 

「やるな……"生命の目録"で顕現できるのは幻獣だけだったはずだが、アフーム=ザーもイタカも眷属とはいえ神性であるのは違いない。となるとお前に力を貸している"ナニカ"の助力か。ギフトを特定されるような行動を取るのは悪手だぜっ!」

 

殿下はハリケーンの中で腕を突き出す。その腕から発せられる風圧は今度は一点集中、マグナム弾のようにハリケーンを突っ切って来た。

 

「くっ……!まずい」

 

「守りなさい!ディーン!」

 

『DEEEEEEN!!』

 

それが直撃する直前、飛鳥の指揮によってディーンの腕が二人の間に割って入る。

 

「神珍鉄の巨人……コイツも相当の霊格を持った龍角を持っているだけに厄介さはその辺の同物とは比べ物にならないな。だがいくら指揮者の力が強力で人形も強力だろうが、扱いが下手じゃまるで意味を成さない!!」

 

殿下は耀を守ったことで関節的に弱い部分を露出させてしまったディーンに向けて渾身のパンチを繰り出す。が、流石に新品同然に生まれ変わったディーンはそれでは壊れることはなく、多少蹌踉(よろ)めくだけで済んだ。

 

が、その蹌踉めきが命取りとなった。その一瞬だけあれば結構とでも言うように殿下はディーンの身体を足場に飛鳥に迫り、そのままドロップキックを放つ。

 

「させない!」

 

それを耀がすんでのところで割り込んで殿下の攻撃をガードする。が、その行為だけで耀は飛鳥ごと吹っ飛ばされ、一気に逆の観客席にまで飛んでコンクリートに似たような素材でできた壁にめり込む。

 

「『ぐっ、あっぁ……!?』」

 

「が、ふっ……!」

 

耀と全ての感覚を共有しているククルカンからもその苦悶の声が聞こえてくる。致命傷というほどの傷ではないが、間違いなくこれは暫く動くことさえままならないほどの手傷を負わされた。

 

───マズイ

 

三人はほぼ同時に同じ言葉を心の中で愚痴った。このままでは間違いなくやられる。そう、確信してしまった。

 

「参ったな……二人ともウチに欲しい人材なのに……俺、手加減とか苦手なんだよ……」

 

ちぇ、と殿下はジンとペストが驚くくらいに年相応の表情をする。まるで玩具を手にして、その玩具がすぐに使えなくなってしまいそうと危惧したような、そんな顔を。

 

「っ……アルマテイア、ディーン。ぶっつけ本番だけど、やるわよ」

 

『DEN』

 

『はい、マイマスター』

 

「……ククルカン。私にもっと力を譲渡して」

 

『……こんな無茶振りはゴメンだが、背に腹は変えられんか。一気に与えるからな、ぶっ倒れても我は知らぬぞ』

 

「……それはククルカンも一緒に死ぬことだから、そんなことは起こらないよ」

 

『……たく、汝は何故そんな無駄なところだけ鋭いのだ……いや。どうやらその必要はなさそうだ』

 

ククルカンの呟きに耀は思わず振り返る。その姿を見た耀はどこか安堵したような……まさしく、あの鷲獅子と戦った時と同じモノだった。

 

「……彼らが、来た」

 

「え……?」

 

耀の呟きを聞いた飛鳥は思わず耀の見つめる方を見る。そこには静かに、確かな怒りを持っている少年が二人。

 

逆廻 十六夜と高町 竜胆が、そこに聳えていた。

 

◆◇◆

 

「……オイ、竜胆」

 

「なんだ、十六夜」

 

「……三人をやったのは、アイツか?」

 

「……想像はできていたが、いざとなるとクるモノがあるな。間違いなく、殿下がやった」

 

「……そうか」

 

十六夜はそれだけ言うとその視線を殿下の方へ向ける。

 

「……オイ、クソガキ。黒ウサギをやったのは、お前だな?」

 

「ああそうだ。俺がやった」

 

十六夜の質問に殿下は物怖じ一つせずに即答する。その言葉だけを聞くと、十六夜はその薄ら笑いすら浮かべなかった顔を、普段の彼にあるまじき()()()()()を殿下ひ向けていた。

 

「そうか……なら遠慮はいらねぇな。白髪鬼ィ!!」

 

怒号と共にその山河を打ち砕く蹴りを殿下に向けて一切の容赦無く振り抜いた。

 

「ガッッ……!?」

 

殿下のガードをいとも容易く打ち破り、意識が一瞬飛びかける。だがそれでも渾身の力を以って踏みとどまる。が、その一箇所に留まるという行為は殿下の首を絞めた。大人しく吹っ飛ばされるべきだったのかもしれない。

 

僅かにでも距離を開けれれば、十六夜に捕まることだけはなかった。

 

「貴様……!?」

 

殿下は全力を込めてその腕から脱出しようとしたが、その程度のモノでは今の、怒りでいつもよりも力のリミッターを無意識に外していた今の十六夜に対して微動だにできなかった。

 

それだけではない。仮に殿下が十六夜の手から脱出できていても、完全にその後になにをする事もできない状況にあった。なぜならば。

 

「……殿下。やっぱりキミは、()()()の人間だったんだね」

 

竜胆だ。"人類の希望"(ア・ヒューマン・オブ・ホープ)のギフトで右腕をスティムパリデスの鋼を応用して日本刀のカタチに変えて殿下の首元にそれを抑えていた。

 

それだけではない。かつて彼が持っていた"呪術"と"玉藻の前"を一つに統括した"太陽神の表情"(アマテラスの顔)で周囲の鉄鋼物を強引に結合、武器のカタチとして形成。呪術で浮遊させて座標を固定する。

 

「ツモだ殿下。キミの……いや、お前の目的を話せ。じゃないと殺す。これは……脅しじゃない」

 

竜胆はかつて自分自身に向けていた、あるいは世界の全てに向けていた呪いの象徴とも言える殺意をはっきりと殿下に向ける。

 

「……いや、どうやら俺が話すことはなさそうだ」

 

「……なに?」

 

次の瞬間、殿下の姿は綺麗さっぱりと消えた。

 

「消えた……?」

 

「コイツは……あの時の"神隠し"か?」

 

「正解だよ金髪の少年。まったく、キミは地の力が強大な上にそれだけ博識とは厄介極まりないよ」

 

声が聞こえた方向にはシルクハットと燕尾服を身に纏った青年と先程消えた殿下の姿があった。

 

「全く、厄介極まりないと思わないかね、軍師(メイカー)殿」

 

「うるさい。今は話しかけないで」

 

その男に話しかけられると、どこからともなく、リンが現れて殿下に跪く。

 

「……殿下の様子はどうです?アウラさん」

 

「問題ないわ。派手に怪我をされていますが、致命傷は一つもありません。紙一重で全ての急所を躱していた

ようです」

 

『当然だ。この方は我らが旗を背負う旗頭。どこぞの馬の骨にやられるほどやわではない』

 

リンとも男性とも、殿下とも違う二人の声を聞いて竜胆ははっとなる。

 

この二人の声を、憶えている。一寸のズレもない彼自身の記憶の中にはっきりと刻まれている。

 

「"アンダーウッド"の時の鷲獅子……!それに、その声は俺の"罪"を目覚めさせた時の!」

 

『貴様……あの時のキマイラの小僧か!?』

 

竜胆が意外な人物との再会に戸惑うものの、殿下はアウラに血を拭われ、ゆっくりと立ち上がると十六夜と竜胆を一瞥する。

 

「……リン。最強種を倒した男っていうのは、あの男か?」

 

「そうだよ」

 

「……そうか。それならヤツも"原典"(オリジン)候補者か……グライア、お前を倒したというキマイラはアイツ……竜胆で間違いないんだな?」

 

『間違いありません』

 

殿下は静かに十六夜を見下ろし、十六夜もまた怒りの矛を収めながらも黄昏の空を背負う彼らを睨む。

 

「……ハハッ、凄い偶然だ。"生命の目録"と"原典"候補者。あまつさえアイツの言う"RiZE"が同じコミュニティにいるなんてな……欲しいモノからホイホイ飛び込んでくるなんて順当に物事が運びすぎだ。なにか俺バチでも当たっちまうかなぁ?」

 

『それこそ殿下に覇道を成せという天啓……いかがいたします?殿下が望むのであれば、我らはいつでも』

 

「まぁ待て。今日のところは一度退く。"サラマンドラ"の警備隊の連中も来ていることだしな」

 

殿下が指差した先には数多くの火龍が群れをなしていた。闘技場のすぐそこには騒ぎを嗅ぎつけた憲兵団とマンドラもいる。

 

「このままぶつかり合うのも面白そうだが……折角混世魔王という駒を手に入れたんだ。それにここは箱庭。こういうのはギフトゲームで決着をつけるべき、趣向を決めて遊ぶんだよ……手筈は整ってるんだろ?リン」

 

「うん。混世魔王さんはいつでもギフトゲームを始められる段階にあります」

 

「そうか。それならやり残したことは……いや、一つあったか」

 

子供染みた悪戯を思いついたように殿下はニヤリと笑う。竜胆を一度見て視点を変える。その先にいたのは、ジンとペスト。

 

「ジン、ペスト。派手にやっちまったが、どうやら無事だったようだな」

 

「っ、殿下……!」

 

唐突に名を呼ばれたので二人は思わず戦闘の体勢をとる。それに反応するように魔王連盟は体勢をとるが、殿下がその行為を止める。

 

殿下は竜胆とジン、ペストを見ると涼やかな笑みを浮かべわざとらしく声量を上げて、周囲にハッキリと聞こえるようにそれを言い放った。

 

「今日は楽しかったぞジン!ペスト!そしてリンドウ!今日一日のことは忘れない!例の保留にした、()()()()()()()()()()()を、よくよく考えてくれ!」

 

「「「なっ……」」」

 

思わず三人は息を呑む。しかし、同時に気づいた。既にここには多くの憲兵団が集まっている。それに加えてもう三人が殿下とリン、サンドラと共に一日を共にしていたことは多くの人に知れ渡っている。

 

このままではジンとペスト、それに"ノーネーム"の主戦力である竜胆には間諜の容疑に掛けられて行動を制限されることは想像に難くない。

 

「殿下……キミは……!」

 

「と、芝居掛かって言ってみたが、どうだ?一本取り返したぞジン」

 

そしてその無邪気な、悪意が一切欠片も感じられない殿下の態度によってこれは先程の、殿下の正体を看破したことへの意趣返しだとあうことに気づいた。

 

あまりにも無邪気、その行きすぎた仕返しにジンは冷や汗と共に肩を落とす。

 

「キミは……最悪だ」

 

「自覚はあるよ」

 

そう返す裏に、リンもペストに微笑みかける。

 

「私は楽しみにしてるよペストちゃん。貴女がもう一度魔王連盟に戻って来てくれるのをね」

 

「……そう。だけど残念ね、その誘いは正式に断らせてもらうわ……私は、"黒死班の御子"(ブラック・パーチャー)は魔王連盟と完全に縁を切る。今後顔を合わせるとしたらそれはもう戦禍の中よ。……次はきっと、容赦しない。会いに来るならそのつもりで来なさい」

 

「そう……なら見届けてあげる。八千万の怨嗟の声は、星の宿命を変えるに値するのかどうか。その夢が破れた時こそ、貴女はもう一度魔王になる、その時になって悔やむがいいよ、ペストちゃん」

 

予言のように告げるとリンはペストに背中を向ける。それはもう、トモダチとして語ることなどもうないということを暗に表しているのであろう。

 

「さて、竜胆……お前だけなにも喋れてないな。なにか一言だけでももらおうか?」

 

殿下は憎たらしい笑みを竜胆に向ける。だが竜胆はそんな殿下の笑みを完全に無視して、見上げているはずの彼は殿下達を見下ろすように見ていた。

 

「お前達に話すだけの価値があることなんてミクロもない。さっさと失せろ……!」

 

「怖いな、可愛い顔が台無しだ。まぁ、決着は後日にでもつけようじゃないか」

 

その言葉と共に殿下達は再び男性のギフトで消えた。

 

かくして、この永遠にも似た数分は幕を降ろしたのであった。

 

いくつかの、出会いと再会の音色と、悠久のような暗雲と疑惑を遺して。

 

◆◇◆

 

"煌焰の都"サランドラの宮殿・地下牢。快晴の昼とは一変した曇る夜空の中から見える三日月を鉄格子越しに、ペストは独り寂しく見上げていた。

 

「……ま、"煌焰の都"はペンダントランプが明るすぎて星明かりが見えないらしいけど」

 

───暖かな気候と夜の輝きが、太陽と同じく自ら輝きを放つ星明かりを文明の光が消している姿は太陽の光が弱まったことで死んでいったカノジョタチにとって最高の皮肉だった。

 

「……でも、これからどうしようかな……」

 

幼い膝を抱えて蹲る。一時的な処置として、あくまでカタチだけのものとしてペストとジン、そして竜胆は地下牢に入れられていた。

 

だとしてもあんまりだ。

 

「……流石に、ちょっと早まったかもしれないわ」

 

あの時ペストはリン達に勢い任せで宣戦布告をしたが、彼女がどう太刀打ちしようとも自分では足元にすら及びもしない相手だということはよくわかっている。わずかな勝算すらなく、出逢ったが最後、ペストはいとも簡単に死んでしまうだろう。

 

八千万の怨嗟に応えられず消滅すれば永遠に糾弾にさらされ続ける。

 

(………)

 

それが怖いというわけではない。

 

だが、彼女には箱庭で為さねばならないことがあった。

 

「……当然か。大流行の理由に太陽の周期が絡んでいたのだもの。人の力じゃどうすることもできない」

 

黒死病の死を縛る宿命はとても強固だ。

 

だが、箱庭とは"可能性(いせかい)に偏在する空間"。ならばペストは太陽に復讐することで黒死病の大流行の楔を引き抜くことが可能ではないかと。カノジョタチを箱庭に呼んだあの男の哄笑と言葉を思い出す、わ

 

「……まぁ、ソイツはその後誰かに殺されたみたいだけど。おかげでステンドグラスに閉じ込められたまま、何百年も倉庫で埃を被ることになったんだけど……」

 

言葉で言うだけなら簡単だ。だが黒死病の年代記には魔女狩りのような行いをして黒死病患者を見つけて殺していたともされている。

 

これだけ大規模の"歴史の転換期"(パラダイムシフト)を引き起こそうものならそこに関与している英霊達が黙っているはずがない。一部の魔王も牙をむくかもしれない。

 

「黒死病の運命を変えたい……でも、ジンや飛鳥、リンドウに相談したところで……賛同なんてしてくれるわけないわ」

 

「そんなことないよ」

 

ひゃあ!?と彼女らしくもないみっともない声を上げてしまいそうになる。

 

どうやらその声の主はジンのようだ。隣の牢屋に放り込まれていたらしい。

 

「し、信じられないっ……!聞こえていたのならもっと早くに声を掛けるのが礼儀でしょう!?」

 

「ご、ごめん。本当は途中で声をかけようかと思っていたんだけど……どうもそんな空気じゃなかったから……」

 

「……すまないペスト。俺も聞こえてた」

 

「っ!リンドウまで……!っ、で、どこから聞いてたの?」

 

「ええと、"煌焰の都"は星明かりが見えないってところからかな」

 

「同じく」

 

「全部じゃない!」

 

もー!とペストは毛布を床に叩きつける。壁越しでなければ真っ赤な顔をしたペストに二人はなにをされていたのかたまったものじゃないだろう……

 

「悪かったって……で、さっきの話だ。俺は別に反対しない。多分十六夜達も手伝ってくれるだろ」

 

「うん。それは僕も」

 

「……それはどうも御親切に。でも安心して。私は自分の力でどうにかするって決めたの。"ノーネーム"には迷惑かけるつもりもないわ」

 

突き放すように告げるペスト。普段のジンならそこで言い淀んで終わるだろうが、今日の彼はなぜか諦めが悪かった。

 

「……わかった。ペストがそう言うなら何も言わない。でもその代わりと言っちゃなんだけど、一つ聞かせて欲しい」

 

「なに?」

 

「ペストは、どうやって死んだの?」

 

途端、先ほどまでの雰囲気は激変した。壁越しに伝わる怒りと殺意はジンに向けられ、壁がなければ殺されていたかもしれないほどの殺意を向けられている。

 

「……心外。どうして貴方がそんなことを問うの?私の呪いはそんなに根深く見えたの?」

 

「ううん。そうじゃない。でもさっきからペストらしくないくらい元気がなかったから、もしかしたら牢屋が怖いんじゃないのかなって」

 

「……っ……!」

 

本当に、今日のジンは嫌なくらい鋭い。カマをかけられていたのか、どんな基準で見抜いたのかは知らないが。

 

「もしもそうなら僕の方から口添えして先に出してもらうようにしてもらうよ。いつ襲撃があるかわからない以上、"サラマンドラ"は猫の手も借りたい状況の筈だ。なんとか口裏を合わせて先に出るのは難しくはないはず」

 

「いいわよべつに。……その、牢屋は少し苦手だけど、こんな寂しいところにマスターと達観した性格に見合わないくらい子供なトモダチを置いていくほど薄情者でも不忠者でもないつもりよ」

 

……彼女自身、忘れてしまいそうなほとの時を旅してきたが、それでも死の冷たさは魂に根付いているのだろう。鈴蘭が自らが操るはずの焔に処置無く見ると発狂してしまうことと同じように。

 

二人は暫く言葉を交わさず、竜胆も二人を見守るように静かにしていると、不意にペストが降参したように呟き出した。

 

「……ジン」

 

「なに?」

 

「悔しいけど正解よ。……私は黒死病に罹った後、家の牢屋に閉じ込められて死んだわ。伝染を恐れた父によって」

 

「………」

 

「感染ルートを洗い出そうとして躍起になった父は当時私と仲の良かった農奴を皆殺しにした。男女、子供老人……なにもかも見境なくねわ、今になって思えば本当に馬鹿ね。黒死病の感染ルートは蚤や血液からだってことも知らずに。おかげで農奴を追い回して処刑した人もそれに参加した父も、みんなみんな、みーーんな、纏めて感染して一族郎党あっという間に全滅よ。滑稽、救いがないと思わない?」

 

アハハハハ、とあの時の正気を失った父の瞳を強引に忘れるように、嫌悪と憤怒、そして果てない哀しみを込めて空笑いをする。

 

「……死の間際にね、父にも聞こえるように牢屋から叫んでやったわ、『死ね、死ね、みんな死んじゃえ。私を殺そうとする者全部、私達をここからいなくなるようにする者全て、幾万回生まれ変わろうとも無残に、残酷に、滑稽に、誰の救いもなく憐れに死んでしまえ』……てね。そしたら本当に死んじゃった。そのおかげで私は小さな霊格を得たの。呪いの成就っていうの?悪霊としてはそこそこ強力な霊格だってリンが言ってたわ」

 

「………、」

 

「それからかな。死後特にやることもなくヨーロッパをふらふら歩き回ったわ。そしたらあちこちに似た様な境遇で死んだ人がいてね。その人達は浮遊霊みたいなものなんだけど……なんだか寂しそうに生きている人達を眺めていたから。その姿が見ていられなくて手を引いたらいつの間にかヨーロッパから出て数百年も旅をして……気づけば総勢八千万の大所帯、というわけ」

 

はい身の上話おしまい。

 

そんな風に言い終わったかと思うと、ペストは思い出したように次の話題を取り出してきた。

 

「……そう言えば、そうして旅をしている時に一度だけ、私が見える子供に出会ったこともあったわ。その子は『お母さん、お母さん』って母の名前を呼んでてね……興味があったから話しかけてみたの」

 

「……それで?」

 

「男の子なら泣かずに前を見なさい、て励ましてあげたんだけど、困ったことにそんな事を言った私に母を重ねたのか余計泣き出しちゃってね……その子と会う前に引っ張った子に貰ったオルゴールをその子にあげたのよ。そしたら意外も意外、その子は途端に泣き止んだのよ。それから私はみんなに呼ばれていたからすぐにその子と別れたけど……その後になってネジを渡すのを忘れていたわ。泣き虫は治ったのかしらね」

 

「……え?」

 

ペストの言葉に今まで二人の、正しく言うとペストの独白を聞いていただけだった竜胆が反応を返した。

 

「……ペストそれって」

 

「そうね……聞くまでもなかったかしら。また会った時はそれから箱庭に呼び出されてステンドグラスに封印されて、それが解放される少し前。見違えるくらいに皮肉屋になって、なのに心の底は前となにも変わらない真っ直ぐな子になっていたわ……リンドウ」

 

「……お前、だったのか」

 

「そうよ。もっとも、証拠品のネジは箱庭に来るときに呼び出される触媒にされてなくなったけどね」

 

ペストは今度こそこれでおしまいよ、と言うと沈黙し、竜胆とジンもしばし黙り込むが、ぽつりと今度はジンがつぶやく。

 

「知らなかった……ペスト、優しかったんだね」

 

「───はっ、?」

 

「見ていられなかったんでしょ?黒死病が原因で死んだ人達を。そんな人達をわざわざ探しに手を引いて、小さかった竜胆さんとちゃんと相手をして、魂達には寂しくないように一緒にいるなんて、優しくないとできないよ」

 

「そうだな。あの時の女の子の声音も頭がグシャグシャになってて思い出せないし、顔も見れなかったから本当にお前なのかはわからないけど、少なくともお礼だけは絶対に言わなくちゃいけないな、これは。……ありがとう」

 

忘れられないと絶対覚えられるは別物だからな。と竜胆は付け足す。

 

「……フン、随分贔屓目な感想と何度も聞いたような謝罪みたいな感謝をありがと」

 

「そんなことない。少なくとも僕はキミが歴史を変えたいという理由が見えたよ。……うん。ペストは優しかったんだ」

 

しみじみと言われても困る。自覚がない上に、嬉しさよりも気恥ずかしさが先行しているせいでどう返せばいいのかわからない。

 

「───よし、決めた。"ノーネーム"の再建が終わったら、僕はキミを手伝うよ」

 

ジンは唐突に、誓いの言葉を口にした。

 

「な……何言い出すの突然!?」

 

「十六夜さん達には言いにくいんだよね。だったら僕から説明する。その上で断られても、僕一人でも手伝うよ」

 

「そういうことじゃない!ジンはまがりなりにもリーダーでしょ!?コミュニティを放り出していいわけが、」

 

「大丈夫、その問題はもう解決してるし、むしろ今後の目標ができて嬉しいくらいだ」

 

自分一人でジンは納得し、ペストは唖然とジンの話を聞き、壁の向こうの主人を見つめる。

 

「……本気なの?」

 

「本気だよ。キミの願いは叶えるべきだ。八千万の()()に応えるために。魔王連盟と決着がついてコミュニティ再建の目処がだったら……その時は必ずキミの力になる」

 

壁越しでもわかるほどの真摯さ。それを向けられたペストは壁越しに向かい合うジンを見つめ───小さく頬を緩めて可憐に、笑った。

 

「……そう。ならその条文を契約内容にしましょう」

 

 

「契約?」

 

「ええ。魔王の隷属ではなく、ジン=ラッセルと私が結ぶ契約。その契約を貴方が守り続ける限り、私は貴方をマスターと認め続けるわ」

 

ペストのその答えは、間違いなく今までのからかっていたような態度とは別物の、本当にジンを主と認めたものだった。

 

だが、そんな二人の会話に面白くないと言わんばかりに竜胆が割り込んでくる。

 

「ちょっとストップ。まさかこんな話聞かせておいてウチのコミュニティのリーダーと俺の心の恩人はおれを蚊帳の外にしようっていうのか?」

 

「……リンドウ」

 

「一人追加だ。俺もジンとペストと契約(ギアス)を交わす。お前達がその契約を守り続ける限り、俺はお前達を命に代えても護ってやる。それがコミュニティの一員として、いやトモダチとして俺がお前達と交わす、一つだけの契約だ」

 

朧月の雲間が晴れて、そこから三日月の光が三人に降り注ぐ。

 

壁越しに手を重ね、三人は二つの契約を交わすのだった。

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

復讐してやる。

 

必ず復讐してやる。絶対に殺す。

 

異なる業火の中、両者は互いを見据えながら叫ぶ。

 

その誓いは、これから三年以上続く魔王との戦いの、壮絶で巨大で、宇宙を超えて異世界にまで届く戦いの狼煙となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

第六章、完

 

 






ちなみに今回だけ六章のサブタイトルの漢字二文字+平仮名四文字から外れて平仮名三文字にしたのはこの話がターニングポイントであり、今までの話とは変わって孤独の狐編では恐らくここからほぼシリアス一辺倒に変わるということを示唆しています。もう七章以降はギャグ要素は薄めだと思ってください。



次章予告

「黒ウサギのウサ耳が───!」

「つまりもうマトモに戦うこともできないと?」

「俺を倒せるのがお前だけであるように、お前を倒せるのもまた俺だけだ」

「GEEEEEEOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「竜胆───!」

第七章、落陽、そして目覚メ

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