問題児たちと孤独の狐が異世界から来るそうですよ? 作:エステバリス
大分、大分お待たせしました……
生き抜きに書いたはずのProblem Childrenが進むは進むはでこちらは半年以上の放置……しかもコラボ中に放置とか前代未聞です。
本当に桔梗@不死さん、ならびに当作品を楽しみにしてくださっていた方々に心からの謝罪を。
キャラを思い出すため、あと数話ほど本編の執筆をしますが、必ずコラボも近いうちに終わらせます。
本当に申し訳ありませんでした。
一話 少女の本心
既に事切れた家族達の亡骸が遠くに感じる。遠近感がなくなっている。
目の前の風景がモノクロだ。色彩を感じ取る事ができなくなっている。
━━━冷たい。
燃え盛る床が、ママ達の瞳が、━━━私の感情が。
ああそうか。死ぬってこんなにあっさりしてて、安心するんだ。
ふと、彼の怨讐に満ちた赤い眼を思い出す。私達と大して歳も変わらないだろうという彼はとても哀しそうな笑顔で笑っていた。ザマァみろ、と嗤っていたような気がした。
「……そっか。そういうことか」
思い出した瞬間、彼女は総てを理解した。これも物語の一部なのだと。彼女は、いや彼女らはあの日、物語の悲劇のヒーローにならざるを得なくなった彼を引き立てる為の
それじゃあ仕方ないなぁ、と彼女は一層死を享受した。それが彼の物語に必要なモノであるのならば、自分は誰だって殺して魅せるし、誰にだろうと殺されて魅せる。
だってそれが━━━愚かな姉が賢く儚い弟にできる唯一の孝行なのだから。
「お姉ちゃん!」
嗚呼聞こえる。この消え入りそうな声は間違いなく、弟のモノだ。愛しい声。この声が歓びに至るのならばなんだってできる。
「お姉ちゃん!? これどういうことなの!? お母さん達も、みんな……」
それから先は何か、三度か四度と彼と噛み合わない問答を交わした気がする。そこからは記憶が焼けて思い出せない。思い出そうとすると彼の涙と忌まわしい焔が彼女の脳内を駆け巡って拒絶反応を起こすのだ。
ただ彼女が覚えているのは、泣きじゃくる弟の涙を拭おうとして、愛していたという言葉をカタチにしようと、必死にナニカをしようとしていたことだけだ。
何時までも、彼女の中で消えることのない焔の中にその引きつった笑顔を遺して、彼女の中の彼は囁き続ける。
━━━ボクを幸せにしてよ。ボクが幸せになれないのはみんながボクの目の前で死んじゃったからだ。だから責任とってよ。責任とって、ボクを幸せにしてよ。おねーちゃん
だから彼女は応え続ける。高町 竜胆を幸せにするために。タカマチ スズランは総てを投げ捨てて、高町 竜胆をシアワセにするためのキカイになるのだ。
◆◇◆
声が聞こえる。
声だ。声だ。透き通るような声だ。
記憶を頼りに声の主に覚えはないかと探す。
ない。この声は初めて聞く声だ。
どうせ消える理性だ。最後の一時くらい、誰かと語らっていても損はないだろう。願うことならそれが彼女であればと思わずにはいられないが。
『……聞こえるか、少年よ』
嗚呼聞こえる。聞こえるとも。寸分の狂いもなく、静かな林の岩清水のようにハッキリと聞こえる。
『そうか。よかった』
よかった? 消え逝くこの身を案ずるなど、髄分な物好きではないか。
『……
するとも。避けようがないから。
『……人の宿業とは、何時の時代も罪深きモノと思っていたのだがな……これは格別だ』
そんな特別扱いされる程でもない。偶々廻り合わせが悪かっただけだ。
異世界に来て、変われると思ったけど。結局このザマじゃないか。手前勝手に人を好きになって、変な期待だけさせておいて死ぬ。なんて最低な男だろう。こんな自分が特別だなど、天地がひっくり返っても有り得ないことだ。
『……悔いているか? 己の選択を』
悔いているとも。悔いないわけがない。
『良い、それは良いことだ……さて、余から汝に一つ、契約を持ち掛けよう』
契約? ナニソレ。
『汝の願いを叶えようではないか。無論対価はあるし、余は余で果たすべき目的があるのだが』
じゃあ、する。
『……待て。聞いていたのか? 対価があるぞ。願いを叶える対価などロクなモノでないのは古今東西の決まり事だろう?』
興味ないよ。どうせこのままだと消えるんだから。
それならどんな対価を支払おうと願いを叶えてもらう方が何百倍もマシだ。
『……そう、か』
そうだよ。それに俺、もう疲れた。これ以上辛い思いしたくない。
『……そうか。だがそれでは些か疑問が残る。そこまで未練がない素振りをしていて何を願う? 何故悔いる?』
だって、俺の選択が彼女を悲しませるから。悲しませたくないのに、悲しませることに変わりがないから。
『それが願いであり、悔いか?』
うん。願いを叶えてくれるのならお願いだよ。名前も知らない誰か。お願いだ。
『……その願い、しかと聞き届けたぞ少年。少年の願いは我が名、
◆◇◆
「さぁ行こうか、我が花嫁」
下卑た嗤い声が聞こえる。ククッ、という興奮と滾りを抑えきれないそれを聞くことしかできない。
飛鳥と黒ウサギがマクスウェルの手によって何処かに跳ばされた。箱庭の貴族の力を失った黒ウサギと"威光"以外のギフトの持たない状態の飛鳥。この二人が揃って箱庭の外か、三頭龍の眷属が蔓延る場所に跳ばされたら二人は一巻の終わりだ。いや、むしろそうなっている可能性の方が高い。
「ぁ……ぁ、うぁ……」
『おのれ! おのれおのれ! このような外道に恥を晒さねばならないなど、我の生涯において最高峰の恥だ!』
言葉にならない悲鳴を挙げる耀と、歯噛みしながらマクスウェル本人に届く事のない罵声を浴びせるククルカン。
打つ手がない。
「く、そ……くそ、……ちくしょ……ごほっ!? が、ふぅ!」
悔しさで左目から涙が溢れる。大事な
「ハ、……ハハハハハハハハハハッ!!! 滑稽だ! 実に滑稽だ! つい先ほどまであの三頭龍の眷属を相手取っていたと言うのに、その惨めな姿! 正しく
「だ、まれぇ!!だまれだまれ!だま━━━あぎっ、ぐぇぁ!!」
ありったけの声で一喝してみせるが、ひ弱な彼女の身体はそれだけで咳き込み痙攣を起こす。
この悪辣な男に弱さを見せてしまった事以上に彼女の全てと言っても過言ではない力を「その程度」と切り捨てられた事が何より堪らない。
せめてこの脚が動きさえすれば。
それさえできればギフトなどなくとも反抗の意思表示程度は出来ると言うのに。身体は全身を鎖で繋がれたかのように動いてくれない。
瞳から光が消える。自分の望んだ何もかもが消え去り、絶望し、目の前を見るという勇気すらなくなりかける。
マクスウェルがウィラにナニカを語りかける。当然ウィラは怯えたまま応える事はない。
地響きが聞こえる。
眷属の二頭龍達の叫び声が木霊する。
もう何も聞こえない。絶望の深海に身を落とし、耀はただ倒れ込むことしかできない。
━━━"煌焰の都"の戦いは此れにて閉幕。
大地は蹂躙され、同胞の誇りは踏みにじられる。
彼女はただ大人しく敗北を受け入れて、大地に身を預けた。
いいや、まだ終わらない。
春日部 耀の心を貫いた言葉はとても聞き慣れた声音で、全く聞き慣れないモノだった。
◆◇◆
「━━━何ッ!?」
「━━━え?」
直後、各人の耳をつんざくかのような爆音が鳴った。マクスウェルはその爆音と共に十数メートル余り吹き飛び、耀は劣化した目では何が起こったのかも理解しかねない。
「……では、初期段階へ移行しようか。先ずは明らかにこの異常事態を起こしていて尚且つ、
その声を耀が聞き間違える事はない。だがやはりその声は違和感を感じるモノだ。彼の声で、彼の口だと言うのに、喋っている彼が彼でないような錯覚をこれまでに発達した五感で得た情報は与えてくる。
「……なんだ、貴様は……」
「なんだ、とは随分と大層ではないかマクスウェルの悪魔。目に見えて態度が変化していては三枚目の人相も六枚目以下だな」
まぁいい、とバッサリ切り捨てる。彼の姿をした何者かはそのまま悠長な歩みでマクスウェルに接近し、林檎を握ったような手形でマクスウェルに拳を叩き込んだ。
「━━━ヌッ!?」
すんでのところでマクスウェルは反応し、右腕でそれを止めた。
「……貴様も私と花嫁の邪魔をするか。鬼狐」
「そうだ。少年との契約と余自身の目的のためにな。"境界門"を破壊したとなると相応の報復は覚悟の上であろう、マクスウェルの悪魔よ」
身体を覆う体毛はやがて姿を無くし、代わりに漆黒の浴衣が何処からともなく身を包む。新月のように流麗で、底の見えない右目にはマクスウェルの姿が写し出されているが、その眼の奥には彼の姿など眼中にないようにも見える。
「今の貴様程度であれば人類は乗り越えるだろうよ。でなければ
「何……ッ!?」
「聞こえないのか、今の貴様程度ならば人類は容易に乗り越えると言ったのだ」
「キ、様ァ……!」
憤怒の形相を露にするマクスウェル。だが彼は意にも介さず捕まれた腕を払うと逆に関節に手刀を落とし、腹部に軽快な回し蹴りを撃ち込む。
「余とて時間は限られているのだ。
グ、ア!?
そんな悲鳴を口にすることすら叶わずマクスウェルは遥か遠方に弾き跳ばされた。
最早姿すら見えなくなったマクスウェル。彼はそれを一望してから、くるりと春日部 耀に振り返った。
「春日部 耀……依り代の少年の言っていた少女か……」
「……りんどう、だよね……?」
か細い声で耀は問うた。竜胆の姿をした何者かは暫し逡巡すると、やがてその口を開く。
「……この身体の主の名は確かに高町 竜胆という少年だ。加えて言うのなら、余は少年ではない。少年の身を依り代に顕現したただの神だ」
「……じゃあ、その身体は? どうして竜胆の獣化が解けてるの?」
「詳しく説明することは少年の本意に抵触することになる。申し訳ないがそれに答えることは余にはできない」
すまない、と謝る。随分と低姿勢な神だと思わずにはいられないが、そう思った途端、何故か耀の意識は遠退き始めた。
「━━━━、━━━━━━」
「━━、━━━━━━━━━━━━」
聞き覚えのある二つの声音だ。誰のもの身体はまで考える程の余裕は今の耀にはなく、それを子守唄のようにして彼女は訳のわからない眠りへとついたのだった。
執筆意欲とインスピレーションを取り戻せたのは本当によかったです。マジでよかったです。竜之湖先生ありがとうございますとしか言えません。
ここから暫く孤独の狐に集中致しますので、何卒よろしくお願いします。