問題児たちと孤独の狐が異世界から来るそうですよ? 作:エステバリス
それは、昔の話。
俺はその人のことが、世界で一番大事だった。
その人のためなら、命だって投げ出してもいい覚悟があった。
だけど、逃げた。
逃げたんだ。
俺にはそんなことをする資格なんかない。だから、逃げた。
その結果はなんだ?また守りたい人達ができて、また逃げている。
本当に、俺って……あーあって感じだ。
本当に……………………………………あーあ。
◆◇◆
「……夢、か……」
竜胆は辺りを見回す。そこは寝る前に使わせてもらった部屋だった。
「……俺は、弱いな……今更あんな夢を見た程度でここまで……あの世界に、幸せに帰りたいなんて……」
暫く無言で部屋にいる。
「……そういえば、北側に来たんだったな……祭りがあったんだっけ……」
竜胆はなんとなく祭りが気になったので、無断で部屋から出て行った。
◆◇◆
「展示品置き場……なるほど、中々の逸品が集まっているな」
展示品置き場の中央にデカデカと置いてあったペンダントランプのような物に目が移る。
「製作者"春日部 孝明"……春日部?
そういえば、耀のお父さんはギフトとして機能するくらいの作品を創る彫刻家だったな……もしかして、同一人物だったりしてな」
そんなわけないか。と決めつけ、次の作品に視線が移る。
笛吹き男、嵐、ネズミを取るピエロ、黒い斑点のついた人間を模した四つのステンドグラスだ。
「出品者" "……あいつらとは別の"ノーネーム"か。
しかし、"名無し"にしておくには勿体無い出来栄えだな……」
───ありがたいことを言ってくれるわね
「ッ!?」
突然どこかから声が聞こえた気がして、ハッと振り向いたが……周囲には竜胆と距離をおいて見学している者のみ。
「……気のせいか」
───あら?私の声が聞こえるのかしら?
「……気のせいじゃないな。どこにいる?」
小さな女の子のような声音だ。だけど声は声音から考えられる歳不相応に落ち着いた感じがする。
───ここよ。ここ
「ここって……どこだ……」
───いるでしょう?貴方の目の前に
そこまで言うと、竜胆は目の前にあるステンドグラスを見た。
「……おいおい。物と会話する"ギフト"なんて持ってねえぞ?」
───でも、貴方は実際に私と会話してるわ
「それもそうだな。だけど……本当にそんな"ギフト"はなかった筈なんだけどな」
竜胆が頭を掻いていると、ステンドグラスは名案だと言わんばかりに竜胆にこういう。
───丁度いいわ。貴方、私の話し相手になりなさい。
いつまでもこんなところにいても退屈なのよ
「物が退屈とはな……流石神様の箱庭というところか。
いいだろう。俺でいいのなら、夜まで話し相手になってやる」
───やさしいのね。その辺の女の子に言ったら惚れちゃいそうよ?
「まさか。近づく者は敵でも味方でも死んでいく死神に惚れる奴なんていないさ」
───優しい人っていうのは、自分が優しいって自覚してないものなのよ。
いつ、どんな時でもね
そう言われた竜胆が暫くトントン、と頭を叩いていると───
「確かにそうだな。俺の昔の知り合いは優しいっていうのを自覚してないお人好しがいたな」
───昔?
「ああ。箱庭に来る前の知り合いさ。
まあ、ここに来る数年前から会ってないけどな……」
───そう。悪いことを聞いたわね
ステンドグラスから発せられる声はバツが悪そうな声を出す。
「気にするな。自分から交流を絶ったんだからな」
───そういうのを優しいって言うのよ。無自覚ね
そんな他愛のない話は竜胆の宣言通り、夜まで続いた。
◆◇◆
竜胆の現在地、サウザンドアイズの浴室。
ノーネームの浴槽に負けないほどの大きな大浴場で、竜胆はタマモとゆっくり肩まで湯船に浸かっていた。
「……なあ、タマモ」
「なんでございましょうか?」
「……あのステンドグラスから聞こえてきた女の子の声。結局誰だったんだろうな」
「謎は深まりますね。というかご主人様?」
「なんだよ」
竜胆がタマモの方に目を向けると、急に肩を掴まれる。
よーく見ると、彼女の表情はグルグル目で口が裂けそうな勢いだった。
わかりやすく言うと、某ロボットのエネルギー源に汚染されちゃった状態なのだ。
「ご主人様がタラシなのは知っていましたが……まさかステンドグラスまでにもそんなことをしてしまうとは、本当に恐れいりマスヨ……ふフ負府腑譜腐FUHU……」
「……はっ?」
「一発、殴ってもいいデスか?」
「却下に決まってるだろうが」
「答えは、聞いて、マセン」
「なんだそりゃ……!」
浴場でこんなことをしている。本当は足を滑らせたりするので、竜胆は常にゆっくりと歩いているが、そんなことは言ってられない。
「なんなんだよ……俺はステンドグラスと喋ってただけだぞ……?」
「それが、問題なのです……!」
「……たくっ、わけのわからん」
そんな浴場の追いかけっこは数十分続いた。
◆◇◆
「はぁっ……はぁっ……なんなんだよ……無駄に疲れさせやがって……!」
「ぜぇっ……ぜぇっ……それもこれも、全部、ご主人様が悪いので、ございますよ……!」
改めて湯船に浸かる二人。
「うっさいよ……だいたいこっちは尻尾と翼があるせいでいつも通りに動けないってのに……」
息をつき、恨めしそうに尾骶骨に生えた尻尾を見つめる。
最初に生えた時は九本だったが、今は落ち着いているのか、三本まで減った。
「だいたいだな……お前少しは自分の行動の結果、起きた被害とか省みろ。
誰が後始末してると思う」
「良心的で家庭的な私のご主人様の高町竜胆さんに相違ないです」
「わかってるならいい。俺はもう出る」
ザバッと湯船から腰を上げると、後ろからタマモの声が聞こえてくる。
「おや、いつもなら二時間は入っていますのに」
「これ以上入ってると無駄に疲れる。それに"ノーネーム"の奴らがいるから、いつまでもここにいると面倒なんだよ」
実はその"ノーネーム"の奴らが、竜胆が帰ってくる数時間前に入浴していたのは知るよしもない。
「ステンドグラスに描かれた絵……嵐にネズミ捕り、笛吹き男と黒の斑点の人間……いずれも童話『ハーメルンの笛吹き』の複数ある伝承にあったな。
だとすると、あの声の主はその伝承のいずれかに当てはまる能力でも持っているのか……」
竜胆は身体についた水滴を拭いながら考える。
「そう言えば、白夜叉は"予言の眼"を持った奴の予言から"魔王"が攻めてくるとかいうことを知ったんだっけか……」
だとしたら、魔王は既にこの街に潜り込んでいる可能性もある。
「その"魔王"の情報とか詳しく聞いてなかったな……まぁ、どうでもいいか。
俺はあいつらのところから離れたわけだし、無理に"魔王"と戦う必要もない」
寝巻きとして使用している着物に着替え、その最中に考える。
「……あのステンドグラス、寂しくないかな……」
どうも考え事に没頭すると最終的に他人のことばかり考えてしまう。竜胆は暫く考え、白夜叉に借りている部屋に向かって歩き出す。
「明日また行くか……声だけしかわからんとはいえ、女を一人にして泣かせるほどイヤな奴のつもりじゃないからな……」
死神、なんていう言葉で己を縛っていても、結局は誰かを心配してしまう。彼は自分という存在の危険性を知っていながら、それに目を背けてしまう───
「……この件が片付いて白夜叉に追い出されたら皆に謝らないとな……」
そんな風に思いつつ、彼はその日の出来事に幕を降ろした。
なんかもうリア充爆発しねーかなっていうくらいに女性と絡みますねこの死にたがり厨二狐は。
たまには十六夜くんのことも忘れないでやってほしいです。