問題児たちと孤独の狐が異世界から来るそうですよ? 作:エステバリス
ニヤニヤ。
ニヤニヤ。ニヤニヤ。それだけしか言えない。
「……これがヒッポカンプか。なるほど。やはり百聞は一見に如かずだな……俺自身にヒッポカンプの遺伝子があっても、ヒッポカンプそのものは見たことないからいい体験だ……」
水面を優雅に歩く水馬……ヒッポカンプ達を見ていた竜胆はなにを思ったのか、ゆっくりと水面に足をつけた。
そして、彼はおぼつかない足取りで立ち上がった。
「ぅお……結構難しいな、これ……波が揺れて動きにくい……表面張力のコントロールが重要なのか……」
ぐらぐらと足をふらつかせながら竜胆は一歩を踏み出す。
すると、丁度それを見ていた一頭のヒッポカンプが竜胆に駆け寄って来た。
『あ、貴方……これを始めてどれくらいですか?』
「……ん?あ、ヒッポカンプか。人語を喋らない動物とコミュニケーションを一対一でとるのは始めてだ……今までだったら大抵タマモがいるんだけど……
えと、これは……さっき始めました。色々あって、ヒッポカンプの力を目の当たりにしたから、特徴を学んで行こうかと」
『は、初めて!?我々でも一、二ヶ月はマトモに歩けませんよ!?』
「……へ?」
正に衝撃の真実。なんで俺こんな普通に歩いてるんだろ?と竜胆は目を丸くしていた。
「……そっか。これも、俺の特異性か……」
竜胆は疲れたような、呆れたような顔でゆっくり、おぼつかない足取りでヒッポカンプに近づく。
「ねえ、アンタ……名前は?」
『……私はカムプスです。もう競走馬としての寿命もなくなる年老いた馬ですよ』
「……年老いた、か……でも、アンタの目は全然年老いているように見えないな」
『意地が悪い性格なのですよ。今年で競走馬としての引退はほぼ確実ですから。
最後に人を乗せて走りたいと思っていたところ……貴方を見つけたのです』
カムプスと名乗ったヒッポカンプは残念そうに水面を見つめる。本当に残念そうで、基本お人好しな竜胆がそれを気づいて放っておくわけもなかった。
「……カムプスさん。俺、実は明後日"ヒッポカンプの騎手"に出るつもりなんだ。
それで、暫く見ててもいい競走馬が見つからないんだ……こういう時、ものを言うのは経験だと思うからさ……カムプスさんがよければ、俺と一緒に"ヒッポカンプの騎手"に出てくれないか?」
竜胆の言葉にカムプスは目を丸くしたように竜胆を見つめる。
『本当……ですか?嘘ではないのですか?』
「嘘は苦手なんです。作り笑いはできても、感情を作るのが苦手で」
竜胆は愛想笑いを浮かべながらカムプスの背ビレを撫でる。
カムプスは竜胆の愛嬌のある、それでも感情が渇いたような笑顔になにを思ったのか、頭を竜胆の腕に当ててくる。
『……慎んで受けさせてもらいます。こんな老馬でよろしければ』
「言っちゃなんだけど、老馬だからこそ、だね。この場合は」
『……ですね』
呆れたような笑い声が少しだけ響いていた。
で、丁度そのタイミングだった。
「竜胆?」
逃げたい。声が聞こえた瞬間に竜胆は即座に思った。だがしかし、彼は今全く慣れていない水上にいる。
つまり?逃げられない。
つまり?目の前にいるのは、今竜胆が一番会いたくない人物。
つまり?それはもう、竜胆が自分から死ぬほど恥ずかしい思い出を作るきっかけとなった少女、春日部耀にほかならなかったのである。
「……っ、……、逃げ、逃げる……!」
竜胆はなんとしてでも逃げようと全力で足を動かそうとするが、乗ったことのない乗り物を運転するかのごとく華麗にスリップしてしまった。
「ふがっ……!?」
「大丈夫?」
耀はすっ転んだ竜胆にちょっと驚いて、すぐさま彼に近づく。彼女も少しおぼつかない足取りだったが、水上を歩いていた。
そして耀は竜胆の元まで行くと、膝を曲げて視線を竜胆よりちょっと上辺りにして右手を差し出した。
「立てる?」
耀はすっ転んだ竜胆が少し面白かったのか、あるいはすっ転んだ竜胆に弟を見ているかのような、もしくは他の感情からか、微笑みを浮かべていた。
竜胆はその微笑みを見て完全に顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら右手を掴む。
「……いつも無表情なのに、こういう時だけ笑顔って、ズルい」
竜胆は耀に支えられながら立ち上がり、耀に聞こえる程度にではあったが、小さな声で呟いた。
◆◇◆
その後、川辺の岩に二人で腰を降ろして隣に座る。
が、悲しいかな。会話がなにもない。
かたや、無表情の少々無口。
かたや、ツンデレの上に目の前には惚れてる相手。
この二つが巧妙に混ざり合って微妙な空間が生まれていた。正直竜胆は感情かなぐり捨てて言いたいこと言えと言われれば全力で泣き散らしていただろう。そんな感じ。
「竜胆」
「へぇえ!?」
突然名前を呼ばれたのでつい変な声で反応してしまう。
竜胆が振り向くと、目の前に耀の顔があったので一気に真っ赤になる。女性疑惑の時といい、リアクションが決まって一つである。
「竜胆……"ヒッポカンプの騎手"で私達と違うチームで出るんだよね?」
「え?あ!?なんでそれ知ってるの!?」
「十六夜に聞いた。なんでそうなったのかは聞いてないけど」
耀がそう言ったので思わず胸を撫で下ろす。よかった。本当によかった。
ただ、これに負ける=小さい頃の彼が見られるというだけでつい最近の出来事ではないということに彼は気づいていない。
「あ、あぁ……よかった……」
「……竜胆、あのギフトゲームといい、今回といい、なんかここ三日でよく私に隠し事してるよね」
「……………………………ソ、ソンナコト、ナイヨ?」
言えるはずがないのだ。その二つに関してはほとんど自分のことが耀に割れてしまうことなので、教えることなどできないのである。
「怪しい」
「あ、怪しくない。ドント怪しくない」
「それ、怪しいってことだよ?」
「……はっ、」
竜胆は華麗に墓穴を掘った。やはりというか、どうも彼女相手には話しづらい。惚れた相手に普通に話しかけてる人とかいるけど、竜胆はそんなことできる人はホントにすごいと思ってた。
「ふふっ、やっぱり竜胆って不思議だ」
「……は?不思議?」
「うん。目を離せなくって、気づいたらどこか遠い場所にいて、なのに、いつも求めればすぐ近くに来てくれる。……レティシアの時も、竜胆のことを思ってたら来てくれた」
いつの間に日が暮れていたのだろう、上空には綺麗な弧を描く三日月が浮かんでいた。
月の光に照らされている耀は、竜胆の瞳からは普段より少し神秘的で、綺麗に見えた。
「いつも近くにあるのに気づけば沈んでて、求めれば昇ってくる。
キミは、まるで太陽だ」
耀は微笑み、竜胆を横目で見ながらそう言う。
……太陽。竜胆からすれば自分はそんなに大層な存在には見えなかった。
違うんだ。俺はお前がいたから光ってる……太陽はお前なんだ。そんなことを言いたいのに、何故か言葉が出ない。
「………………もし、」
「………?」
竜胆はそう思いながら、なんとか声を出す。
「……もし、俺が太陽だとしたら、」
竜胆は三日月を見上げながら指で三日月をなぞる。
「お前は宇宙だな。光ってる俺を作ってくれたのは、お前だよ」
そこで一際つよく、間違いなくなんていうのをつけないのが彼らしい。
竜胆は横目で見てくる耀にふっ、と微笑みながら、本人達が気づかないほど、身体を耀に近づけていた。
「……なあ、耀」
「……なに?」
竜胆は少し迷ったように、暫くなにも言わなかったが、意を決したように耀へと向き直る。
「"ヒッポカンプの騎手"が終わったらさ、俺と二人で"アンダーウッド"を出てどこか旅行にでも行かないか?」
グキュルルルルルルルルルルルルルルル。
超、空気を読まない音が聞こえてきた。耀の、お腹から。
耀は恥ずかしがる様子もなく、あ、という感じで自分のお腹を見る。
「……ゴメン。私と竜胆の二人でどこに行くって?」
「……ああ、いや……二人で食べ歩きでもしないか?金は……俺が出すから」
「行く」
即答だった。多分、竜胆が全部払うと言ったからだろう。
「はははは……はぁ」
竜胆が感情が一切こもっていない渇いた笑い声をあげると、同時に溜息も出てきた。
竜胆はお腹を押さえる耀を見つめながら、ふと視線を三日月に戻す。
星空の観察には良すぎる、南側なのに湿気は少なく、少し暖かいという最高の気候だった。
月は静かに佇んでいた。まるで二人を見守っていたかのように。
「……いつか、ゲームもなにも関係ない。勇気が出来たら言うよ。嘘で塗り固められた俺の、嘘偽りのない本音……」
誰にも聞こえない小さな呟きは、虚空の中へと消えて行った。
もう耀ちゃんさんが完全にエロゲの主人公ですよ!大事な時に動物的な超聴力が役立たずで「え?なにか言った?」って、完全にエロゲもしくは恋愛シミュゲーの主人公ですよぅ!