魔法科高校の無信仰者   作:苺ノ恵
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episode12.

 

 

 

 

 速く、速く、速く、速く!

 

 逸る鼓動と反比例するかのように、網膜が切り取る世界は異なる時間軸を生み出す。

 

 インカムによって塞がれた耳が、籠った風の音と背後から光の線となって襲い掛かる銃声を捉える。

 

 そんな戦場には似つかわしくないクリアな音源が数瞬のノイズの後に流れる。

 

『___こちらマスター・コントロール。セイバー1、状況報告』

 

「こちらセイバー1…!隊員5名撃墜、負傷者2名、予備弾薬に不安アリ。これ以上の戦闘は…」

 

『戦線後退は許容できない。各自遅滞戦闘を心掛けよ』

 

「くそ!!」

 

「ヴァイス中尉!俺が囮になります!!その間に体勢を!!」

 

「馬鹿を言うなグランツ!弾切れでどうするつもりだ!黙って後退していろ!」

 

「ですが!このままでは…」

 

「今は耐えろ。必ず…活路はある…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「___そうだ、それでいい」

 

 

 

 

 

「っ!?中尉___」

 

 突如飛来した散弾銃の雨に、グランツともう一名の隊員の反応が消失する。

 

「グランツ!!セオ!!…くっっ!!」

 

 射線から敵の位置を予測し威嚇射撃を行う。

 

 しかし、それは長くは続かなかった。

 

「惜しかったな。ヴァイス中尉」

 

 俺は後頭部に押し当てられた銃口の固さに、脳髄を麻痺させたかのように引き金から指を離す。

 

「……どこから読まれていたのですか?___スー大佐」

 

「読んでいた…というより、転がしていたというところか?」

 

 その答えに、自分でも驚くほど腑に落ちてしまったことに若干の悔しさを滲ませながら、スー大佐に向き直る。

 

「…なるほど。少佐殿ですか…」

 

「本当に、彼女は人間なのかと疑わしくなる。いっそ、機械仕掛けの妖精だとでも言われた方がしっくりくるな」

 

 俺が銃を降ろしたのを見て、大佐殿も銃を降ろす。

 

「悪魔の間違いでは?」

 

「いいのか?当の本人にでも聞かれたら事だぞ?」

 

「少佐殿は我々の考えを規制されるような方ではありませんからね__降参します」

 

「捕虜の投降を許可する。実践演習終了___今日も中尉の奢りだな?」

 

「演習終了、了解致しました___勘弁してくださいよ…」

 

 12戦全敗…それが今まで俺が演習で積み重ねてきた黒星の重積だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 飛行術式。

 

 エレニウム96式と補助装置による常駐型重力制御機構により、我々魔導師は、重力という檻から解き放たれた。

 

 少佐殿に強制スカイダイビングを命じられて以来、周期的に今回のような演習が行われてきた。

 

 現在、少佐殿は日本という異国の地で、魔法師による飛行術式の体系化に取り組んでおられる。

 

 その間、臨時の大隊長として選抜されたのが、アンソン・スー大佐。

 

 我が隊の数少ない女性士官であるメアリー・スーのお父上である。

 

 自ら先陣に立ち、前線で味方の指揮を執るその姿はまさに軍神。

 

 経験値の量だけでいえば少佐殿も敵わない程であろう。

 

 まあ、その経験値を逆手にとって敵の行動を完璧に予測し切る少佐殿も、我々からすれば十分に軍神だ。

 

 今ではグランツも何の躊躇もなく飛べるようになったことだし、少佐殿の敏腕振りには敵わない。

 

 話を戻そう。

 

 スー大佐はとても気さくで、誰とでも分け隔てなく接してくださる、我々の兄貴分のような方だ。

 

 飛行術式もセレブリャコーフ少尉に次ぐ練度で、自在に空中戦を操っている。

 

 少佐殿が大佐殿を推した理由がなんとなく分かる気がする。

 

 だが、俺は___

 

 

 

 

 

「___お?ヴァイス中尉、ここにいたのか?」

 

「…大佐殿」

 

 コテージのベンチに座って遠方に見える夜空に浮かぶオーロラを眺めていたら、ウイスキーのボトルを片手にスー大佐が歩み寄ってきた。

 

「一服いいか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 お前もどうだ?と一本煙草を差し出されたが、自分はどうにも煙草を楽しめないと辞退した。

 

 暫く何も話さず夜空を見上げていると、ポツリとスー大佐が言葉を溢す。

 

「ヴァイス中尉はどんな軍人になりたい?」

 

「は?…私が、ですか?私は…軍務に殉じられる、立派な軍人になりたいと__」

 

「すまん。言い方が悪かったな。お前はどうしたい?」

 

「どう、とは?」

 

 スー大佐は肺に燻ぶった紫煙を吐き出し、俺に封の空いたボトルを差し出す。

 

「大隊長、任されたかったんじゃないのか?」

 

「!?」

 

 不意にボトルを握ってしまい、ボトルは強引に押し付けられてしまった。

 

「俺とお前の間にある差なんて経験だけだ。もう俺も若くはない。これが最後の実践に出られる機会だと思っている」

 

 大佐殿は携帯灰皿に煙草を落とすと立ち上がり、背中越しに俺に問いかけてくる。

 

「ヴァイス中尉。相手をどれだけ大きく見積もってもいい。リスク管理は隊を預かる者として備わっていて当然のスキルだ。だがな、勝手に自分のことを小さく見てしまうのはやめろ」

 

「………」

 

「お前にとってその劣等感は、ただお前を弱くするものだ。もっと肩の力を抜け。思ったことは思い切りぶちまけろ。理性が邪魔するなら酒の力に頼れ。酔ってさえいれば全部酒のせいにできる。多少軍機を乱したって文句を言うやつは、この隊にはいないからな__さあ中尉、お前はどうしたい?」

 

 それだけ言うと、スー大佐はドンチャン騒ぎしている隊員の輪の中に戻っていった。

 

 問いかけようにも、もうその相手はいない。

 

 手には一本のウイスキーだけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「大佐殿!!見て下さい!!俺の秘儀!腰振りシェイカー!!」

 

 女性がいないのをいいことに、酔っぱらった野郎どもが下品な芸を披露しては爆笑する。

 

 馬鹿だなと思いつつ、悲しいことに俺も馬鹿な男だ。

 

 女に最低と言われることのほとんどは大好物。

 

 俺も参戦しようと新しいボトルの栓を開けようとしていた時___

 

 バンッッッ!!!

 

 木製の開き戸が勢いよく開けられる。

 

 いきなりの轟音に、シンとした静寂が場を覆う中、扉を開けた本人は両手の中指を立てながら吠えた。

 

「えんしゅーぜんしょうだからってチョーシこいてんじゃねーっぞエロオヤジが!!おれがホンキだしたらイッパツだからなテメー!!いまにみてろよ!!おまえをぶったおして大隊長になるのはこのおれだ!!!」

 

 顔を真っ赤にして、完璧な酔っ払いと化したヴァイス中尉は、先ほどとは打って変わって清々しいほどのムカつく笑顔でガンを飛ばしてきた。

 

「上等だコラ!!どっちが大隊長にふさわしいかここで白黒はっきりつけてやる!!」

 

「いったなエロオヤジ!!ちょうどいい、てはじめにそのこしふりシェイクでなぶりごろしにしてやる!!としよりはさっさとぎっくりごしでベッドとイチャついてな!!」

 

「ほざけ、童貞!!既婚者の黄金の腰遣いを見せてやる!!」

 

「あ…じつはおれメアリーさんと…その…」

 

「今すぐそこに跪け。一撃で楽にしてやる」

 

 そんなこんなで、第二〇三魔法師大隊の夜は更けていく。

 

 だから、気に掛けることは無いデグレチャフ少佐。

 

 貴官は貴官の成すべきことを成してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「『PS.娘のことをよろしく頼む』___だそうだぞ?スー二等兵」

 

「………気持ち悪い…」

 

 何をどうしてそのような結論に至ったのか分からんが、このビデオメッセージから観察できるシェイカーの中身は生クリームの基か?

 

 …ダメだ。もう嫌悪感以外の感想を抱けない。

 

「我々も精々、男には気を付けるとしよう」

 

「…うちのお父さんが…ホントにすみません…」

 

 以降、親子の間に大きな溝が生じることとなり、スー大佐がヴァイス中尉に相談を持ち掛けるようになったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 




ただの人生の恥部の暴露大会だったな。

酒は飲んでもいいが飲まれてはならないという格言は本当だったようだ。

さて、そろそろ敵が動き出す頃か。

私も備えることとしよう。

それではまた戦場で

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