玉葉という字は皮肉だと、玉葉は思う。
もとより、玉葉というのは蓬山に住まうとても美しい女神様の名なのだそうだ。それにあやかって美しいという娘に玉葉と字をつけるのが世の習いだった。
実際、玉葉は美しい娘だった。故に玉葉と呼ばれるようになったのは、自然のなりゆきと言えた。
ありふれた字とはいえ、玉葉自身もこの字で呼ばれる自分に疑問を感じたことはなかった。
しかし十六の春を境に、皮肉に思えるようになった。
あの日、どうしていつもは使わないあの道を通ったのだろうか。
どうして、あの時に左側を歩いていたのが、妹ではなく、自分だったのだろうか。
どうしてあの男は、自分を襲ったのだろうか。
玉葉は非道い喉の渇きに目を覚ました。
ぼんやりと傍らの水差しをとろうと手を伸ばした玉葉は、水差しの取ってを掴むことが出来なかった。見えているのに物の位置がよく分からないのだ。目がおかしいのだろうか。そう思い覗いた鏡には布で覆われた顔が映っている。かろうじて息がつける程度に鼻と口が露出し、右目だけで自分の姿を垣間見ることが出来た。
何が自分の身に起きたのか、理解できなかった。こんな目にあった記憶がない。
けれど確実に顔左半分に痛みが焼けるように襲ってきた。
「痛いぃ…あぁ……」
玉葉は自分に言い聞かせた。これは夢なのだと。
しかし、そのか細い望みは断ち切られる運命だった。
玉葉の顔には額から左瞼を通り、顎に至る激しい刀痕が残った。そして左目は全く視力を失っていた。傷は深く、それを縫い合わせた跡も醜く、皮膚は引きつれ、口角は引き上がり、顔全体の印象を歪つにしていた。
玉葉は、道を歩いているところを剣で斬られたのだという。
玉葉を襲ったのは、見かけたことはあるが、名も知らぬ男だった。
斬られたのは、顔と、それをかばおうとした腕が少し。命には別状がなかった。『幸いなことに』と医者は言った。
父と母、妹が泣いた。そして玉葉を励ました。
周囲からは絶えず同情と激励の言葉が押し寄せ、玉葉を責め立てた。
『かわいそうに』『代われるものなら代わってやりたい』『命が助かって良かった』『今は国が乱れて、いろいろなことでもっと非道い怪我をする者もいるし、命を落とす者もいるのだから、顔の傷などに負けずに頑張れ』『死ななかっただけまし』
同情など何の役にも立たない。
代わって呉れるなら代わってくれ。
他の人より私は幸せなのだと、お前は言うのか?!
死んだ方がましってこともある。
玉葉は絶望した。
死にたいと思い。実際、何度も死のうとした。けれど死ねなかった。周囲が必死に止めたせいもあるが、何より死ぬことが恐ろしかった。
そうして三年、地を這うように生きてきた。
顔の左半分を隠し、家からはほとんど出ず、外に出ても常に人目を気にして、いつも隠れ込む場所を探しながら、これで生きているといえるのだろうかと思われる暮らしだった。
美しい顔を失った娘は、美しく輝く人生を失った。
玉葉に残されたのは、玉葉という美しく、そして皮肉な字だけだった。字を変えようかと勧められたが、その字まで失ってしまうのは、その字で呼ばれるよりも辛く思えた。
玉葉はかつての自分にしがみつき、玉葉という字にとりすがった。そうしてかろうじて、生きて来られた。
この人も。。。やがて……