玉葉はうつむいていた。自分の顔が相手から出来るだけ見えないようにしたいという心ゆえだ。
ただそれは、横を歩く美しい顔も玉葉から見えにくくしていた。それが残念。
たしか戒莉といった。この剣士は、なんと美しい顔をしているのだろうか。かつての傷のない玉葉など、美しいなどと言っては恥ずかしくなるくらいだ。
美醜が容貌によるものではないなどというのはこの男の前では、ただの負け惜しみにしか聞こえない。
何でこんな男と一緒に歩くことになったのかというと、それは玉葉の帰り道を心配した藍椋が発した一言から始まったことだった。
「送らせるわ」
と、言って連れて来たのが戒莉だった。
はじめはその綺麗な顔に見とれてしまった。次に自分の顔を恥じ入った。それからずっとうつむいているので、まともに戒莉の顔を見たのはほんの僅かの時間だけだった。それだけでも、玉葉の中で戒莉の印象は鮮烈だった。
「あ、今、頼りなさそうとか思ったでしょ」
藍椋が思ってもいないことを自信満々言い放った。
「こう見えても妖魔とか倒しちゃうのよ。ねぇ」
「は?」
そんなばかな。
「ホントよねぇ。戒莉」
藍椋は戒莉の腕を引っ張り、同意を求める。戒莉の方は、藍椋の勢いに押されて、しぶしぶうなずいていた。
こんな綺麗な男と街を歩くなど、とんでもないことだ。玉葉は強固に断り続けたが、藍椋の押しに、やはり負けた。
実際、往来を歩いていると、誰も彼もがこちらを見ているような気がする。自分が見られているのではない。視線は玉葉をすり抜けて、隣の男の方へと向けられている。
何であんな女がこの美しい男と一緒にいるのか、という妬みの視線は感じない。皆、戒莉に視線を奪われて、僅かに遅れて歩く猫背の娘は視界にすら入らないらしい。玉葉がこの三年というもの怖れ、嫌がっていた奇異なモノを見る目、ただ面白いものを見てやりたいという好奇の目、かわいそうにと憐れむ目、ここにそれらはひとつもない。ただ心配しなければならないのは、この戒莉という男の視界に入ることだけだった。
「なあ」
戒莉の声に玉葉の肩はびくりと跳ねた。その跳ねっぷりがあまりに明らかだったので、戒莉は驚いて、玉葉にかけようとしていた言葉を飲み込んでしまった。
玉葉は戒莉の声を聞きたいと思った。
「何?」
玉葉の一大決心は、小さな、もしかしたら聞こえないくらいの声にしかならなかった。
「大丈夫か?」
天が玉葉の願いを聞き届けたのか、戒莉の声が降ってきた。
単に返事をしただけだったが、玉葉には大きな一歩だった。
「具合わるいのか?」
更に聞こえてくる、思いの外低くて響く声。どこかの国の訛りなのだろうか、ちょっと発音が独特で、耳にくすぐったい。
もちろん、玉葉の脳には戒莉の問いは届いていない。
戒莉は、ただうつむいているだけで反応らしい反応を見せない玉葉という娘を奇妙に感じた。はじめは、具合でも悪いのかと思ったが、そうではないらしい。
この娘はただ、うつむいているのだ。
自分が他者から見えなくなってしまえば良いと思っているかのように背中を丸めて、下を向き、小さく小さくなろうとしている。
卑屈だ。
なんでここまで卑屈になっているのだろうか。
藍椋に訊ねた。
あの娘は、何年か前に顔に傷を負い、それを隠すために俯いているのだろうということだ。でも顔を隠すだけで、あんな風になったりはしないだろう。
藍椋は薄く笑って、いろいろあるんでしょう。と、言った。
最近、あの娘の家に更に不幸があったのだという。妹が行方不明になったのだそうだ。
「仲の良い姉妹だったのよ」
玉葉を送り届けた家に流れる空気は、薄暗く、湿った感じがした。
あの娘は何一つ、戒莉に似ていない。けれど、戒莉は玉葉を見ていると自分が見えてくるような気がする。
何故なのだろうか。
以前、戒莉は自分の顔に傷でもあればいいのに、と思ったことがあった。
あの娘には言えないことだと思った。
『天涯~柳編~』第弐章 了
はい。もう一人落ちました。