天涯~柳編~   作:清夏

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『仙』

 カイリは、自分が向かう方向からやって来て、自分が来た方向へ走っていく役人たちの姿をちらっと確認すると、群衆の中に埋もれていった。

 あのままいたら、役人に取り囲まれて面倒なことになっていただろう、このまま人の中に隠れてしまうのが得策というものだ。

 もっとも人の中に紛れ込んだ思っているのは本人だけだ。

 馬腹の返り血で飾られたカイリの美貌は異様に目立った。

 

「随分、御活躍だこと」

 ふいに、カイリは背後から耳元に生ぬるい息を吹きかけられた。

 かろうじて素っ頓狂な声を上げることは踏みとどまったが、その声の主に対する腹立たしさは押しとどめようがなかった。

「サンキ」

 名前を呼んだだけだが、とげとげとした声音になった。

「何?」

 呼ばれた当人は、カイリの感情など全く意に介していない。

「見てたなら、何とかしろ」

「金にならないことはしない」

 サンキはなおもカイリの背後におり、カイリは振り返ることはなかった。

「それで俺が死んだらどうするつもりだ」

「泣いてやるよ。ひと月くらいは」

 その答えにカイリは満足しなかった。

「一生、泣いてろ」

「嫌だよ。一生は長いからね」

 サンキは羽織っていた衣をするりと脱ぐと、カイリにかけた。

 カイリは、ごく自然にそれを受け容れると、頭まで引っ張りあげた。これでようやく人目をひかなくなる。

 サンキは、さきの男よりも更に逞しい男だ。文字通り逞しいのだ。筋骨隆々という言葉は、この男の為にあるのではないかと思う。そうして、その体に合った大きな剣をこれみよがしに腰に帯びている。

「さっきの男、知り合い?」

 サンキは問い、話の流れを変えた。カイリは、それに気付かぬふりをして答えた。

「いや」

「それにしては、随分親しげだったけど」

 二人はいつの間にか並んで歩いていた。カイリは、サンキの胸よりも少し下くらい身の丈だった。

「名前も知らない男だ」

 そういえば、訊かなかった。

「でも、あの男はお前の名を知ってた」

 サンキが意地の悪い笑みを落とす。嫌な感じだ。

「名前。教えたんだろう」

 それがどうしたと、反論しようかと思ったが、意味がない。どうせ敵わない。

「あの男。仙だった」

「は?」

「あんたと同じだ」

 サンキはカイリの挑むような視線を受けとめながら微笑む。

「何故、分かる?」

 そう言い差して、サンキは自分自身に呆れた。

 カイリは海客だ。

 海客であれば、仙はその言葉で分かるのだそうだ。サンキにはよく分からないが、何度か聞いたことがある。仙の話す言葉は「日本語」に聞こえるのだそうだ。日本語を喋るのは仙か、さもなくば海客なのだそうだ。サンキは、その時はなるほどと、感心したものだ。

 それにもかかわらず、サンキはカイリが海客だということをよく忘れる。

 カイリはあまりにも自然にこの世界に、自分の傍らにとけ込んでしまってしまっていて、つい忘れてしまうのだ。

「海客だってことはないのか?」

「あんな海客はいない」

 蓬莱で剣を振り回しているのは、時代劇俳優ぐらいなものだ。

 自分のことを棚に上げて、カイリは当然だろうと顔で言う。

 サンキは、衣ごしにカイリの頭を撫でた。

「お前は、ホントに可愛いよ。戒莉」

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