「そう、そう言えばね……」
照れ隠しのように、桂凛は話題を変えようとする。
「あの朱甲さまが気に入りの娘がいたのね。確かにちょっときれいな娘だったけど、変だったのよね」
「変て?」
戒莉はそのまま、逆らわらずに桂凛の進む方へと流した。
「うちの者じゃなかったのよ。朱甲さまがわざわざ外の娘を可愛がるなんて、どんな美女よって思うじゃない。でも、まあ、並よりちょっと良いぐらいなのよ。着ているものだって、いつも粗末だったし。あ、でも刺繍がステキだったかなぁ」
拍車がかかる喋りに入り込む隙が無くなっていく。
「刺繍なのよ。そうそう、その娘の着ているものとかにはいつも刺繍がしてあってねぇ。花とか蝶とか、いろいろ。たぶん、自分でしていたんじゃないかな。いつだったかな、帯にしてあった花模様がね、あたし気に入ったのね。あれね、後で街で売ってる店みつけたのよ。でも帯はないのよ。だから、自分でしたんじゃないかなって思ったのよ」
ここまで言って、桂凛はようやく言葉をきった。それで満足したのだろうか、やはり立ち直っている。すばらしい。
戒莉は、そのとりとめのない話を暫くそのまま聞いていたいような気がしていた。懐かしい、そんな眩暈がした。
「その店でね、その花模様の襦裙を買ったのよ。ほら」
桂凛は上着の前をいきなりガバッとっと開けた。
戒莉は、たじろいだ。が、桂凛なみの素早さで立ち直ったのか、まじまじとその襦裙を見た。
「これ、どこで買ったって?」
見たことがある、その刺繍に戒莉の思考がぐるぐると駆け巡っていた。
「藍椋って人のお店よ。古着とか売ってるとこなんだけど、大通りからちょっと外れたとこで、見つけ難いんだけど。ああ、あたし案内しよっか」
「知ってる……」
藍椋のところで店番をするともなくしていた時に、見るともなく見ていた刺繍だ。藍椋は、その刺繍のことを何か言っていた。
「そうそう、でね、その娘がね」
「え、誰だって?」
「何よ、聞いてなかったの? 朱甲さまお気に入りの刺繍娘よ」
「ああ、ああ、刺繍娘ね」
戒莉は上の空だが、桂凛には関係ない。
「その刺繍娘が、持ってきた婚礼衣装がステキだったのよお。赤い、あれは絹よね。それにびっしりと刺繍してあるの、鳥とか花とかが。あたし、お茶出した時にちらっと見たのよ。そうそう、あの朱甲さまはね。その娘にはお茶とかお菓子を必ず振舞ってたのよ。すごくご機嫌を伺ってたみたいよ」
とりとめなく、さんざめく。桂凛の声は、母に似ていた。
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