夜の底に立つ者が居る。
同じ部屋の中、同じ空気を吸っている存在。
戒莉は自分の血が騒いでいるのを聞いた。
他の誰にも聞こえない。けれど、戒莉自身が知っている。
―― 斬るか?
戒莉は、自分に問う。答える者も、自身でしかない。
近づいてくる得体の知れないものに怯えている自分。斬るという行為を、決めかけて興奮をおぼえている自分。他の誰も知らない。だけど、戒莉自身には分かっている。
そんなことは、今はどうでもいい。
―― 斬る!
夜具を払い、寝台を蹴り、中空を駆ける。
床に足が下りる前に、戒莉は剣を抜き上げた。
振りかぶり、頂点から振り下ろされた戒莉の刃は、命の喉元をかすめた。
―― 外した!
戒莉の心がそう舌打ちする前に、下へと走っていた剣が反転、上へと駆けのぼった。
その手に自分が握っているはずの刀の勢いに、持っていかれそうになる体を、戒莉はかろうじて床の上に留めた。
「戒莉」
低い声が、戒莉の振るう切っ先から僅かに逸れたところから呼びかけて来た。
「……珊揮」
戒莉の力は、がらんと落ちた。
「いやぁ、うっかりお前に殺されるところだったよ」
珊揮は、からかうように、晴れやかに笑った。
「あんたが死ぬところを、俺が見られるとは思えないけど」
冗談なのか、本気なのか、分からない口調で戒莉は返した。視線を珊揮から逸らしているのは、さすがに気まずかったせいかもしれない。
珊揮は戒莉をよくよく眺めてみた。
白い肌がうっすらと汗を帯びている。顔にかかる黒々とした髪をうっとおしそうに払い、乱れた襟元をかき合わせている戒莉の様は、奇妙に色めいて見える。
だが、世間がなんと言おうと、戒莉はそういう風に見られることを拒絶している。
故に、可成り無防備だ。
「危ないねぇ」
「ああ、俺が悪かったよ」
珊揮の言葉を勘違いした戒莉は、ぶっきらぼうに言った。
珊揮は少し驚き、瞬きの後に、真面目な顔を作ってみせた。
「そうだね。私でなければ死んでいたよ」
「だから、わるかった。すまないって……言ってるだろ」
あまりすまなそう聞こえないが、戒莉は本当に自分が悪かったと思っているらしい。
本当は、勝手に闇に潜んでやってきた方がワルイに決まっている。
珊揮は胸の内で微笑んだが、表に出したのは、実にワルイ笑顔だった。
「いいや、それじゃ済まないね」
「じゃあ、どうすれば済むんだ」
いつになく絡んでくる珊揮に戒莉は困惑する。
「さてね。どう償ってもらおうか」
珊揮の企み笑顔に、戒莉は身構えた。
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