「それはそうと」
すいと、珊揮は肩透かしを食わせる。
「は」
戒莉の心構えは、がらりと崩される。
それが狙いなのか、さっきの言い分が冗談なのか、戒莉は当惑する。知り合って五年の月日を過ごしているが、戒莉には珊揮の言動を理解することが難しい。
「外からここを探ってる奴らに気づいたかい」
試すように、挑むように、そしてはぐらかすように珊揮は問を投げかける。
戒莉は分かってるが、付き合ってやることにした。
「俺が見たのは緑の髪のやつと、頭巾をかぶった奴と、それからあんただ」
朱甲に雇われた初日から、ちらちらと店先を覗いている男たちがいた。彼らは通りの向こう側から、険しい目つきで、行き来する者越しにこちらを睨んでいた。自分たちが居ることをむしろ誇示していた。朱甲の店の者たちも、その胡散臭い連中をひそひそと噂しているくらいだ。それを戒莉が気づかないでいられるはずがなかった。
その身なりの悪い、おそらく風呂というものからしばらく遠のいているだろう肌の色をしている男達。そして、それらに完全に隠れた赤銅色の髪。
戒莉はその男達もろとも、珊揮を見て見ぬふりで、流してした。
たぶん、その方が良いのだろうと思っていた。
「それから眼帯の男だ」
珊揮は自らの右目を指差しながらニヤリとした。
「そいつは、知らない」
戒莉は憮然と、『だからどうした』と心の中で悪態をついた。
「だろ」
してやったりという顔つきで、珊揮は笑う。
「あんたは、子供か」
戒莉は呆れる。
珊揮のこういうところに、戒莉はどうしようもなく苛立つ。珊揮はそれを知りながら、そういう態度を改めない。
「あの連中、何だと思う?」
「知ってるなら、さっさと言え」
冷ややかに、戒莉の口が開く。
「だめだよ、戒莉。考えもしないで、すぐに答えを聞いこうなんて。頭は使わないと働かなくなるんだよ」
戒莉の見下すような目の表情を心地よく眺めながら、珊揮はもっともらしい顔をする。
「俺は、他にいろいろ考えてるからいいんだ」
「へえ、たとえば何?」
「……」
誘導されている。戒莉は一瞬、自分の前に珊揮によって整備された道が実際に見えたような気がした。
こんなバカバカしい会話をいつまで続ければ、話が進むのだろうか。
「じゃあ、俺が何を考えているか話してやるから、聞いてろよ。いいな、黙って聞いとけよ」
戒莉は力強く、びしと珊揮を指差した。
「あの連中はあんたの手下だ」
戒莉が繰り出したのは、突拍子もない話だった。
珊揮は、全く想像だにしていなかったことに面を食らったが、直ぐに相好を崩し、戒莉に続けるように身振りで示した。
「あんたは実は賊だ。森で朱甲を襲わせたのも、あんただ」
厳しい表情を保ったまま、戒莉はそう断言してみせた。
「私がそんなことをするって言うんだね。では聞くが、なんの為だい?」
珊揮は、否定もせずに合いの手をいれる。どう考えても、面白がっているだけだ。
「朱甲に信用させて、俺を杖身としてここに入り込ませようって魂胆だったんだろう。それで中から賊の仲間を引き入れようっていう筋書きだ。ついでに言えば、朱甲の家が狙われているなんて話をでっち上げたのもあんただ」
珊揮に促されるまでもなく、戒莉の口は面白いように動いた。
「でも、それが嘘っぱちだって分かったら、俺はお払い箱だ。だから、朱甲が狙われているかのように、見るからに胡散臭い面をここに寄越した。それが見事に効果てきめん。店の連中もかなり不安がっている。朱甲も護衛の一人や二人じゃ、とても安心できないって風情だ」
既に戒莉は、常の三日分は喋っているような気がしている。しかも言っていることの総てが、上滑りしている。
「おや、朱甲サマは怯えてるのかい」
朱甲の生ぬるい顔が蒼ざめている様を想像したのだろうか、珊揮は嬉しそうに戒莉の目を見た。
「眠れないらしい。目の下に隈ができてる」
朱甲のことは話すのも嫌だと、戒莉の顔に書いてある。
「で、夜は怖いからと、お前のところにでも来るのかい」
「……」
怒りを帯びている戒莉の瞳に、珊揮は、もっと怒らせてみたい衝動に駆られる。
「で、今夜は夜陰にまぎれて忍んできた朱甲サマを斬るつもりだったのかな?」
珊揮は笑みを含んで、戒莉の心を逆撫でした。
「ああ、斬ってやるよ。二度と、ワルイことを出来ないようにな」
口から飛び出してくるのは、売り言葉に対する買い言葉というやつだ。
「無法なこと」
珊揮は、咎めるように言う。
「無法なのはあいつの方だ」
「無法には無法で良いと、そういうこと?」
珊揮は、いつものふざけたような様子だ。
決して、真面目に言っているようには見えない。
戒莉は、珊揮が本気なのか冗談のつもりなのか、確かめるのが怖ろしいような気がした。それでも、言い続けなくてはならなかった。
「それが相応だ」
「ああ、そうかもしれないね」
珊揮は俯きながらも、ふっと笑った。
法を犯しながら、法で裁かれぬ者を無法の刃で成敗する。それは理に適っているかのように聞こえる。だが、裁いた者もやはり無法に堕ちる。
珊揮は、それが分かっている。
「俺は人殺しだ」
きっと、戒莉も分かっているのだろう。そんな事を言う。
「私もだよ」
堕ちているのだ、既に。ふたりともに、墜ちている。
珊揮は気づかなかった。
なんとなく、戒莉は白いままだと思っていた。
だが、そんなはずがない。少し考えれば、分かることだ。
珊揮は心から笑った。愚かな自分と、汚れた戒莉を見比べては、こみ上げる嘲笑を堪えられなかった。
「だから、俺は朱甲を斬れる」
戒莉は笑わない。