心配をして損をした気分。
という、馬鹿馬鹿しい気分に陥っている戒莉は、話を進める決意を固めていた。
「あんたが調べてきたことも話せよ」
戒莉は寝台から降りながら、珊揮の額を手の甲で軽く叩いてやった。
「お前はホントに可愛いねえ」
珊揮は嬉しそうに、大げさに痛がってみせた。
ここで怒ったら、また話がどこかへ飛んでいってしまう。戒莉は、ぐっと腹立ちを飲み込んだ。
「そうだよ。俺は可愛いよ。よく気づいたな」
戒莉は挑戦的に言い放つ。
ぐっと顔を上げ、珊揮を睨む。
珊揮は、痛みを感じるほどの視線をしばし無言で受け止めていた。
どれ程の時が流れたのか、珊揮はふうっと表情を緩める。
「まあ、お座り」
あくまでも朗らかに、珊揮は先ほどまで自分が座っていた椅子へ戒莉を誘う。
「あんたもな」
戒莉は警戒しながら、その椅子に座った。
朱甲は護衛を頼むに際して、戒莉のみを雇いたいと告げた。珊揮は、それを快く了承したが、戒莉の元を訪れる許しを得ていた。
おかげで珊揮は自由にあちこち動ける立場のまま、朱甲の家を出入りできる身分となった。
戒莉が中でいろいろと探る間に、珊揮は外から様々に調べていた。はずだ。
戒莉は、多少は包み隠しながら見聞きしたことを既に珊揮に話した。
一方、珊揮はのらりくらりと戒莉を蚊帳の外へ追い出しにかかっているかのようだ。
とは言え、全く今まで語っていないという訳ではない。
「この帯、ホントにその杏玲って娘のなのか?」
戒莉は、鮮やかだが、汚れた刺繍の花々を手にとってみた。
この赤黒い染みの正体に戒莉は気づいている。
手に軽いが、心に重い。
「間違いないと思うよ。藍椋に確認してもらったからね。確かに玉葉が刺した花だってさ」
珊揮は、隣街の例の地下室で見た憶えのある刺繍を、藍椋の店で見つけたのだという。そして珊揮はその後、直ぐに隣街に行って、帯を持ち帰り、藍椋に確認した足でここへ来たのだ。
戒莉も地下室で見たこの帯のことを、なんとなく憶えていた。荒んだ世界の中で不似合いなぐらいの色とりどりの花が、印象的だったからかもしれない。
図らずも二人とも憶えていた帯に、二人ともに、ここで再びたどり着いた。
「帯を見てもらったときに、藍椋は婚礼衣装のことも話していたよ」
玉葉が刺繍した婚礼衣装を持って街に出た杏玲は、二度と再び家には戻らなかったと、藍椋は言っていたそうだ。
「そして杏玲は、ここへ来たんだな」
戒莉は、杏玲がこの家にやってきた様子を思い浮かべた。もしかしたら、この部屋の前を歩いていたかもしれない。
戒莉は杏玲を見たことが無い。戒莉の想像の中で、杏玲は玉葉の顔かたちをしていた。髪で顔の半分が隠れているのに、さらに俯き加減で表情が見えない、猫背の娘だ。かつては美しいと評判の娘だったという。
「戒莉」
珊揮の声が、思索の道に迷い込んだ戒莉の中に割り込んで来た。
「あ……」
戒莉は、夢から醒めたかのような心持ちで珊揮の顔を見た。
「外でここを見張っていたのは、森で出くわした賊の一味だったよ」
珊揮の声音が常より硬い。
その表情のまま、珊揮は言った。
「そして、朱甲は奴らの仲間だ」
……正しくは、『だった』だがね。
と、珊揮は付け足した。
第四章 了