思えば、なんて私は不幸なのだろう。
里で一番美しくて、働き者の娘と結婚したあの時。
あの幸せから、なんて遠いところに来てしまったのだろうか。
あの日、白い貝殻の耳飾をつけてやった娘の頬が赤らむのを、今でもありありと思い出せるのに。
里木に二人で結んだ帯の美しかったこと。
実った果実が、どれ程に輝いて見えたことか。
病というのは、嵐のようにやって来て、総てを奪い去ってしまう。
そして、金は残酷で、そして力があることを知った。
金さえあれば、助かる命があるということを知った。
金が無ければ、助からない命があるということを知った。
金で売り買いされる人の命は、本当に軽い。
人はあちらと、こちらに分れる。
たとえば売られる人間と、売る人間。
たとえば利用される人間と、利用する人間。
たとえば騙される人間と、騙す人間。
たとえば貧乏人と金持ち。
たとえば不幸な人間と、幸せな人間。
私は、金持ちだ。
商売は順調で、いまやこの街で、この周辺で、食料の値段を決めているのは私だと言っても過言ではない。
このまま、静かに年をとって、死んでいくのだろうと思った。
確かに妻もない、子もない。
いくら金を溜め込んだところで、死んだらお仕舞いだ。
ケチだ、守銭奴だと誹られて、死んでしまえば全部国が奪っていく。
なんてお笑い草なんだろう。
挙句、国は傾き始める。
私の努力や、苦労や、不幸の上に築いた今の総てを、死ぬ前から国は奪っていこうとする。
国が荒れたり、王が道を誤ったり、私のあずかり知らないところで、私の幸福は脅かされる。
どうして、このように頼りない世界に私は生まれてきてしまったのだろう。
虚海の向こうには、蓬莱という国があるのだという。
そこでは、麒麟が王を択ぶのではなく、民が国の長を選ぶのだという。
王がなくとも、妖魔は出ない。天災も起こらないのだという。
虚海の向こうには、努力すれば報われる、自由で幸福な国があるという。
こんな世界に生まれたときから、私の不幸は始まっていたのかもしれない。
私は金を稼ぐ。
国が荒れても、屋敷の窓に丈夫な格子をはめられるように、たくさんの杖身を雇うことが出来るように、生きていくために、金を出来るだけ稼ぐ。
それが悪いはずがない。
国は勝手に荒れる。王は勝手に道を誤る。
私は、私に出来る努力をするだけだ。
人は、あちらとこちらに分かれる。
たとえば、貧乏人と金持ち。
たとえば、不幸な者と幸福な者。
私は、金持ちだ。
しかし、私は幸福なのだろうか?
成金で、ケチで、助平なおっさんの独白。