朱甲は、御機嫌がうるわしい御様子だった。
戒莉の前には、昼餉にしては豪勢な料理が並べられ、湯気の向こうには朱甲の満面の笑顔。
護衛を止めて貰いたいと言い出す気配を、朱甲は一向にみせない。
ただ、戒莉を眺めて昼飯を食べたかっただけなのだろうか。
つい、戒莉は気を緩めた。
その時、朱甲はするりと戒莉の心の隙間に割り込んで来た。
「ところで、あなたがここに来たのはなんの為ですか」
生ぬるい、もの優しげな声に、戒莉はすうっと自分の血の引く音を聞いたような気がした。
気づけば、給仕の者は皆さがって、この部屋には戒莉と朱甲のふたりきりだ。
「護衛のためだと思っていましたが」
戒莉は動揺していたが、妙な間をおかずに答えることが出来た。と、思った。
「それは、まあそういうことにしておいても良いのですが」
などと、朱甲は生ぬるいことを言うが、『そういうこと』にしておく気はさらさらないという顔をしている。戒莉がどう応えて来るか、試している。
朱甲というおっさんを、戒莉は今までうっかり侮っていたようだ。 それなりに商売に長けている朱甲だ、小悪党にしても、助平おやじだとしても、馬鹿ではないだろう。
戒莉は朱甲の思惑を推し測っていた。戒莉のことを、どこまで知っているのだろうか、そして戒莉が朱甲のことをどこまで知っていると思っているのだろうか。
―― 分からない。
「そういうことも何も、護衛の為以外に目的はありませんから、他に何とも言い様がありませんけれ」
とりあえず、戒莉はとぼけてみた。当惑した顔を作って、すがるような視線を朱甲に送ってみる。
「なるほど」
朱甲は、戒莉の言葉を右から左へ流している。だが戒莉の表情は、少しは効いているようだ。朱甲にやや隙が出来る。
―― この顔が、ほんとに好きらしい
忌々しいこの顔。戒莉は、心の内で悪態をつく。今のところ役にたっているのは、剣ではない。
「……ですが、お望みであれば護衛以外のご相談にも乗りますよ」
表情を切り替えて、戒莉は口角を上げてみせる。
「ほう、どんな相談にのってくれるんでしょうかね?」
朱甲は、ぬるりと笑みを滲ませる。
「私に出来ることならば、なんなりと」
戒莉は笑を絶やさず、目を細めながら、相手の心を探った。
「そうですね。とりあえず……店の前をうろつく輩を何とかしてもいましょうか」
僅かの間の後に、朱甲の口から出てきたのは、意外で至極当たり前の言葉だった。
「かしこまりました」
うやうやしく、戒莉は承った。
おっさんの逆襲。