天涯~柳編~   作:清夏

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『血の味』

「かしこまりました」

 などと、請け合ったものの、戒莉は具体的に何をすべきかを考えあぐねていた。

「どうしたものか……な」

 表の通りを眺められる二階の窓辺に、戒莉は佇んでいた。

 ちらりと視線を落とすと、珊揮が言っていた眼帯の男が見える。何に苛立っているのだろうか、小刻みに体を揺すっている。

 男は戒莉に気づく風もなく、ひとつしかない目で朱甲の店の中を絶えず探っている。

 明らかに自分の存在を誇示している。

 

 珊揮は、こいつらを朱甲の仲間だと言った。正しくは『元』だとも言っていた。つまり、今は仲違いをしているということだ。

 では、いつから『元』仲間になったのだろうか。

 朱甲が隣街に行ったのは、この仲間に会うためにだろう。この時に何かあって、『元』仲間は朱甲を森で襲ってきたのかもしれない。

 あの時、珊揮が殴って失神させておいた賊を刺し殺したのは、おそらく朱甲。

 賊は役人に引き渡されれば、朱甲との関わりを間違いなく喋っただろう。

 朱甲は、これの口を塞ぐためなら人殺しも厭わない。そういう男だったのだ。

 そして今、朱甲は『元』仲間を戒莉に始末させようとしている。

 戒莉は、改めて自分の認識が甘かったことを思い知る。

 『元』仲間などと言っているが、朱甲に仲間意識があったとは思えない。朱甲にとって奴らは、単なる手駒、道具に過ぎなかったということだ。

 朱甲は、新たな手駒を試している。それが、戒莉というところ。

 何も言わずに賊を斬れば、朱甲は戒莉を新たな道具にしてやろうと考えているのだろうか。

「斬るか?」

 以前に珊揮が訊いてきた言葉をそのまま、戒莉は口にしてみた。

 答えるのは、やはり戒莉自身しかいない。

 あの時、戒莉は「斬る」と言った。斬る対象は、朱甲だった。

 今、戒莉は何を斬ろうとしているのだろうか。

 

 

 賊を斬るのに、特に迷いはない。

 奴らも朱甲と同様、人を物のように売り買いする一味。無法な奴らだ。それを斬ったとて、なんで心が咎めようか。

―― あいつら斬ったら、また具合悪くなるんだろうなあ

 考えただけで、戒莉は気が滅入ってきた。

 心底から斬って当然だと思っている奴らでも、斬れば必ず戒莉は具合が悪くなる。

 因果な体だ。

 戒莉は、思う。これは、自分の罪そのものから逃げている故なのだと。

 自分は、罪の自覚があるのだと、慈悲の心があるのだと、体で示すことで赦されようとしているに過ぎない。それが証拠に、最近では、単に体だけが辛い。そして、体が楽になれば、流れた血のことや、死んでいったもののことなど忘れてしまう。

 戒莉は眼帯の男の目を見た。

「斬るか」

 戒莉は、問いの言葉を繰り返してみた。

 

「あれ」

 ふと、戒莉は気づいた。

 考えてみたら、こいつらをとっ捕まえて、役人に突き出せばいいんじゃないだろうか。

 珊揮は朱甲の悪事の証拠がないと言ったが、こいつらは立派な証人になるんじゃないのか。なにしろ、朱甲はこいつらの口を塞ぐために、自らの手を汚している。

 それにもかかわらず、こいつらを泳がし、朱甲をそのままにしているということは、珊揮はもっと違うところを目指している。と、いうことだ。

 戒莉は、珊揮と自分への腹立たしさを噛み締めた。

 血の味がしたような気がした。

 

 

 ふいに眼帯の男が、店の中から目を離した。戒莉もつられて、男の視線を追った。

 焦点を結んだ先には、玉葉の姿があった。

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