何を知りたくて、ここに来たのだろうか。
ここで、何が分かるというのだろう。
来てはみたものの、玉葉は後悔していた。
どこの店でも、玉葉はあまり歓迎されてはいなかった。
おそらく、朱甲のところでもそうだろうと玉葉は思っていた。
ところが、玉葉は綺麗な客間に通され、茶や菓子まで出されている。 さらには、玉葉は店の者にでも話を聞いて帰ろうと思っていたのに、なんと主の朱甲が出張ってきたのだ。
玉葉は居心地の悪さを感じてした。
茶を運んできた女中がじろじろと玉葉を見ていった。値踏みするような嫌な目だった。
顔の傷が、痛みはじめたような気がしてくる。もちろん、気のせいだ。
じっとりと、額に汗がにじむのを感じながら、玉葉は朱甲から杏玲がときおり刺繍をこちらに納めていたことを聞いた。あの婚礼衣装も朱甲の依頼なのだという。
食料問屋が何故? と、玉葉は思ったが、それを口にすることが出来なかった。けれど、朱甲はその玉葉の心に先回して、言い訳のように説明してみせた。
「今はこんな不安定な時勢ですからね。食料だけ扱っていては心もとないので、何か他のものを、と思っていたのですよ」
朱甲は玉葉の刺繍を褒め、できればこれからも仕事を頼みたい旨を玉葉に伝えた。
「そんな、こちらこそ。本当に、お願いします」
図々しく、仕事を呉れと押しかけたようで、玉葉は惨めな気持ちでいっぱいになってきた。
これでは何をしに来たのか、本当に分からない。
「あの……」
婚礼衣装をこちらに杏玲が持ってきた日のことを、玉葉は切り出した。
朱甲は、あの日、杏玲が行方不明になったことに、たいそう驚いた風だった。そして、同情を示し、その日のことを何とか思い出そうとしてくれているようだった。
その話の中に、婚礼衣装の代価として杏玲に渡した金額があった。朱甲は、玉葉がふだん藍椋のところで頼まれるものとは桁の違う額を告げたのだ。
もしかしたら、その金を目当ての賊に襲われたのかもしれない。朱甲は、はっきりとそうは言わなかったが、たぶん、その可能性を玉葉に伝えようとしていたのだろう。
玉葉はちらりと、怖ろしい光景を想像してしまった。
来なければ、良かった。
玉葉は、後悔していた。
薄闇に沈みゆく帰り道。
玉葉は街外れで、ひとり、影を引きずって歩いていた。
「杏玲……」
溜息のようにこぼれる、その字。
朱甲の店から家に向かう、その途中、何かあったのだ。何があったのか。
惑う間もなく、その答えが玉葉に降り懸かかろうとしていた。