あの日を境に脅迫が、止んだ。
朱甲は、何かが起きたことを悟った。おそらく、戒莉かその仲間である珊揮という男が『何とか』したのだろう。
例の森での一件があってからというもの、朱甲の店の前には怪しげな男たちが入れ代わり、立ち代り立つようになった。
ほどなく、朱甲は脅迫を受け始めた。
朱甲が人商であること、そのために人をさらったこと、そして人を殺したこと。
それらをばらされたくなければ、金を出せというのが脅しの内容だ。
そう言って来る相手を、朱甲は知っていた。
それは、朱甲が人をさらわせたり、集めた人を運ばせたりするために手を組んでいた賊であった。
あの日、あの森で、奴らの仲間の一人を朱甲は手にかけた。それは、そいつが珊揮に気絶させられ、転がった時にすぐさま決意したことだった。このままこいつが、役人に突き出されたら、朱甲のことも総てあらいざらい喋ってしまうだろう。殺すしかなかった。
朱甲はそれを珊揮や戒莉の返り討ちにあったということで、誤魔化せると思っていたが、奴らは見抜いていた。
奴らも思ったよりは、馬鹿ではないというに、朱甲は腹立たしさとともに、奇妙な可笑しさを覚えた。
思えば、奴らに森で自分たちを襲わせたのが、そもそもの間違いだった。
朱甲は、心底悔やんでいた。
あの時は、つい欲しくなったのだ。あの世にも美しい剣客を。
だが、戒莉たち、特に珊揮は思いのほか強かった。強すぎた。
つい、というのが腹立たしい。常は慎重に行動する朱甲だったが、欲しいものにはつい我を忘れる。
そうだ。杏玲という娘のときもそうだった。
杏玲の持ち込む刺繍は、結構な金になった。おそらく本人が思っている以上に金になる。
朱甲は、はじめ、ごく普通の取り引きの申し込みから杏玲にせまった。杏玲のところの刺繍を、朱甲のところにだけ納めるという契約だった。何度も繰り返し、朱甲は丁寧に話をもちかけた。杏玲にも旨みのある条件を提示した。けれど朱甲がどんなに譲歩しても、杏玲はそれに応じようとしない。それで、つい手を出してしまった。
軽く叩いたつもりだったが、杏玲は均衡を崩し激しく転んだ。頭を強く打ったのだろう、杏玲はそれきり動かなくなってしまった。
遺体は例の賊の手を借りた。
杏玲の遺骸は、隣街の売るための人間をいったん集めておく地下室に持ち込み、生きている人とともに運び出し、その途中のどこかで捨てるように命じた。 それでお終いのはずだった。
朱甲は、がっかりした。結局、刺繍で儲けることができなくなってしまった。惜しいことをした。そう、朱甲は思っていた。
ところが、下女の桂凛が杏玲の刺繍の入った襦裙を着ているのに目がとまった。刺繍をしていたのは、杏玲ではなく、その姉の玉葉という娘なのだということを知った。
まだ、望みは絶たれていなかった。
人商などという綱渡りな商売よりも、まっとうな儲け口が欲しいと切実に思っていた。
朱甲は、玉葉を手に入れようと思った。
玉葉という娘が姿を消した。おそらく誘拐だと、街での噂だ。
朱甲が胸中の企みを、誰かが聞いていたのだろうか。
玉葉を拉致したのは、朱甲ではなかった。
朱甲は驚いた。
噂がたった。
玉葉が朱甲のもとに行って姿を消した。その妹も何か月前にか同様に朱甲の家に行ったきり、行方不明だと。
朱甲は、驚愕とともに、あせりを感じた。
たしかに、朱甲にはそういう企みがあった。
それを知るのは朱甲と、例の賊たちだけだった。