天涯~柳編~   作:清夏

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『覚醒』

 声が聞こえた。

 玉葉は、はっと目を開けた。

 目に飛び込んで来たのは、煤けた天井だった。

「あら、起きたのね」

 耳に飛び込んできたのは、藍椋の声だった。

 平和そうなその響きに、玉葉は戸惑った。

 

 

 ここは、どこなのだろう。

 確か朱甲のところからの帰り道に、何かが起きた。

 口をふさがれ、体の自由を奪われ、もうだめだと思ったときに、玉葉は気を失ってしまった。もしかしたら、何か薬を嗅がされたせいなのかもしれない。

 そして、気付けば煤けた天井の下で、藍椋の声を聞いている。

 藍椋も賊に囚われたのだろうか。

 そんなことが玉葉の頭の中に巡ってきた。

「藍椋……さん」

「はい?」

 実にニコニコと、藍椋がいる。とても、誘拐された人間には見えない。そして周囲を見回せば、そこが藍椋の家だということが分かる。

「どうして、私……ここに?」

藍椋に聞きながら、玉葉は自らに問いかけていた。

 

 

 あの時、玉葉は確かに賊に襲われて拉致されたのだ。

 目の前には、真っ暗闇が広がっていた。

 なんで自分がこんな目にあっているのか、玉葉は思考をめぐらせ、もがいていた。

「玉葉!」

 声が聞こえた。懐かしい。いや、そんな風に言うほど昔に聞いた声ではない。玉葉は、声のするほうに手を伸ばした。

 手に、確かな感触がった。その感覚とともに玉葉の意識は一気に引き上げられた。

 その時、玉葉は自分の目がそれまで開いていなかったことに気づいた。

 落陽の光が飛び込んでくる。

 眩しい。

「目をさませ」

 再び、玉葉を引き上げる声。

 玉葉は、はっきりと覚醒する。

「あ」

 玉葉の手をしっかりと握っているのは、あの美しい剣客だ。

―― 戒莉……

 なぜ彼がここにいるのか、そんなことはどうでも良かった。

 助かったのだろうか、玉葉はすぐにそうではないことを悟る。

 玉葉を捕らえようとした賊の腕は、まだ玉葉の近くにある。

 戒莉は賊と玉葉の間に立ち、抜刀していた。

 戒莉が自分を守るだめに居ることの喜び、そしておそらくは戒莉は自分を助けられないであろう失望。

 玉葉は、境目の分からぬ感情に振り回されていた。

 

 

「大丈夫?」

 玉葉は、怒涛の記憶から現在に呼び戻された。

 藍椋は、心配そうに玉葉の顔を覗き込んでいる。

「わたし……助かったんですね」

「そうよ。戒莉が、ここに貴女を連れてきたのよ」

 藍椋の柔らかい微笑みが玉葉の頬を撫でた。

「あの人が、助けてくれた?」

「そうよ。ああ見えてもね、あの子は強いのよ」

 冗談めいた口調で藍椋は、かつても聞いたことがある。

 玉葉はふっと、可笑しくなった。

「妖魔とか倒しちゃうくらいに?」

 

 

 そうだ。

 戒莉は強かった。

 信じられないほどの俊敏さ、的確に振るわれる剣の軌跡。

 跳ね飛んだ賊の血が、戒莉の頬に一筋、涙のようにつたっていた。  

 

 

第五章 了

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