戒莉は、珊揮の言葉を興味なさそうに聞いているような顔をしていたが、実は全くもってそのとおりだと思っていた。
たったひとこと、その一言でどれだけ楽になるだろうか。
珊揮は、もっともらしいことを言っている。だが、本当に分かっているのだろうか。
いや、分かってはいない。と、戒莉は思う。
「戒莉」
「何だ?」
「いや、何だか上の空みたいだったからね」
たしなめるような口調。だが、珊揮は別に怒ってなどいない。それも戒莉には分かる。
「ああ、考え事してた」
戒莉は、目の前の茶が次第に冷めていく様子をぼんやりと眺めていた。
「なにを考えてる?」
「この街に来て、馬腹に出くわしたときのことを考えてた」
「馬腹?」
珊揮は、意外だという顔をした。これは本心らしく見えた。
馬腹のことは忘れた訳ではないが、珊揮にはずいぶん遠くなっている。そんなこともあったな、というぐらいにしか思わなかった。
「あのとき、あんたは何もしないで見ていた」
「なんだい、随分根に持つね」
珊揮はどうして戒莉が急にそんなことを言い出したのか、本当に解せない様子。
「あんたは、こう言ったんだ『金にならないことはしない』」
すらすらと戒莉の口からこぼれてくるのは、恨み言にしか聞こえない。
「まあねえ」
「じゃあ、今やってることは、金になってるってことなのか?」
―― ああ、そうか
珊揮は、ひと呼吸おいて、応えた。
「ああ、そうだよ」
三月前に、戒莉は珊揮とともに一人の娘の行方を捜していた。
それは雁の豪商の娘で、物見の旅の最中に柳で姿を消したのだという。
娘は見つかった。しかし、心身ともに傷つき、病んだ状態だった。戒莉たちを雇った娘の父親の嘆きは、天を突くほどだった。
戒莉は、後味の悪い仕事だったと思っていた。
「あの父親がね。どうして、娘がこんな目にあったのか、それを知りたいと言ってきたんだ」
「だから……」
だから珊揮は柳にやってきたのだ。
戒莉は、珊揮に柳に行くと聞いたときに、何か目的があることだとは、うすうす感じ取っていた。だが、具体的に何を目的としているのかは、分からなかった。珊揮は何も言わなかったし、戒莉も聞かなかった。
なぜ、聞かなかったのだろうか。戒莉は、今更ながら思った。
「朱甲が人商だってことは、偶然分かったことじゃないんだな」
「いや、それは実は偶然なんだけどね」
「まさか」
そんなうまい話があるはずがない、と戒莉は笑った。
「この街には、藍椋の顔を見ようと思って来ただけなんだけどね」
珊揮は、さすがに照れ笑いをしているように見えた。
戒莉は、呆れるよりも感心しきりだ。色ボケも役にたつことがある。
「でも、戒莉」
「なに?」
「朱甲が人商なのは、間違いない。でも、それがあの娘と関わりがあると決まった訳じゃないんだよ」
「慎重だこと」
戒莉は、珊揮の口調を真似た。
「確証が欲しくてね。いろいろ探っていると、何だか雲行きが怪しくなってきてね」
そうこうしているうちに『王の目』のお出ましという訳だ。
「いやあ、話がどうも大きくなり過ぎてきてねえ。どうしようかと思ったんだけど、こっちはこっちで依頼主がついてね」
いつになくスラスラと事の次第を話す珊揮に、戒莉は気味の悪さすら感じ始めた。
「で、それは誰?」
「まあ、私が会ったのはきっと代理人だね。ホントの依頼主は、おそらく……」
珊揮はここで、きっと話をはぐらかすだろう、と思いつつも、戒莉は身を乗り出した。
「柳の官吏、それも上の方の御方だろうね」
「ほんとか?」
「多分。でも、詮索は無用」
大切なことは別にあると珊揮は、言う。それが何か、珊揮が何を言っているのか、戒莉にも分かった。
「雁の豪商と、柳の官吏サマの二重に礼金がとれるって訳だ」
戒莉は軽々しい態度を作って、にやりとした。
「お前も、ようやくお分かりだね」
なにがお分かりなのだと、戒莉は密かに笑った。