「で、どうして朱甲で『王の目』が釣れるんだよ?」
戒莉には、そこのところがどうも分からない。
これに対して、珊揮は頭をかきながら次のような話を始めた。
話は、玉葉が誘拐されそうになった場所に、珊揮が駆けつけたところから始まった。
玉葉の誘拐未遂の現場に立った珊揮は深く息を落した。
状況は、惨憺たるものだった。
五人の男たちが、血溜りに沈んでいた。
皆、見かけた顔だ。元気な頃は、朱甲の家の前に立っていたり、おそらくかつては朱甲の裏の世界でのお仲間であった奴らだ。
珊揮は、再び深い溜息をついた。
この数日間、珊揮は様々な情報を収集し、証拠を固めていた。
朱甲は罪深い。だが、ただ斬りたくはなかった。奴の犯してきた罪を暴いて、日のもとに晒したかった。そして朱甲だけではなく、彼に繋がる罪人を引きずり出し、正々堂々と告発したかった。そのためには、人商に直接関わっていただけの賊を捕らえて、喋らせるだけでは不充分だ。
そう、思っていた。
朱甲が、仲間としていた賊と仲違いをしていることは掴んでいた。それが森での一件以前なのか、以後なのかははっきりしなかったが……。
珊揮は、賊の根城を突き止めた。
賊の頭は、元山と呼ばれる男で、一見すると穏やかそうな人物に見えた。
元山は、裏の商売をネタに朱甲を脅して金を要求しているようだった。だが、朱甲はそれに応じないのか、はたまた元山が満足するような金額が得られなかったせいなのか、脅迫は繰り返され、店の前には元山の手下がしつこく立ち続け、朱甲を責め立てていた。
元山は朱甲を一気におとすつもりはないのだろうと思われた。直ぐには楽にはさせないつもりだ。じわじわと金品を吸い上げ、精神的に追い詰めていき、最後の一滴まで搾り取る。
それほど恨みが深いのか、これが元山のやり方なのか。いずれにせよ、性急に朱甲を手にかけようという気は元山にはないだろうと、珊揮は高をくくっていた。
確かに、元山の手は朱甲には及ばなかったが、玉葉の方に向かっていってしまった。
自分の読みが甘かったことに、珊揮は自身を叱責した。
だが、珊揮は殊勝に落ち込んでなどはいない。第一、そんな暇はない。ただちに事態の建て直しを図る。
「先ずは、こいつらだな」
とりあえず、五人とも息はある。だが、今は何も聞きだせる状況ではない。
珊揮は考える。
玉葉を助ける為とはいえ、これは罪に問われないだろうか。
戒莉自身もどういう状態なのか、心配だった。怪我をしているかもしれない。怪我がないとしても、これだけの血を浴びていれば、無事ではいられないだろう。
戒莉が初めて人を斬った時のことを、珊揮は思い出していた。
あのとき、珊揮は悔やんだ。どうして、こうなる前に戒莉に剣を止めさせなかったのか。
斬ったのは流れ者のごろつきで、戒莉は自分の身を守るために剣を抜いた。
もしも、戒莉に身を守る術がなかったら。と、考えない訳ではなかった。だが、珊揮は後悔した。
「斬るつもりはなかったんだ」
戒莉は蒼ざめ、その唇は細かに震えていた。
珊揮は、その震えを止めてやる術を見失っていた。
「剣をみたら、手を引くかと思った」
しかし、男は戒莉の剣など恐れはしなかった。
幸い、男は命に別状なく、また様々な悪事をはたらいていたお尋ね者であったことが分かったために、戒莉にお咎めはなかった。むしろ、褒賞金まで出たほどだった。
戒莉は体調をくずし、しばらく寝込んだ。
このことで、戒莉は剣を止めるかと思われた。
しかし、床から起き出した戒莉は以前にも増して激しく剣に打ち込んだ。
中途半端な剣は、相手も自分も滅ぼすからだと、戒莉は言った。
珊揮は、あの時に覚悟した。
戒莉は、もう後戻りはしないと。
覚悟した、つもりだった。