天涯~柳編~   作:清夏

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『光』

 戒莉は舎館の部屋で、ひとり湯を使っていた。

 大きな盥にたっぷりとお湯を張り、そこに身を浸す。盥ゆえに、座ってもせいぜい腰までしか浸からないが、気持ちがいい。

 あまり血は浴びなかったつもりだが、体を洗いたかった。

 実はいつものことだ。斬ったのが妖魔であれ、人であれ、戒莉は必ずそうした。

 今回のように湯が頼めないときは、川や湖に飛び込むこともある。

 しかし、いくら綺麗な湯や水で血を洗い流しても、決してきれいな体になれる気がしなかった。

 自分は穢れている。身も心も、汚い。

 

 こちらでは、死はより身近にある。荒れた国ではなおさらだ。 日照り、洪水、流行病、内乱に加え、妖魔などというものが出る。怖いのは妖魔ばかりではない、人が荒むと人は人の心を失う。

 人が一番恐ろしい。

 戒莉はこちらに来て、もう何年もたつ。しかも今、生業とするのは、傭兵、護衛といった剣にものを言わせる商売だ。慣れてきたつもりだか、「死」というもの、そして自分がその命を奪うということに麻痺することがなかった。

 戒莉は、珊揮のことを考えた。あの男は、長い時間生きてきて、自分より遙かに多くの命を奪ってきて、何も感じないのだろうか。

 

 あの男に拾われて5年。相棒になって2年。わずかととるべきか、既にと考えれば良いのか、分からない。

 剣の腕には自信がある。さすがに珊揮には敵わないが、彼の相棒として相応しいぐらいの力をつける自信はある。あと、もう5年もあれば。

 

 じっと手を見る。白くきれいな掌に見える。しかし、剣を持つ手は思いの外固くてごつごつしており、見えないもので汚れていた。

 いつもこんな風に非道く落ち込むくせに、剣を棄てることはしない。ものの命を奪って置いて、何も感じない者よりも墜ちていると思う。

 その罪深さを分かっていながら、それを犯している。これを穢れていると言わずして、何を穢れてると言うのだろう。

 しばらく、戒莉は湯の中でしばらく身動きせずにうずくまっていた。

 

 

 結局すっかり湯が冷めて仕舞う頃、ようやくそこから出ることが出来た。

 戒莉は、ふらつきながら布で適当に体を拭き、着替えを掴んだ。

 食事は止めることにした。

 いいかげんに服をまとうと、すぐさまうつぶせに寝台に飛び込んだ。陽にあたった布の匂いがした。

 髪を乾かさなきゃ。そう思いながらも、睡魔に囚われる。眠って居るときは、何も考えなくて良い。もっと深く、もっと深く、光も届かない程に眠り墜ちていく。

 

 

 

 夢を見た。いや、夢を聞いた。

 そこは真っ暗闇で、ただ音だけが聞こえてくる。

 父さんの声、母さんの声。テレビから聞こえてくる、賑やかな音楽。

「カイリ、美味しい?」

 カレーの香りと、口にの中に広がる辛さに痺れるような幸福を感じた。

「うん。美味しい」

 戒莉は笑った。

 母さんが笑い、父さんが笑う。

 夢だ。もう遠い昔に失ったものが、そこにあった。

 幸福……

 そこにないのは光。

 戒莉には何も見えていなかった。

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