ふと、何か、物音がした。
警告の振動が、戒莉の肌に触れた。
「戒莉」
桂凛は、戒莉の心がどこかへ走っていくのを感じた。
「駄目よ!」
「駄目だ」
戒莉の体は、部屋の外へと向かって行った。
「待って、本当に駄目なんだから」
桂凛は戒莉の腕をとろうとしたが、するりと束縛をかわされた。
目に見える世界がぐらぐらと揺れているような心もとなさを桂凛は感じた。体が変だ。手が震えている。酒が過ぎたはずがない。気をつけて呑んでいた。むしろ、戒莉に飲ませなくてはならなかったから。
はっと、桂凛は顔を上げ、戒莉を目で追った。
戒莉の視線が桂凛に帰ってきたが、それは一瞬のことだった。
桂凛に一言も投げず、戒莉は扉の向こうへ踏み出して行った。
戒莉は、焦る心を懸命に抑えながら、廊を滑るように走っていった。
今夜、珊揮のいう「大物」が釣れるのだろうか。
戒莉が屋敷の見回りを続けていたのは、賊を見張ったり、けん制するためではない。
戒莉が見張りを続ければ、屋敷に入り込もうと企む者にはそれなりに邪魔と感じるはずだ。いずれ、戒莉の見回りの邪魔が入るだろう。
その邪魔をする人物は、おそらく内部から賊を引き込むために、或いは朱甲を近くで見張るために、屋敷に入り込んでいる者であるかもしれない。
そいつが戒莉の前に現れたら、それが奴らがやってくる合図だ。
そう、珊揮は言っていた。
『それなりに邪魔』という言い方は、やや気に障るが、この話に乗らない理由は、戒莉にはなかった。
そして、今夜だ。
戒莉は、桂凛の顔を見たときに、『ああ、こいつなのか』と驚きもしたし、『やはり』と呆れもした。そして、なにやら可笑しくもあった。
朱甲は、気付いていたのだろうか。
まあ、戒莉にはどうでもいいことだ。
剣の柄に手を置きながら慎重に角を曲がると、戒莉は、はたと足を止めた。 廊下の至るところに、人が倒れている。皆、斬られた痛みに身動きが取れない様子だが、誰ひとりとして死んではいない。
戒莉は、これをしてのけた人物の剣の腕に感服しながら、歩を進めた。
床に転がる男たちの数は、およそ十三。
これだけの数の相手を生かしておけるのは相当に腕がたつ。
戒莉は、自分だったら。と、考える。
―― 自分だったら、十三人殺してたな……
戒莉の剣は、一撃必殺の剣だ。賊を生きて捕らえることが出来ない。
一撃必殺とは、聞こえはいいが、要はまだ余裕がないということだ。
それにしても、十三人殺していたと言うのは、少々奢り過ぎだったかもしれない。
戒莉の剣は、鞘から放たれた。