天涯~柳編~   作:清夏

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『見上げることには慣れている』

 戒莉は、珊揮が離した男にぐっと近づいた。

 その無用心さに、珊揮はヒヤリとする。

「どうなんだ?」

 尋ねるというよりも、命じるような戒莉の口調が男を刺激した。

「何を以って暴走と言うのか、そこが問題だな」

 刺々しい声が戒莉を、というよりも珊揮をさしていた。

 暴走、という言葉を珊揮から聞いた時に、戒莉もどういう意味かを図りかねた。だが、男には珊揮の言う意味が分かっているだろう。だから、敢えて男は問うたのだろう。

「分かったよ」

 独り言のように、珊揮は呟く。

「何が分かった?」

 男が発した言葉は、まさに戒莉が思ったことだった。

「王の目は、独断で人を処刑などはしない。そういうこと」

 珊揮は、ちょっとおどけてみせる。

「なんでそんなことが分かるんだ?」

 思わず聞き返したのは、戒莉の方だった。

 珊揮はまた、ひとりで勝手に疑問を抱き、ひとりで納得して終らせるつもりなのだろう。

 戒莉は、それが嫌なのだと改めて気付かされた。

「そうだな。分かる……ではなく、そうあって欲しいの間違いかな」

 珊揮は、男と戒莉の間に立ちながら、戒莉の肩に手を置くと、軽く押した。

 戒莉は後ろに一歩、退いた。自分の意志ではなかった。

「珊揮」

 名を言うだけで、戒莉の怒り様が分かる。

 珊揮は、そんなことをしている場合ではないことを承知しながらも、この状況を楽しんでいる自分に苦笑した。

 そういえば、あの時もこんな風に戒莉が珊揮の名を呼んだ。

「珊揮?」

 戒莉ではない声が、珊揮を現実に呼び戻した。

 先刻から、男、男としか呼びようのなかった男が、珊揮をまじまじと見ながら、その顔に疑問符を張りつけていた。

「珊揮なのか? あんたが、あの」

 驚愕し、やがて男は笑い出した。それこそ、大爆笑という。端から見て、そこまで笑わなくても良いじゃないかと諌めたくなるほどに。

 

 戒莉は、男が床を転げまわるに至り、不安になって珊揮をかえりみた。

「なあ、なにか面白かったか?」

 

 

 男が笑うことに厭きるまで、戒莉と珊揮は待つしかなかった。

 その時は、ふいにやってきた。

 男は笑いの余韻を漂わせながらも、ようよう床に胡坐をかいて珊揮を見上げた。

「あんたが珊揮なら、分かるだろう。王の目は、暴走などしない。暴走するのは、王の目だった人間だ」

 それはどうも皮肉のようだったが、戒莉には意味が分からなかった。

 当の珊揮は、にやりと男の言葉を受け止めていた。

「あいにく私は、王の目だった訳じゃないからね。何のことか、サッパリだね」

 こうなると、まるきり二人の世界だ。

「秘密の会話は、二人だけの時にやってくれ」

 戒莉は、苛立つことも諦めた。

 戒莉の願いが叶ったのか、珊揮と男の会話は、はたと止んだ。

 

 ひとしきりの沈黙を越えて、男は戒莉に視線を突き立てた。

「お前は何がしたいんだ?カイリ」

「オレは、もうここではっきりさせたい」

 戒莉は、吐き捨てる。

「もう、ウソも秘密もナゾも御免だ」

 叩きつける。

 再びの静けさ。

 音を上げたのは、男の方だった。

「確かに、御免だな」

 深く、深く疲労が男を苛んでいる。

 

 男は重そうな腰をのらりくらりとあげ、戒莉の前に立った。

 戒莉よりも頭ひとつ、男は大きかった。

 見上げることには慣れている。戒莉の目は、男を貫いた。

「あんたの名を聞いてなかった」

 

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