戒莉は縛られた己れの手のことを考えないように、懸命に違うことに思索を巡らせようとしていた。
そうして思い出したのが、珊揮の言葉だった。
珊揮の言うことには、嘘はない……たぶん。だが、総てを言わない……おそらく。
人に聞く前に自分で少し考えてみろと、珊揮はよく言う。それほど重々しい言い方はしないのだけれど。言われる度に、戒莉は自分で考えていないからダメなのだと言われているような気がする。
戒莉とて、何も考えていない訳ではない。ただ、考えが足りないのだ。
「なるほど」
足りないのだ。そう、想いが至ると、なぜかすっきりした気分になった。
「なにが『なるほど』だ」
真佳が、戒莉の思考の中に割り込んできた。
真佳がそうしたのは、イライラしてみたり、ぼんやりと視点の定まらぬ様子で考え事をし始めたりという、戒莉の怪しい様子を見かねてのことだった。
「別に」
真佳の問いかけに対して、戒莉の返事はぞんざいなものになってしまった。
真佳が自ら戒莉に話しかけてくることなど、今までほとんどなかった。戒莉の反応は、驚き故のことであったし、どう答えてよいものか惑いがあったせいだ。
真佳には、それが拒絶に響いた。
「そうか。それは、まあいい」
真佳は、いつも戒莉を見下すような喋り方をする。
これで会話は終わりだと、戒莉は何となく思っていた。だが、それは裏切られる。
「お前、これがうまくいくと思ってるか?」
真佳が戒莉と会話をしようとは、どういう風の吹き回しだろうか。
「そういうあんたは、どう考えてるっていうんだ?」
答えに窮したときには、問いかけ返しが意外に効果的だ。それに、戒莉は本気で真佳の考えというのを聞いてみたい心地でいたところだった。
真佳は少し間をおいて、戒莉の方を見た。
「いろいろ考えてる。だが、お前には言わない」
「は?」
戒莉の脳内が真っ白になった。
「何でお前に話さなきゃいけない?」
「じゃあ、なんで俺には聞くんだよ」
「聞いたら、何か言うかと思って」
真佳は表情のない顔で、戒莉を煽った。
戒莉は無言で真佳を射るように見た。
しばらく、その視線を真っ向から真佳は受け止めていた。
見詰め合う、真佳と戒莉。それはあまり長く続かなかった。
先に目を逸らしたのは、真佳の方だった。戒莉の顔を直視し続けるのは、危険なことだった。戒莉を快く思っていない真佳ですら、その顔に魅入られてしまう。
「何か、聞こえないか」
沈黙の後、戒莉は声を発した。
「何だ?」
真佳は、そらしたばかりの顔を戒莉に戻した。
戒莉の焦点は、この馬車の幌を突き抜けて、遥か遠くへ飛んでいるようだった。耳に意識を集中させ、何かを捕らえようとしていた。
「近づいてくる」
眉根を寄せ、厳しい表情で言う戒莉に、真佳はぎくりとする。
「何が?」
「馬……だ」
真佳、ピンチです。いや、ピンチです。