天涯~柳編~   作:清夏

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『命』

 もうもうと白い砂煙を引いて、戒莉たちを乗せた荷馬車に向かって猛烈な勢いで馬を駆って突進する一団が見て取れた。

 珊揮と蓮浄は、乗っている馬の腹を、何の合図も無く同時に蹴った。

 と、二人の進行を遮るように別の一団が横から滑り込んで来た。

 見張っていたつもりが、見張られていたと言う事らしい。

「来たな」

 漣浄は、いささかの忌々しさもなくぽつりと言った。

 漣浄にとっては、見張られていたつもりだったのだろう。

 珊揮は、漣浄の横顔に視線を一瞬送った。そこには、冷たく酷い男の表情があった。

―― なるほど

 これが王の目だ。何もかも見通し、見透かす。そうでなければ、生きてはいけない。そういう目だ。

『お互い様だ』

 幻聴だろうか。珊揮の耳にはそう、小さく聞こえた。

「さっさと片をつけるぞ」

 これは、実際に発せられた漣浄の声だった。

 

 

 

「戒莉」

 いきなり、真佳は戒莉の着物の胸元に、縛られたままの両手を突っ込んだ。

 戒莉は一瞬顔をしかめたが、抗うことはなかった。

 真佳は戒莉が懐に隠し持っていた小刀を引きずり出す。

 戒莉がその鞘を引き抜くと、白い刃があらわになった。戒莉は、その刃におのれの縛めを断ち切らせ、奪うように自分が刀を手にすると真佳の縄を切った。

 戒莉は手首を軽く振ってみた。やや痺れがあったが、それほどの問題はない。

「来るぞ」

 真佳も自分の懐から短刀を取り出していた。

 戒莉は、言葉で答えるより早く視線を上に向けた。

 と、幌が切り裂かれ、遮られていた光が、どっと溢れ落ちてきた。

 同時に、奇声を発しながら飛び込んでくる数人の勢いに、真佳は身構えた。傍らの戒莉が一歩踏み出したのを、真佳は目の端でとらえた。

 真佳の舌打ちよりも速く、戒莉は飛び込んできた者の喉元に刃を突きつけ、横へ引いた。

 戒莉は、一瞬にして鮮やかな赤に染まる。

 血を吹き上げながら床に落ちる者に一瞥もくれず、戒莉の切先はいま一人の腹部に突き立てられていた。その男は、呻きながら戒莉を押すように倒れこんできた。

 真佳は、荷台の後ろから這い上がって来ようとする男を蹴落とし、振り返った。御者の断末魔とともに乗り込んでくるひとりの男。その男が下げた半月刀が、戒莉の向こう側に見えた。血塗られた男だ。だが、戒莉にしても可也物騒な様になっていた。

 半月刀が戒莉に振り上げられていくのが、真佳には奇妙にゆっくりと感じられた。戒莉の小刀は、賊のひとりに深々と刺さったままだ。このままでは、この半月刀にやられてしまう。

 戒莉は、おのれの体にのしかかるその賊を、半月刀の男へ向けて思い切り蹴り飛ばした。

 戒莉に振り下ろされるはずの半月刀は、その賊の体に飲み込まれ、刀を握っていた当の男は体制を崩した。

 戒莉はその瞬間に、床に転がっている男が握っていた剣を拾い、半月刀の男の脇をすり抜けるように斬り上げた。

 即死であったろう。

 僅かの間に戒莉が手にかけた三人の命を、真佳は呆然と見送った。

「後ろを見てろ」

 戒莉の命令口調に真佳はむっとしつつも、それに従った。

 戒莉は血でべったりと額についた髪を払いながら、馬車の前の方へ進む。

 御者台に転がる遺骸をまたぎ、戒莉は注意深く身を乗り出すと、外の様子を探った。  

 

 目を細め、戒莉は見た。

 こちらを目掛けて、必死の形相で駆け込んで来る男たちがいる。見知った顔ではない。戒莉たちに好意を寄せる者どもではないことは確かだ。

―― 斬るか?

 今更の問いが戒莉に響く。

 剣を握る手が、常よりも熱く感じる。

 戒莉はひとつ、息を吐いた。

 

 




うん。落ちたね。
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