天涯~柳編~   作:清夏

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『荒ぶる』

 真佳は、少なからず驚いていた。

 戒莉の剣の腕がたつことは、知っていた。正しくは、そう聞いていた。

 だが、その壮絶さを目の当たりにしたのは、今回が初めてだった。

 その少し前まで、戒莉はただ囚われた、虐げられた弱々しい子供にしか見えなかった。いや、子供ではなかったかもしれない。子供にしては、少々性質が悪い。

 戒莉を見ていると、どうも胸の奥の奥で何かが騒いで止まない。 その何かが何であるのか、真佳はあまり詮索したくなかった。

 

  それは、ともかく。

 珊揮の声を聞くまでの戒莉は、向かって来る者すべてを斬り倒していた。襲い掛かる刃は、寸でのところで戒莉に届かない。頭上で空を切る敵の剣をやり過ごしていたかと思うと、戒莉は体制を低くしたまま相手の脚を断つ。防御と同時に攻撃に転じる。戒莉の体は、そういう風に出来ていた。

 実によく身体が動く。その速さに相手は、翻弄され、やがて壊落する。

 戒莉には、珊揮のように、相手をなぎ倒す力はない。おそらくまともに剣でぶつかり合えば、戒莉は押されてしまうだろう。だから、戒莉は力には頼らない。振り出した剣を剣で捕らえられたなら、直ぐに引く。いったん引いて、前に出る。敵は、押すつもりでいた故に力の行方を見失い、体制を崩す。もう、そうなれば戒莉の剣の餌食になるしかない。

 戒莉の剣は、いったん走り出すと止まらない。

 取り付かれたように、我を見失っても、戒莉は剣を振るい続ける。

 真佳は、芯から震えた。

 戒莉は、どこへ行ってしまうのか。人という人を殺し切らなくては、満足しないのだろうか。

 真佳は、目の前の賊の何十人とて、戒莉に比べれば怖ろしくはないと思った。

 

「殺すな!」

 珊揮の声に、戒莉の動きは少し歪んだ。

 戒莉の剣は、その賊の肩に刺さった。賊は仰向けに倒れ、戒莉はそのまま剣を大地に突き立て、止まった。

 戒莉が止まったのは、おそらく一瞬。

 今まで、その手に吸い付いて離れようとしなかった剣を、戒莉は放棄した。

 その時を見逃すまいと、賊が前後から戒莉に迫ってきた。

 次の瞬間、戒莉に向けて、珊揮が剣を投げていた。

 それは、戒莉が常に腰に差していたものだ。飾りも素っ気もなく、ただ剣であるだけでしかないような剣。

 戒莉は無言でそれを左で受け取ると、右で剣を抜きざま、前の一人を斬った。

 気付けば、同時に左の鞘で背後の男の喉を突き潰している。

 

   ざらりとしたものが、心の底に触れたような気がした。

 

 真佳とて、悠長に戒莉に見入っていた訳ではない。己れも剣をとり、必死に振るっていた。余裕などほとんどないに等しかった。

 その後、戒莉の様を見ることも、案ずることも、出来なかった。

 常よりも体が思うように動かないような気がした。まるで、枷を負っているかのようだ。

 それは脳裏に焼きついた戒莉の動きのせいだった。その速さを目指そうとする頭に、真佳の体が追いついては来ないのだ。

 真佳は、それに気付いていながら、戒莉を振り切ることが出来なかった。

 一体何と闘っているのか、真佳は惑っていた。

 はっと、した時には、背後を取られていた。とっさに振り向くことが精一杯。己れに振り下ろされる刃を、かろうじて視界に入れることが出来た。

――― 殺られる!

 そうとしか思えなかった。

 だが、いつまでたっても真佳の元に敵の刀は、降りては来なかった。ただ、剣はガランと真佳の傍らに落ちただけだ。

 もうひとつ、落ちたものがあった。

 真佳は、息を呑んだ。

 そこに転がるのは、真佳に襲い掛かったはずの男の首だ。

 そうして、首を失った男の胴が崩れる向こうに、戒莉が見えた。

「止まるな。死ぬぞ」

 低く、響く声だ。

 あの美しい唇から発せられたとは思えぬ程に荒ぶる声に、真佳は弾かれるように大地を蹴った。

 

 




もはや、何も言うまい。。。
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