珊揮、漣浄も入り乱れ、賊との闘争が終わりを告げるころ。
戒莉は、崩れるように倒れた。
最初、真佳は戒莉が斬られたのかと肝を冷やした。
だが、結局ここでの闘いで戒莉の体が受けたのは、かすり傷程度のものしかなかった。
これで何故に倒れるのかと、真佳は混乱した。
「どうも体質らしいね」
珊揮は、そう説明した。
斬りあいの後、特に血を浴びたときには気を失って倒れるのだという。
「なんで、そんな」
血で失神する人間がいることは理解出来る。が、自分で斬っておいて、その血で失神するとは理解不能だ。
斬られた方も、そんなことなら斬ってくれるなと思うだろう。もっとも、彼らは思うことどころか息をすることも叶わないのだが。
「さあね」
珊揮はぐったりした戒莉を抱き起こした。
本当に知らないのだろうか。真佳は、戒莉と珊揮は、自分とは違うと感じていた。それは以前から分かっていたことだが、そう思ったときに憎いのはいつも戒莉の方だった。それが今、なんとなく珊揮が羨ましく思える。
「大丈夫なんですか」
「血を洗い流して、暫く休んでいたら元どおりだよ」
「いや……」
そんな体質で、剣客としてやっていけるものなのか。真佳の危惧は、そこにあった。
「大丈夫。私がついているからね」
そう笑う珊揮に、真佳は驚いた。
戒莉は珊揮がいなければ、剣客として生きることが困難なのだと、珊揮はそう言っているのだ。独りでは、生きられないような面倒な者を相棒にするのは、やはり戒莉の剣の腕ゆえなのだろうか。
独り立ち出来ない。それは、戒莉にとって残酷なことでもあった。
その後、戒莉はいちど意識を取り戻し、二言、三言でまた気を失った。
血を洗い流そうにも、その場ではそれだけの水がなく、顔をぬぐう程度のことしか出来ないため、戒莉の体調が元に戻るのに時間を要することとなった。
馬車に横たえられて運ばれる戒莉の、いまや白いというよりも蒼い顔を眺めていると、真佳は不安定な感覚に陥った。
これは誰かに守られなくては、生きていけない存在だ。だがこの少年は、人の庇護の手など跳ね除けるような荒々しさをも秘めている。
これから、戒莉はどうなっていくのか。
その行方を想像するに、真佳にはあまり幸福なものには思えなかった。
しかし幸福とは、他の誰かに決められるものではない。本人が感じることなのだ。
それだけが、希望だ。
「戒莉!」
自分の名を呼ぶ声に、戒莉は目を開けた。
「珊……」
口の中が鉄のような味で満たされている。それが血の味だと自覚したとき、戒莉はまた自分の体を呪った。
「どれぐらい……」
気を失っていたのかを問おうとしていたのだが、それ以上の言葉を戒莉の口は吐き出せなかった。舌がうまく動かないのだ。
「ほんの少しだから、安心しなさい」
優しげな珊揮の声に、戒莉はむっとした。
また、子供扱いだ。いや、実際のところ、戒莉は見事に子供なのだが。
「それに終ったよ」
穏やかな口調が、戒莉の脳裏に血みどろの闘争を蘇らせた。
確か、何者かが襲ってきたのを、とにかく斬ったはずだ。戒莉の頭の中は朧気であったが、手には確実な記憶が残っていた。
斬った、殺した。だが、ひとりは確実に殺さなかった。
次から次へと振り下ろされる刃を振り払い、なぎ倒し、戒莉は相手の血肉を断った。そうして、ある男が戒莉の真正面に立ったときも、同じことをしようとした。
「殺すな!」
そう、叫んだのは珊揮だったのだろうか。いや、珊揮だった。
戒莉の剣は、その静止の声に止まることは出来なかった。だが、その軌道を修正することは可能だった。
男の喉笛を目指していた刃は、次の瞬間にはその肩を貫いていた。
男は倒れ、戒莉の剣は地面にまで突き刺さった。
足をじたばたとさせてはいるものの、苦痛と剣によって、男は動きを制限された。
「その男が、元山だったんだよ。賊の頭だね」
声音に全く緊迫感はない。戒莉は、珊揮の声と自分の回想との間をぼんやりと漂いながら、『そうか』と言った。
珊揮はうなずいて、言葉をつないだ。
「おかげで賊は、だいたい根こそぎ捕らえられたよ」
満足そうだ。
元山は、意外に大人数の手下を抱えていた。珊揮が見つけ出した根城にたむろしている賊はその一部に過ぎなかったし、朱甲の屋敷を襲った十三人もまたしかり。しかも、頭領である元山はなかなか姿を見せることはなかった。
結局、元山をおびき出し、総力を出させるために、戒莉は囮を演じたに過ぎなかったのだ。
戒莉は、自嘲する。
おぼろげながらも感じていた自分の役目を、戒莉は明確に理解した。
血の、味がした。