戒莉が寝込んでいる間に、起きてしまったことがある。
例の鉱山で落盤事故が起きた。
これによって、そこで働かされていた多くの者が死んだ。それらの人々のほとんどは、親族によって埋葬されることは、叶わなかった。皆、さらわれ、または売られて、連れて来られた者たちだったのだ。
玉葉は、藍椋を通してその話を聞くと、その事故現場に行きたいと訴えた。
珊揮には、それがあまり良いこととは思えなかった。事故は、悲惨なものだった。つぶれた坑道から遺体を運び出すことも出来ない。かろうじて引きずり出せた者も、目を覆いたくなるようなありさまだ。男なのか、女なのか、若いのか、年寄りなのか。その判別も難しい。その中には息をしている者もいたが、状況はおもわしくはない。
それでも、玉葉は行きたいと言った。
その姿を見た藍椋は、そうすべきだと応えた。
その鉱山に、玉葉は杏玲の姿を見出すことは出来なかった。遺体のほとんどは、埋められた後だったし、生存者の中には杏玲はいなかった。
酷い怪我を負う者たちの呻き声を聞くうちに、玉葉は彼らの介護を始めた。彼らに微笑みかけ、大丈夫だと、声をかけてまわった。
何故、そんなことをしようと思ったのか、玉葉自身もよく分からなかった。
ただ、そうせずにはいられなかった。
もう、自分の顔の傷痕など隠すことも忘れて、玉葉は傷ついた人々の看病に奔走した。
そんな中で、更に人々は死んでいった。
玉葉の手を握って、死にたくないと言いながら死んでいった者もいた。
玉葉は、最後まで彼らについてやるだけしか出来ない。声をかけ、その体をさすり、それでも人は死んでいく。
そうして玉葉が、激しく突きつけられたのは、自分が生きているということだった。
生きている残酷。生きている幸福。それは、生きているからこそあるものだと気付いた。
何のためなのか、涙がどうしようもなく溢れて、流れた。
「ここのこと、いつから気付いていた?」
漣浄は、鉱山の惨状を目に映しながら、珊揮に問いかけた。
「そんなに早くはない。戒莉たちが北に売られていく頃だね。お前が言っていた鉱山は、ここじゃないかと思ったよ」
忌々しいと、珊揮の目元が言っていた。
ふたりは、目を合わさない。並んで同じ方向を見ている。ただ、同じものを見ているとは限らない。
「そうか」
珊揮の心中など見えないふりをして、漣浄はさらりと言う。
「お前は、知っていたんだね。その前から」
「ああ、知っていた」
「こうなることも、予想していたんだね」
「ああ、予想していた」
あくまでも静かに、漣浄は珊揮の言葉を肯定していく。
珊揮は、それを責める言葉は発しない。
「鉱山の場所が分かっていて、どうして戒莉の案にのったんだい?」
それでも、珊揮は問うのを止めない。
「人身売買の方を、何とか一掃しようと思ってね」
「狙いは、はじめから朱甲と元山の方だったという訳だね」
「ああ。そうだ」
漣浄は、答えによどむところはなかった。
「私達を利用したということかな」
「そういうことになるな」
そんなことも惑い無く言ってのけるのは、この男の強さだろうか。
いや。と、珊揮は思う。
「では、それなりの代償を頂くことになるよ」
ゆっくりと、珊揮の目に力が灯った。
「ああ、覚悟の上だ」
溜息に似たものが、漣浄の口からこぼれた。
『王の目』は、決して正義ではないと珊揮は知っていた。
あるものを無かったことに。無いものを、平気であるかのように見せかける。誰もそれを疑わないように。それが国の平穏に繋がると、『王の目』は信じている。
本当に信じているのだろうか。
不思議なもので、『王の目』が見たもの、知ったこと、したことは、王のあずかり知らぬところとなる。
「この鉱山のことも、きっと無かったことになるんだろうね」
念を押すように、珊揮は漣浄の耳元で囁いた。
珊揮の声が、ビリビリと漣浄に響いてくる。嫌な感覚だと、漣浄は耳たぶを掻いた。
「あんたが黙っていられたらな」
「黙っててもいいよ」
「何が望みだ?」
この一連の会話の中で、漣浄は珊揮にふたつめの問いを投げた。
「何? ……なんだろうね」
「金か?」
みっつ目だ。
「いや、貸しを作っておきたいんだよ。お前さんにさ」
「それは、怖ろしいな」
心底、漣浄はそう思う。 その借りを、どう返せというのだろうか。それを問うことを、漣浄は躊躇った。
「私が死んだらね」
あり得ないことを、珊揮が口にした。
「私が死んだら、戒莉を助けて欲しいんだよ」
声音が静かすぎて、漣浄はその言葉が聞き違いであったかと疑った。
戒莉が、剣客としてひとりで生きていけるか不安なのは分かる。あの血に対する反応は異常で、絶望的だ。
だがしかし、珊揮が死ぬよりも、むしろ戒莉が先に死ぬほうが確立としては高い。だから、珊揮が自分の死後の戒莉の身を心配するのは、滑稽なことだ。
「本気か?」
よっつ目。
「ああ、本気だよ」
珊揮は、漣浄の言葉に応じる。
漣浄は、初めてその男を見た。
口元が笑みをたたえながら、目が笑っていない。
「本気なんだな」
「だから、そう言ってるだろ」
その代償を求めることは、珊揮は自分の弱みを晒すことになる。
それは同時に、戒莉の身を危うくさせる可能性も抱いている。
それを承知で、この男は漣浄にそんなことを本気で言っている。
この男は、待っていたのかもしれない。そんなことを、言うことが出来る相手を。
「了解した」
そう、応えるしかなかった。
「ありがたいね」
利用されているのは、どちらの方なのか。
「ああ、でもお前の方が私より先に死んだら、私は大損だねえ」
本気なのかと、問うまでもない。