「許せないのか?」
漣浄の声が、割って入ってきた。
戒莉は、顔を上げた。
戸口に立っている漣浄に、戒莉はいままで気付かなかった。いつからいたのだろうか。
「あんたには関係ない」
今までの会話を聞かれていたかもしれない。いや、漣浄は聞いていただろう。戒莉の頭はそのことで一杯になり、血が上った。
にやりとして、漣浄は珊揮と戒莉の前に進み出てきた。
「ちなみに、さっきの問いの答えは、五人の賊の中に元山の弟が二人いたから……だ」
「は?」
戒莉には、ぽかんとした。だが、直ぐに気付いた。
『元山は、なぜ戒莉たちの乗った馬車を襲ったのか?』
……という問いに、漣浄は応えたつもりなのだ。
つまり、戒莉が聞かれたくないあたりの話は、全部、漣浄に聞かれていたということだ。
言葉を失う戒莉に、漣浄は笑顔で挑んでいった。
「なあ、俺に貸しを作っておかないか?」
漣浄の言葉に、珊揮は小さく眉を動かす。
「あんたとは関わりたくない」
戒莉の声音は、奇妙に鋭利だった。
ここまで嫌われるようなことをしただろうか。はて、と漣浄は首を傾げる。
「お前たちにとっても悪い話じゃないと思うが。なあ」
まるで初めてその存在を認めたように、漣浄は珊揮に視線をやった。
「さあ。私は知らないよ」
こちらも取り付くしまを見せない。
漣浄は、肩をすくめてみせた。それが芝居めいていて、戒莉の神経に障った。
「あんたの用は済んだんだろ」
朱甲や元山たちを根絶やしにすること。それが果たされれば漣浄の目的だったはずだ。もしかしたら、その後で坑道がつぶして鉱山の存在を闇に葬るつもりであったのかもしれない。
もし、坑道が事故で潰れなかったら。いやもしかしたら、事故ではなく……。
その先を考えることを、戒莉は踏みとどまってしまった。何もかも救われなさ過ぎる。死んでいった人々や、その家族や友人、それに加担してしまった戒莉自身が。
朱甲や元山たちは、既に役人の手に渡っている。やがて処刑の日の様子が噂となって戒莉の耳にも届くだろう。
その話の中に、鉱山のことは、おそらく少したりとも混じってはいないだろう。そして元山の首が落ちる頃、武器好きの地官は、剣を愛でているのだろうか。
「もうひとり」
ひとさし指を一本。漣浄は、微笑みと共に戒莉の前に差し出した。
「もうひとり?」
思わず、戒莉は漣浄の指先を凝視した。
「もうひとり、許せない奴がいる」
どの口でそれを言うのか。戒莉は、漣浄を睨んだ。
「それは、あんたのことだ」
黒い瞳が燃えているようにゆらめいている。
その熱くも、冷たくもない黒い炎を眺めながら、漣浄は自嘲った。
「ああ、俺のことはお前が殺してくれていい」
その口がそう言う。
戒莉は絶句し、珊揮はあからさまに嫌な顔をした。
「でも、それは保源をやった後にしてくれないか」
たぶん、自分は漣浄を殺さない。
戒莉は、珊揮と漣浄の顔を交互に眺めながら、そう思った。