「姉さんに、玉葉に、謝りたいの」
その娘は、搾り出すようにそう言った。
桂凛は、おそらくもう助からないであろう娘の頭を自分の膝に乗せた。娘の血が、桂凛の手を着物を汚した。だが、桂凛はそんなことはどうでもいいことに思えた。
この娘は、最後の力を何かを語ることに使おうとしている。
桂凛は、この娘の言葉をひとつとして逃すまいと、心に決めた。
「あたし、姉さんが嫌いだった。いつも、家の仕事もしないで、いつも遊んでばかり、わがままで、人のことをいつも馬鹿にして、いつもあたしを邪魔にして、大嫌いだった。
あたし、思ったの、姉さんなんて死ねばいいって。誰かに殺されてしまえばいいのにって。ホントよ。ほんとにそう、思ってた」
娘は、苦しそうに言葉を詰まらせ、詰まらせ、そこまで語ったところで、咳き込んだ。口から血が、吹き出した。
桂凛は、慌てたが、自分の服の袖口でそっと娘の血をぬぐった。
娘は、まだ苦しそうだったが、そんなことよりも語りたい、喋りたいともがいているのが、桂凛には分かった。
そうして、桂凛は手巾を水でひたすと、娘の口元に持っていった。
娘は少し喉を潤すことが出来たせいだろうか、再び言葉を紡ぎ始めた。
「毎日、誰かが姉さんを殺してくれないか、なんて思ってた」
話は続いた。
「ある日、姉さんが遊びに出かけたの。連れてってって、言ったのに、あたしを置いてぼりにして、遊びに行ったの。あたし、声に出して叫んだの。姉さんなんて、斬られて死んじゃえばいい! ……って」
ピタリと、声が止んだ。それは、体が苦しいだけではなかったろう。
桂凛は、乱れた娘の髪に触れた。そして、頬を撫でた。冷たかった。
娘は、少し微笑んだように、桂凛には見えた。
「その日、本当に姉さんは斬られたの。あたし思ったの、あたしのせいだって」
そんなの、あんたのせいじゃない。桂凛は、そう口を挟みたかった。だが、それが意味のないことだということも、同時に分かっていた。そんなこと、この娘自身、頭では分かっていることなのだ。それでも、この娘には罪の意識が染み付いてはなれることはなかった。
「命は助かったけど、顔に疵が残った。姉さん、とても綺麗な人だったのに。最初は、荒れた。泣いて、泣いて……でもある日、変わったの。あんなに遊び歩くのが好きだったのに、家に閉じこもって、何も喋らない。泣きも、わめきもせずに、じっと耐えているみたいだった。誰かを恨むことも言わない。ただ、黙って家の中の仕事をして、縫い物をして」
これだけを喋るのに、長い時間がかかった。滑らかには、言葉は出てこない。
桂凛は、相槌をうつこともせずにじっと、聞き入った。
「あたし、姉さんに出来るだけのことをしてやりたかった。畑仕事はみんなあたしがしたし、縫い物も一緒にやった。何か欲しいものがあれば、あたしが外で手に入れてきた。あまり、欲しいとは言わなかったけど……出かけようと誘ったけど、姉さんは絶対に外には出なかった。なのに、あたし姉さんに外に出て欲しかった。前みたいに。そうしたら、あたしも許されるような気がしていたのかも。姉さんによくしたいと思ったのは、姉さんのためじゃない。あたしの為だった。あたしは、本当にただ醜い。醜い人間だった」
娘の目から、涙が溢れてきた。なんの為の涙なのか、本人にも分からなかっただろう。
「あたし、姉さんが嫌いだったけど、姉さんが好きだった。あたし、姉さんみたいに綺麗になりたかった。でも、なれなくて、嫌いだった。あたしは、醜い、本当に醜い……」
細い声が、小さくかすれていった。
「姉さんに、ごめんなさいって、伝えて欲しいの。本当に、あたしが悪かったって。伝えて欲しいの」
言葉が、目が懇願している。桂凛は、人が最後にこんなにも強く光を放つものだと知った。
「伝えるわ」
短く、桂凛は頷いた。
娘は、その言葉に微かに笑んだ。
「ありがとう」
ほっとした。そんな感じだった。
言葉は止み、もうそれ以上は続かなかった。