天涯~柳編~   作:清夏

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柳編始末記『伝えて Ⅲ』

「一字一句、間違えてないつもりだけど」

 語り終えて、桂凛はふっと笑った。その場には、相応しくない笑みだった。

「あたしね。毎日、胸の中であの娘の言ったことを繰り返してきたから、これでようやくね」

 ほっとした、そんな感じだった。

 玉葉は、呆然としていた。杏玲がそんなことを考えていたなんて、思いもよらなかった。最初から、最後まで、本当に思いもよらなかった。

「醜いのは、あたしの方なのに」

 涙というのは、なぜにこんなにも簡単に出てしまうのだろうか。

 玉葉は、小さく呻いた。

 いままで、寝台に座っていた桂凛は立ち上がり、格子の傍に寄った。

「あんたたち姉妹は、馬鹿よ。もっと、ちゃんと話をしておけば、良かったのよ」

 酷薄な言い様だ。そんなことを、あんたに言われたくないと、普通なら思うところだ。

 玉葉は、顔を上げて桂凛を見上げたが、涙が喉に詰まって何も言えなかった。

 ふたりの視線が、合った。

「あたしはもっと馬鹿だけどね。こんなところに居るんだからさ」

 おどけてみせる桂凛。意外に、本気なのだろう。

 玉葉の中では、さまざまな気持ちが交錯している。杏玲の死、杏玲の最期の言葉、桂凛の最期。

 今、何を言えばいいのか、玉葉には分からなかった。ただ、唇が微かに動くだけだ。

「とにかく、伝えたわよ。杏玲の言葉、杏玲の心。それから、これはあたしから……」

 これまですらすらと喋っていた桂凛は、ここで言いよどんだ。

「ごめんなさい。あたしは、あなたの妹を見殺しにした。許されないことだと思う。これも、あたしの自己満足だと思う。でも、言わせて欲しい」

 少しの間。

「ごめんなさい」

 

 玉葉と桂凛、ふたりの間にどれほどの時が流れただろうか。

 玉葉はふらりと立ち上がり、鉄格子に一歩、一歩と進んだ。

 格子のこちらと向こう、同じような年頃の娘。だが、何もかもが違う。

 こちらと、あちら。生と死。

「ありがとう」

 ひとこと、玉葉は言った。

 

 はらりと、今まで見たことのないような涙が、桂凛の頬をつたって、落ちた。

 

 

 

 

 

 その三日後、桂凛は処刑された。公開ではなかったので、その最期を玉葉は見とどけることは出来なかった。

 その日の空は、今まで見たことがないほどの青空だった。

 玉葉は、その空を見上げながら、考えた。

 どうして、桂凛は最後にたった一人選べる面会人に、自分を指名したのだろうか。

 それは、杏玲の言葉を伝えるためだろう。だが、そんな義理があの娘にあっただろうか。あの娘は、違う人間に会って、話をしたかったに違いない。

 別れ際、桂凛は玉葉に頼みごとをした。

 

 

「あたしが、こんなこと頼むなんて、ずうずうしいとは分かってるんだけど、伝えて欲しいの」

 一息、桂凛は吸って、はいた。

「戒莉って知ってる?」

 玉葉は、うなづいた。

「そう、よかった。戒莉に伝えて欲しいの」

 桂凛は、頬を染めていた。

「『あたし、あんたの顔がとても好きだった』……って伝えて欲しいの」

 奇妙な言い方だ。玉葉は、少し首を傾げた。

「あたし、戒莉の顔を見ているのか好きだった。いつまでも、ずっと見ていたかった。それぐらい、好きだった」

 

 

 桂凛の言葉を伝えることは、とても簡単だ。でも、桂凛の心を伝えることは、とても難しい。

 玉葉は、戒莉に伝えようと思った。なにもかも、桂凛のことも、自分のことも。

 伝えたいと、思った。

 

 

 

 

                  了

 




以上、蛇足でした。
おついきあいいただき、ありがとうございました。
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