「一字一句、間違えてないつもりだけど」
語り終えて、桂凛はふっと笑った。その場には、相応しくない笑みだった。
「あたしね。毎日、胸の中であの娘の言ったことを繰り返してきたから、これでようやくね」
ほっとした、そんな感じだった。
玉葉は、呆然としていた。杏玲がそんなことを考えていたなんて、思いもよらなかった。最初から、最後まで、本当に思いもよらなかった。
「醜いのは、あたしの方なのに」
涙というのは、なぜにこんなにも簡単に出てしまうのだろうか。
玉葉は、小さく呻いた。
いままで、寝台に座っていた桂凛は立ち上がり、格子の傍に寄った。
「あんたたち姉妹は、馬鹿よ。もっと、ちゃんと話をしておけば、良かったのよ」
酷薄な言い様だ。そんなことを、あんたに言われたくないと、普通なら思うところだ。
玉葉は、顔を上げて桂凛を見上げたが、涙が喉に詰まって何も言えなかった。
ふたりの視線が、合った。
「あたしはもっと馬鹿だけどね。こんなところに居るんだからさ」
おどけてみせる桂凛。意外に、本気なのだろう。
玉葉の中では、さまざまな気持ちが交錯している。杏玲の死、杏玲の最期の言葉、桂凛の最期。
今、何を言えばいいのか、玉葉には分からなかった。ただ、唇が微かに動くだけだ。
「とにかく、伝えたわよ。杏玲の言葉、杏玲の心。それから、これはあたしから……」
これまですらすらと喋っていた桂凛は、ここで言いよどんだ。
「ごめんなさい。あたしは、あなたの妹を見殺しにした。許されないことだと思う。これも、あたしの自己満足だと思う。でも、言わせて欲しい」
少しの間。
「ごめんなさい」
玉葉と桂凛、ふたりの間にどれほどの時が流れただろうか。
玉葉はふらりと立ち上がり、鉄格子に一歩、一歩と進んだ。
格子のこちらと向こう、同じような年頃の娘。だが、何もかもが違う。
こちらと、あちら。生と死。
「ありがとう」
ひとこと、玉葉は言った。
はらりと、今まで見たことのないような涙が、桂凛の頬をつたって、落ちた。
その三日後、桂凛は処刑された。公開ではなかったので、その最期を玉葉は見とどけることは出来なかった。
その日の空は、今まで見たことがないほどの青空だった。
玉葉は、その空を見上げながら、考えた。
どうして、桂凛は最後にたった一人選べる面会人に、自分を指名したのだろうか。
それは、杏玲の言葉を伝えるためだろう。だが、そんな義理があの娘にあっただろうか。あの娘は、違う人間に会って、話をしたかったに違いない。
別れ際、桂凛は玉葉に頼みごとをした。
「あたしが、こんなこと頼むなんて、ずうずうしいとは分かってるんだけど、伝えて欲しいの」
一息、桂凛は吸って、はいた。
「戒莉って知ってる?」
玉葉は、うなづいた。
「そう、よかった。戒莉に伝えて欲しいの」
桂凛は、頬を染めていた。
「『あたし、あんたの顔がとても好きだった』……って伝えて欲しいの」
奇妙な言い方だ。玉葉は、少し首を傾げた。
「あたし、戒莉の顔を見ているのか好きだった。いつまでも、ずっと見ていたかった。それぐらい、好きだった」
桂凛の言葉を伝えることは、とても簡単だ。でも、桂凛の心を伝えることは、とても難しい。
玉葉は、戒莉に伝えようと思った。なにもかも、桂凛のことも、自分のことも。
伝えたいと、思った。
了
以上、蛇足でした。
おついきあいいただき、ありがとうございました。