森の底には、光があまり届かない。
昼なお暗いというヤツだ。ここを一人、頼りない道をとぼとぼと行くのは、妖魔が出る昨今でなくとも不安だ。
しかし、今回、隣街までの行程は平穏そのもので、このまま無事にいくと雇い主が残りの半金を出し渋るのではないかと思う程だった。
雇い主は商談に行くのだという。
隣町まで1日かかる。 そして、少なくとも1日商談に費やし、1日で帰る。2泊3日というところ、下手したらもっとかかる場合もあるだろう。
隣街に滞在すること2日、無事に雇い主の商談とやらは、まとまったらしい。
そうして機嫌良く帰路につくこととなった。
雇い主と御者を兼ねた従者1人が、幌の無い二頭立ての馬車に乗り、珊揮と戒莉の二人は馬車の両側に乗騎する。
周囲に気を配りながら、戒莉は雇い主がまだ自分を見ているのを感じていた。往路では落胆と疑いといった視線だった。しかしそれが、除々に興味津々といったものへと変わっていったのが分かる。
戒莉は、そういった視線を嫌がるそぶりを見せるのも面倒だったので、無視をきめていたが、実は気にはなる。まだまだ修行不足だ。
戒莉は、自分の容姿が嫌いだった。人の目や気をひきすぎる。この顔のせいで、自分の技量が正しく評価されない。初対面の者に剣客として信用されない。そして、下心をもって近づいてくる者も少なくない。
傷でもあれば、少しは凄みが出るかとも思うが、生憎そんな疵痕のつくようなことが、今のところない。わざとつけるのも阿呆らしい。
『どうせなら利用しろ』
珊揮は、よくそう言う。
しかし、今のところ、戒莉は己れの美貌に呪われているばかりで、上手く使いこなせてはいない。
「戒莉」
名を呼ばれて、ぎょっとした。
気が散漫になっていたのを窘められたのかと思ったが、そうではない。
珊揮の方をみると、常にあるふざけた雰囲気はすっかりかき消え、張りつめた空気をまとっている。
――どこからか、小さく声が聞こえる。
遠くで赤ん坊が泣いている。
その声がだんだんと近づいて来ている。
珊揮は馬車の前に出ると、すらりと剣を抜いた。剣はふた振り、二刀流だ。
戒莉は馬の歩みをゆるめ、馬車の後方にまわった。
腰にある脇差しが、血の予感に唸りを上げている。戒莉はそれを押さえるように柄に手を置いた。
声が後ろからなのか、前からなのか、判然としない―― いや、両方からだ。
雇い主の耳にもそれが届いただろう。恐怖のあまり無闇に声を上げられては面倒だと警戒したが、それも出ない程に雇い主は怯えきっていた。おどおどと周囲を見回すと、口をパクパクさせて、すがるように珊揮を見た。
山の中、森の中、赤ん坊が泣いているように聞こえるのは、妖魔の擬声だ。決して捨て子が居る訳ではない。皆が知っている常識で、誰も騙されない。それにも関わらず、何百年も莫迦のひとつ覚えのように妖魔は赤子が泣く声を真似る。妖魔は学習能力というものが低いのだろうか。
しかし、今、獲物を前後に挟みうちをしようといる妖魔たちが居る。妖魔同士は、人を狩る為に互いに連携をとることが出来るのだろうか。
「人だ」
珊揮の低い声が、戒莉の胸内の疑いに答えを投げてよこした。
と、戒莉は柄を握る手に力を込め、脇差しを抜きざま、突如横から飛び出した賊を斬り棄てた。
血が散り、戒莉の上に降りかかる。
「珊揮!」
戒莉は相棒の姿を求めたが、それは既に人ではなかった。
――鬼だ。
前方から馬上の賊が押し寄せる。およそ5騎。
珊揮は左右に大剣を握り、両手を大きく広げて賊に突っ込んでいった。無謀としか思えない愚行。
しかし、すれ違う一瞬で賊は落ちた。
ふたりの賊は胴を馬に乗せたまま、首を地面に置き去りにした。
戒莉は、首無しを乗せた二騎を背後に見送った。
腰を境に身ふたつになる者、首から激しく血を吹き上げながら絶命していく男。
そして顔面から地に落ちる賊に既に息はない。
「後ろから来るぞ」
言われるまでもない、戒莉は後ろからも同様に突っ込んでくる二騎を迎える。
左手で手綱を操り、右手には脇差しを。
戒莉は左の男の頸動脈を斬ると、そのまま馬を右に寄せ、もう片方の賊の肩から斜めに斬り下ろす。たったのふた振りで、二人がこの世から消えた。
力は要らない。どこをどう斬れば良いのか、戒莉には分かる。
珊揮は馬車に乗り移り、草むらから飛び出して馬車に取りつこうとする男たち数人を蹴落し、斬り落とした。ひとりがしぶとく馬車に捕まり、張り付いていた。珊揮はその男を片手で引きずり上げ、馬車の床に殴り倒した。その男が失神して動かなくなるのをちらりと確認すると、珊揮は既に御者としての能力を失っている従者に代わり、手綱をとった。
馬車は速度を上げる。
戒莉は主人の居なくなった珊揮の馬を後ろから追い立てるように走った。
そうして、そのまま一気に森を駆け抜けた。