街に帰りついた時は、まだ日が高く、戒莉たちはその異様な姿をさらすこととなった。
雇い主も戒莉も珊揮も、誰も傷一つ負ってはいなかったが、賊の返り血をたっぷりと浴びている。赤黒く固まってはいるが、血であることは誰の目にも顕かだった。
怪訝な顔をされながらも繰り返し事態を説明し、何とか門を通った。
雇い主を送り届け、珊揮はすぐさま残りの半金と、何かあったときは支払われる約束だったものを要求した。雇い主は、珊揮にそれらを震える手で支払った。
戒莉は気分がどんどん悪くなっていく自分を叱咤し、何とか意識を馬の上に留めようとしていた。
むっつりと口を閉ざし、眉間に皺を刻み、やぶにらみ。顔が整っている分、何やら不気味な迫力があった。
「戒莉、こっちだ」
どこへ導かれているのかさっぱり分からぬままに、戒莉は珊揮の声に従った。
こうして辿り着いたのは舎館ではなく、一軒の小さな店だった。
馬から降り、珊揮が中に声を掛けると、若い小柄な女が出てきて、店先に立つ男たちの姿にかるく悲鳴を上げた。
その女が何かわめきながら、珊揮の首に抱きつくところまでは眺めていられたのだが、そこで戒莉は意識を手放してしまった。
はっと珊揮は振り返り、馬から落ちる戒莉をギリギリで受けとめた。
藍椋は店先から聞こえてくる珊揮の声に、嬉々として表に出た。
無事帰ってきた。珊揮のことだ、しくじるはずも無いと思いつつも、万が一ということもある。仕事に送り出した後は、やはり声を聞き、姿を見るまでは心配だ。
だが、そこに立つ男の姿は、藍椋を安堵させるものではなかった。
衣服や男の肌にはどす黒い血がこびりついていた。一目では、珊揮が怪我をしたとしか思えない。結局、その血は男自身のものではなかったが、尋常ならざることがあったのは明白だった。
「よく、無事で」
藍椋は、男を抱きしめた。
だが感激の対面は、珊揮の背後で馬から滑り落ちた男によって終止符を打たれた。
正直、藍椋は意外だった。
珊揮の相棒であるというその男は、男であることすら疑わしかった。
しかし、「男だ」と珊揮は言ったので、きっとそうなのだろうと納得しようとした。
こんな綺麗な男にはお目にかかったことがない。いや、今まで会った女の中にもいやしない。
気を失っているのでその美貌の全貌は知れないが、目が閉じられていても美しいのは否定しようがない。瞳の色も分からないが、どんな色をしていてもこの男には似合っているだろう。とにかく華奢で、色白で、剣客とは思えない。
逢ったことのない珊揮の相棒を、何となく珊揮と同じ様な体格の男と思っていた藍椋には、様々な意味で衝撃的だった。
藍椋は自分が珊揮の唯一の恋人だと思っている訳ではない。しかし、少なくとも別の女性と会ったことはないし、それを珊揮から明らかに感じることはなかった。ただ、何となくそう感じていたにすぎない。だから、平静な風で居られた。
だが、目の前に居る者はどうだろう。珊揮は、その男を相棒だと言った。名を戒莉というと。しかし、それは詭弁で実は恋人ひとりなのではないか。
藍椋の心は、かつてなく乱れていた。
珊揮はその戒莉を奥の部屋に抱えていくと、呆然と戒莉を見ていた藍椋に湯と綺麗な布と着替えを持ってくるように言った。
藍椋は衝撃から立ち直っていない状態で、ただそれに従うしか出来なかった。
そんな様子の藍椋を置き去りに、珊揮は戒莉の手早く汚れた服を脱がし、さっさと体をきれいに拭くとテキパキと清潔な衣服に着替えさせた。その間、戒莉は意識を取り戻すことなく、ぐったりとし、珊揮にされるがままだった。
藍椋も珊揮を手伝ったかもしれないが、何をしたかよく覚えていない。 ただ、確かに男であることが分かったし、その体に似つかわしくない無数の古傷があるのに驚いた。
―― 勿体ない。
そう、思った。
刻まれた傷は、それが白くすべらかで美しい肌故に余計に醜く、異様だった。
ここにきて、藍椋は何故か気をとりなおした。
―― 睫毛が長い。
妙なことにも感心をする。
「可愛そうに」
藍椋には戒莉が、急に愛おしいものに感じられた。
ひとり落ちました。