「ものかたり」と聞いて皆様方はどのような漢字を当てはめるだろうか。
普通は「
しかしながら私は、物語の「物」とは「者」をも指すのではないかと考える。一般的に「物」とは権利の目的となる、外界の一部を構成する物件を指す場合に用いられる。これでは少し分かりにくいな。品物、物体…と他の漢字を組み合わせて何かを指していることが多いだろう。一方で「者」と明記されていると自然に「人」を想像するのではなかろうか。童話であっても、小説であっても、その「ものがたり」のなかには必ず様々な人が登場する。そして、彼らが世界をどう見るか、どのように生きるか、あるいは生きたかが綴られている。そして、「もの」と聞くとそのどちらでもあり、どちらでもないものを思い浮かべるのではなかろうか。ここではどちらでもよいようにものかたりの「もの」を語り手としている。そのため題を「ものかたり」とさせてもらった。
語り手は私であって、私ではない。私であり、皆様方である。これらは私の考え方。それをどう考えるかは受け手であり、語り手の皆様方。
頭を使うような長い話はこれくらいにしよう。
まあこれから話す話もそこまで楽しい話ではないが少々お付き合い願いたい。
私には年齢の近い年上の兄弟は居なかった。従兄弟も皆、五つ以上年下で自然大人との関わりが深かった。まあその関係で世話焼きというか、おせっかいというかそんな感じになってしまった訳だが…。
この春、新たな環境となり新しい友人もできた。いや、今は友人だと思っていた……か。
私自身、学生時代は部活で忙しく、遊ぶということをしてこなかった。担任にはもっと学生らしく遊べと言われたがそもそも遊ぶ時間なんて無かった。帰ったら20時、21時を回っていることも多かったのだ。加えて家族よりも長く部活仲間と過ごしていたこともあり人との距離感が全くわからない。ただ後輩たちから見れば一見仲が悪いように見えていたらしい。確かに関わりは最小限だったが、皆でカラオケ行ったりご飯を食べに行ったこともあるので後輩たちが言うほど仲は悪くなかったというより、よかった方だと思う。
さて、話を戻そう。半年が経って、急に友人達から意味もなく避けられるようになった。会話は彼女達の頭の上をすり抜け、貼り付けられた笑顔で受け答えされる。いつしか私は彼女達から遠ざかった。精神的に辛くなり、彼女達の中の一人に聞いた。私が何かしたのかと…。知らないうちに誰かを傷付けていることもある、理由があるなら教えてほしかった。答えは「距離が近すぎる」だった。それから少し話をして、最後に彼女からは「強引な手段を取ってごめん、だけどこれからも距離をとって話す」と言われた。
その瞬間どうでもよくなってしまった。もともと私は自分のことに無頓着だ。一人でいると普通に一食、二食抜くことも珍しくない。人付き合いもそこまで得意な方ではないから、わりと話さなければ話さないで何かしら作業をしてることも多い。
ただ今回のことがあって、私は人と関わることが怖くなった。彼女達を見ること、声を聞くこと、SNSで言葉を交わすこと、そして同じ環境にいる年の近い他の人と話すこと、全て。気を張っていなければ震えが止まらない、涙腺が緩む、過呼吸になりかけるとさんざんなことになってる。回りの人が怖くて仕方ない。恐らく、友人だと思っていた彼女達に…言い方は悪いが…拒絶されたこと、それが恐怖に結びついているのだろう。赤の他人に拒絶されるだけだったらここまで精神的な負荷はなかっただろうから。
対人関係に悩むことは他の人でも多いことだろう。そして悩み、相談する事もできず苦しんでいる人、悲しんでいる人、閉じこもってしまった人もいることだろう。最初の方に話した「物が語る故、物語」という言葉は大量生産、大量消費が定着した現在でも人の手に渡った物にはそれぞれの物語があるとも考えられるのではないだろうか。同じ物でも、全く違う物語を綴るように、私も、皆様方も全く異なる物語を綴ることだろう。共感出来るところ、出来ないところもあるだろう。どうか…皆様方のものかたりを聞かせてほしい。そして少しでも多くの方の心に響くものがありますように。このものかたりが他の方の心に光を灯すことがありますように。