ギョガン湖の周辺に砦を拵えた山賊の討伐、其れが今回イェーガーズに与えられた任務だ。
「なんで僕まで?」
「お前は今日からイェーガーズの一員だから当然だろう。安心しろ、私が守ってやる。どうだ? 頼もしいだろうっ!」
胸を張って自己アピールするエスデス。ウェイブ達は少し離れた場所でヒソヒソと話していた。
「なぁ、やっぱ隊長って……」
「ショタコンですかね」
「……うわぁ」
「あの子、磨けば光る玉みたいだけど……」
「趣味は人それぞれですけど……」
「困った人ですよね」
そんな仲、少し離れた場所に立っている青年が一人。黒髪を短く切り揃え目元に黒子がある彼の相貌は美しく光り輝く様だ。『D』と名乗る彼は赤い長槍を手に持ち、其の頭の上では
「私は若様より忌々しい名を隠すように命じられています。Dとお呼び下さい」
等と畏まった体勢で言ってきた彼だが不審者扱いされてエスデスに殴られた顔には大きな青痣が出来ていた。本来ならば侵入者として始末される所だが、ネルガルの知り合いという事で無罪、そのままイェーガーズに入る事になった。
「此所までの移動に疲れただろう? よし! 私が抱っこしてやろう!!」
「あの、その辺りで……」
「……ねぇねぇエスデス隊長! 僕が先陣やって良~い? ……このままだと五月蠅いのが居るし」
流石に抱き抱えて頬摺りまで始めたエスデスを見かねて止めに入るDであるが、其の声を聞いた途端にムスッとしたネルガルは今度は上目遣いでエスデスを見詰める。
「良いぞ! お前の帝具の力も見たいしな」
胸がキュンと高鳴ったエスデスは赤らめた頬に手を当てて悶えており、ネルガルは彼女に見られないように『此奴チョロ!』っと言うような顔をしていた。
「……ん? 餓鬼……?」
「ふぁーあ。眠いしさっさと終わらせよっと。串刺城塞カズィクル・ベイ」
見張りの男がネルガルを発見した時、槍の矛先が地面に刺さり、彼の視界が上に移動する。地面から出現した無数の槍が山賊達を貫いて体を持ち上げていた。自らの体重が槍に掛かって深く刺さる。ジタバタ暴れるほどに傷は広がり、
「わぁ! 凄いねお兄さん。其の様子だと内臓貫いてるでしょ? 生命力有る~」
凄い凄いと拍手をしながら向ける笑みは年相応の無邪気な物。もう一度槍で地面を突くと槍が消えて山賊達は地面に叩き付けられる。栓の役目をしていた槍が消えた事で周囲を血の香りが漂うがネルガルは靴が汚れるのを気にするだけ。ウェイブはたった数秒で行われた残酷な行為と無邪気な子供を思わせる姿のギャップに言い表しようのない不気味さを感じ取っていた。
「おいおい、どんな人生送ればあんな顔してあんな事が出来るんだよ……」
「……偶にあんな子がいる。まともな人格のまま狂っているの」
クロメは感情を読み取れない瞳でジッとネルガルを見つめる。其れとは正反対にDの表情からは自責を中心とした様々な感情が読み取れた。
「陛下も将軍の影響か恋愛に興味を持たれたようで。……あと数年もすれば美食と酒と女でより扱いやすく成りますな」
「成人病にはご注意を」
数日後、エスデスと大臣の会食の席では本人にはとても聞かせることが出来ない内容の会話がなされていた。元々二人には幼い皇帝を敬う気持ちなど無く、只自分の目的さえ果たすことが出来れば良いだけだからだ。そんな中、大臣には珍しく言いにくそうにしながら尋ねる事があった。
「……所で将軍。恋の相手が見付かったとか」
「ああ! まだ十歳だが才能溢れる奴でな、今の時点でクロメより少し下位の強さを持って居るんだ。……言っておくが帝具は渡さんぞ」
「ほっほっほ、分かっていますとも。文献には詳しいことは書かれていませんでしたが、どうも適合者が見付かりにくいようで。ならば扱える者に持たせておくべきでしょう」
彼は隠しているがネルガルが持つ帝具の内、二つには更なる記述があった。曰く、幼くして狂った者にしか使えない、と。エスデスの下にいるのならば関わらないようにする方が良いと思う大臣であった。
なお、ショタコンと言う言葉が浮かんだのも秘密である。
「でね、此所が警備隊の詰め所で、彼処が服屋。墓地はこの路地を先に進むと見えてくるから」
「……」
セリューの案内で不慣れな帝都を散策するネルガルは少し眠そうだ。その原因はエスデスにある。将軍の権力をフルに使ってネルガルを自分の部屋に住まわせベットで抱き枕にしているのだ。慣れないフカフカのベットと抱きしめられている為に寝返りが打てない事、そして耳元で吐かれる寝息が五月蝿かった。
「少しお腹減ったし、私が甘い物でも奢ってあげる。……あっ! 彼処が貸本屋だよ」
「貸し本屋かぁ」
「興味ある? じゃあ、私は近くのお店で何か買ってくるからその間覗いてきて良いよ。行くよ、コロ」
セリューは幾人か並んでいるクレープの屋台に向かっていき、ネルガルは貸本屋に入っていった。
「でよ、あの時の餓鬼、どうもエスデスの部下になったらしいぜ」
「マジかよ!? ……おいおい、まだ子供だろ」
先日の武闘大会を見学していた貸本屋の店員であるラバックは、仲間のタツミと共に雑談を行っていた。この貸本屋の隠し部屋にはナイトレイドの秘密基地が存在し、この二人も組織に所属している。タツミは子供を殺す事になるかもしれないと不安になり、ラバックは大会での姿で警戒しているが何処か子供だからと侮っていた。
「っと、そろそろ昼飯買ってくる」
「んじゃ、頼んだぜ」
この時、タツミが出ていくのがもう少し遅ければ、あるいはネルガルが貸本屋に入るのがもう少し早ければ、そうすれば結末は変わっていたかもしれない。
「ねぇねぇ、お兄さん。推理小説は何処にあるの?」
「推理小説? それなら……うげっ!」
職務中にエロ本に夢中になっていたラバックは相手の顔を見て思わず吹き出す。先程まで話題にしていたネルガルの姿が目の前にあったからだ。
「僕の顔に何かついてる?」
「……いや、なんでもねぇ。案内してやるからついて来な」
この時ラバックが普通に接客をしていれば彼の結末は変わっただろう。だが、彼はその選択肢を選んでしまった。
(……とっ捕まえて情報を聞き出す)
目的の本棚まで案内したラバックは本を選ぶのに夢中になっているネルガルに忍び寄る。糸の帝具である『千変万化クローステール』で喉を締め上げようとしたその時、突如ネルガルが振り返る。その顔に赤い液体が着いていた。いや、赤い液体が付着しているのは其処だけではない。本棚や床にも赤い液体……手首から先をネルガルが持つナイフによって切断された事で溢れ出している血が付着していた。
「ふぅ。ナイフ持ってきて良かった。敵意むき出しにして背後から忍び寄ってくるんだもん、ビックリしちゃった。……帝具持ってるし、敵で良いよね?」
まるで傘を持ってきて良かったとでも言うような口ぶりでラバックの両手を切断したネルガルは、其の儘ナイフをバラックの心臓に突き刺して息の根を止め、クローステールを回収するとそのまま店を後にした。
「……なんだよ、これ……」
ネルガルが貸本屋を出てから僅か一分後、買い物を終えて戻ってきたタツミは床に出来た血の海とラバックの死体を発見し、混乱のあまり固まってしまっていた……。
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