ケツアゴ作品番外及び短編集   作:ケツアゴ

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悪故に悪を成そう ②

 出来損ない、才能のないゴミ。それがサイラオーグ・バアルが父親から向けられ続けた言葉だ。大王バアル家の長男として生まれたにも関わらず特性である滅びの魔力を持って生まれなかった彼は普通の魔力も殆ど持っておらず、母親もろとも僻地に追いやられた。

 

 父方の親類が引き取ると言い出すも、他家に嫁ぎながら類稀なる滅びの魔力を長男に受け継がせた彼女を憎む彼は決してサイラオーグを渡そうとしない。そして、待っていたのは貴族の華やかな生活とはかけ離れた貧しい暮らしと壮絶な虐めだった。

 

 悪魔は実力主義。其れ故に力を持たないサイラオーグは蔑まれ、恐らく貴族に対する鬱憤もあったのだろう、サイラオーグは何時も泣いていた。そんな彼の数少ない味方が母だ。貴族令嬢として何不自由ない生活を送り、大王家の正妻になった彼女には今の生活は辛いはずなのにサイラオーグを責めもせず、厳しく優しく育ててくれた。

 

「やーい、やーい! 無能!」

 

「才能ないから捨てられたー!」

 

 其の母親がある日急に姿を消した。彼への虐めは更に壮絶なものとなり、父はそのような事など知った事ではないとばかりに助けようとはしない。唯一の味方であった母に捨てられたと思ったサイラオーグの心と体は徐々に弱っていった。

 

 

「……大丈夫かい? ああ、私は君のお母さんを知っている者だ。君のお母さんは君を捨てていない。私がそれを保証しよう」

 

「……本当?」

 

 本来なら見知らぬ其の男性を無条件で信じはしなかっただろう。だが、弱りきった心に其の言葉は染み渡り、初めて笑顔で頭を撫でてくれた彼をサイラオーグは信じた。いや、信じたかったのだ。彼を疑うという事は、母が自分を捨てていないという言葉さえ疑う事になるのだから……。

 

 

「よく聞きなさい。君のお母さんは、君を不幸にしたい奴に消された。すまない。私は其れを止める事が出来なかった」

 

「……母上が死んだ? 僕を不幸にしたい人に?」

 

 直様思い浮かぶ男が一人。自分を不要だと、居てはならないと捨てた父親の顔。サイラオーグの中にドス黒い感情が湧き出してきた。だが、それも直ぐに消え去る。今までの人生で得た劣等感が恐怖を増大させ、復讐など無理だと思わせたのだ。

 

 

 

 

「君が不幸になったのはこの世界が間違っているからだ。何故君がそのような不幸な目に遭っているのに、他の物は家族でヌクヌクと暮らせる? 力がなかったと言うだけで、どうして不幸にならないといけない? 君は今のまま不幸なまま終わりたいかい?」

 

「……嫌だ」

 

「なら、復讐だ! 世界を壊してしまおう! 今あの世の中を作り出した、君を不幸にした奴らを、今の君より幸福な奴らを不幸のどん底まで引き摺り落とすんだ! 大丈夫。私なら君に力を与えられる」

 

 再びサイラオーグの頭に置かれた男の掌から何かが入り込んで来た。今まで無かった物が体に入り込んできた違和感。それと同時に欠けていたパーツが嵌め込まれた様な感覚をサイラオーグは感じ、無意識のまま目の前の気に魔力を放つ。同年代の下級に比べても劣るはずの彼の魔力。

 

 

「滅びの魔力!?」

 

 だが、彼が今撃ったのは紛れもなく滅びの魔力だった。まるで大人の力を無理やり子供が使ったかのような不安定さはあるものの、それはサイラオーグが持っているはずの力。そして、誰がその力を与えてくれたか、サイラオーグは直ぐに理解した。

 

「私だけが君の味方になってあげられる。その力の扱い方だって教えてあげよう。だから付いてきなさい。ああ、私の事は”先生”と呼ぶように」

 

「はい、先生!」

 

 だから、差し出された手を何の躊躇もなく取った。目の前の男がどの様な存在か知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。甘い物は好きかな? 滅多に口にできなくって辛いだろう。ほら、チョコでも食べなさい。……おふくろの味、という奴だ」

 

「有難うございます、先生!」

 

 最早サイラオーグにとって男は絶対的な存在であり、疑うという発想自体浮かばない。だから彼の言葉の奇妙な所に気付かなかった。差し出されたのは綺麗な板チョコ。高級品にも劣らない其の味は普通に考えて家庭で出せる味ではなく、『おふくろの味』というのは妙な話だ。

 

 甘いチョコを食べながらサイラオーグは幸せな気分になる。その味は母親の愛情のように優しい味だった…‥。

 

 

 

 其れから暫くしてサイラオーグの失踪が知らされたが、既に他の後継がいる現当主からすれば興味もなく、むしろ死んでいてくれた方が、見つからない方が都合が良い。だから彼は捜索隊に手の内の者を忍ばせ、見つけ次第事故に見せかけて殺すようにと命じた。

 

 だが、一向に死体すら発見されず捜索は打ち切られる。それから数年後、バアル家の者全てが何者かに殺害されるという大事件が起きた。目撃者によると犯人は滅びの魔力を使っていたという……。

 

 

 

 

最初に異変が顕在化したのは堕天使だった。本人達は恥だとひた隠しにしていた事が誰かの口からか漏れ、それがアザゼルの耳に入ったのだ。最初は彼も本気で信じはしなかった。

 

 

 

 

 光力を失う者が続出している、等と。それが信じざるを得なくなったのは情報が入ってから一週間後、光力を失う者が多く住む街がネズミの大量発生で危機に陥っていると聞いたアザゼルは救援部隊を派遣。其の後報告を受けたのだ。鼠を退治しようとした痕跡はあるが、一切光力が使われていないと。

 

 それからが大変だった。本当なら一大事と念入りに行われた検査で光力の消失が明らかになり、原因も不明。少なくても何らかの術で封印されている様子はなかった。

 

「新種の病気か? それとも……」

 

 もしやミカエルが何か『システム』の機能を編み出したのか、そう怪しむアザゼル。天才的頭脳を持つ彼でも何があったかの予想がつかず、光力を失った者達を隔離施設に入れるという処置しか出来ない。

 

 堕天使陣営の足元から正体不明の恐怖がジワジワと這い寄って来ていた。

 

 

 

 

 

 

「……なんと」

 

 バルパー・ガリレイはエクスカリバーに憧れていた。だが、彼に其れを使う才能はなく、せめて自らの手でエクスカリバー使いを作り出そうと思い、狂気に落ちた。この日も多くの子供に過剰な実験を行い、そろそろ何人か死ぬかも知れないといった時、目の前に彼が現れた。

 

 

 

「エクスカリバーを扱える気分はどうかな、バルパー?」

 

「……最高だ! 最高の気分だ!!」

 

 バルパーの手には光り輝くエクスカリバーが、その力を発揮したエクスカリバーが握られている。本来ならば有り得ない光景だ。

 

「……さて、エクスカリバーを使えるだけ良いのかな? 憧れた英雄のようにエクスカリバーを振るいたいと思わないかい?」

 

「もちろんだ! だが、私の歳では……」

 

「大丈夫だ。私の指示に従うのなら……悪魔が使う若返りの方法を与えよう。それまで計画は続けなさい」

 

「ああ、勿論だとも」

 

 暫くした後、教会の重要人物が死体で発見される。エクスカリバーの正式な所有者だった彼の死は伏せられ、一部の者以外は知る由も無かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「原作を終わらせるのは簡単だ。下級悪魔一人居ないだけで滅びる世界を葬るなど、余りにも容易い。……だが、それでは面白くない。私が勝つにしても負けるにしても、正義とされる側が居なくては悪は成り立たない。……さて、私を楽しませてくれたまえ、主人公」

 

 暗い部屋の中、縁日の屋台で売られている様な安物の、其れも悪役のお面を被った男は呟く。その背後に人影が一つ存在した……。




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