ケツアゴ作品番外及び短編集   作:ケツアゴ

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悪故に悪を成そう ③

 此所はロンドンのとある屋敷の中、歴史を感じさせる建物の廊下を彼は歩いていた。古びた床がきしきしと音を立てる中、彼が辿り着いたのは食堂へ続く扉。其れを開けようと手を伸ばし、扉のすぐ横に設置された鏡を見て手を引っ込める。

 

「おっと、これはしまった」

 

 少し慌てた様子で鏡に顔を写して頭に付けた狐のお面のずれを直した彼は扉を開けて食堂へと入っていった。

 

「やあ、待たせたね」

 

 彼が姿を見せると長テーブルに座っていた五人の内、三人が立ち上がろうとしたが、彼はそれを手で制する。

 

「遅れてきたのは私だ。その儘で居れば良い」

 

「そうだぜ、皆。そんな事より僕ちゃん腹ペコだ」

 

「そうそう。早くご飯にしようにゃん」

 

 立ち上がらなかったのはニヤニヤと笑う老悪魔に着物を着崩した猫耳の女性。二人も彼と同様に熊と蠍のお面を、いや、此処に居る全員が何かしらのお面を付けていた。

 

「では、頂くとしよう」

 

 彼が座ると食事前の挨拶などせずに各自食べ始める。行儀が良いとは言えないが、この場では其れで良しとされていた。

 

 

「……先生。現地のスタッフから連絡がありました。例の地域の食料品のシェアは全て独占したそうです。他の店舗は全て潰れ、食糧事情は全て握りました」

 

「ああ、それは結構だ。後は領主の悪魔と揉めて即時撤退するだけだね。白音、報告ご苦労」

 

「……」

 

 白髪の少女は報告を済ませると黙々と食べ進める。彼女は頭に付けていた豚のお面を邪魔とばかりに外して置いていた。

 

 

 

 

「さて、バルパーからも連絡があった。聖剣計画だが、上層部によって潰されたらしい。……実に素晴らしいね」

 

「あはははは! だよねー。大勢の子供を犠牲にし手に入れた技術だけ利用して、後ろめたい事は責任者にぜーんんぶ押し付けるんだからさ」

 

「ああ、実に素晴らしい悪だ。エンヴィー。君もこれから忙しくなるが頑張ってくれ」

 

 血の滴るレアステーキを切らずにフォークを突き刺し、そのまま口に運ぶ蛇の面の少年は実に愉快そうに笑う。特に大勢の犠牲が出た事を語るときは活き活きとしていた。

 

 

 

 

 

「さあ! 存在自体が間違った世界を我々に都合が良い様に改変しよう。不幸に見舞われた諸君には其の権利がある。己の欲望のままに生きて構わない。他人を踏み躙っても大した事ではない。悪意を持って悪を成そう。もとより我々は悪なのだからね」

 

 これは正義の味方による王道の物語でも、ダークヒーローによる救世の物語でもない。悪意に塗れた者達による破滅の物語である。

 

 

 

 

 

 

「あっ、醤油取ってくれるかい? 其れとワサビ」

 

「先生、掛け過ぎです」

 

「体に悪い物ほど美味しいんだよ。それに私なら大丈夫だし」

 

 

 

 

 

 

 

「サーゼクス様。例の暴動ですが、誰かが裏で手を引いているようです」

 

「……そうか」

 

 とある領地で発生した民衆の暴動。元々評判の良くない領主で、この領地で商売をするには彼への心付けが必要となる。元々貧しく大した産業も観光地も存在せず、金にならないからと商人が寄り付かないので食糧事情は厳しかったが、数年前に参入した商社によって食糧事情は解決。雇用も拡大するなど民衆にとって無くてはならない存在となった。

 

 ……のだが、賄賂を拒否した為に領主の嫌がらせを受けた其処は即時撤退。参入前に食料生産を行っていた者達も給料の多い其処に就職していた為に更に景気は悪化。今回の暴動に繋がったのだが、何者かが武器を流している為に事態は悪化し始めていた。

 

「領地を経営する悪魔からは救援要請がありますが……」

 

 無論、魔王という立場からして救援を出さない訳にも行かないが、今回の件は領主が悪いとマスコミが騒ぎたて、それを黙らせようと上層部が動いた事で他の領地でも貴族への不満の声が上がっている。そして今回の件でそれは更に加熱するのは火を見るよりも明らかだった。

 

「……援軍を送ってくれ、グレイフィア」

 

 だが、今の冥界は魔王の独断で動けない。上層部の意を汲む必要があり、下級悪魔を見下す彼らは間違いなく援軍を送るように催促するからだ。

 

 

 

 

 

「しかしまぁ、教会も親切だね。異端者達を君の様に追放するだけで殺さないんだから。だから教会でしか生きれない者は絶望の中で野垂れ死にするしかないし、悪党の命を奪うのを躊躇った為に……数万以上の善良な命が失われるんだ」

 

「ああ、全くだ。教会も下らん組織だったよ。汚れているくせに綺麗なふりをしている」

 

 彼とバルパーが山の上から見下ろしているのは惡魔が住む小さな町。堕天使の領地と近く、何かあったら戦場となる場所だが、今は冷戦状態なので貧しさから活気はない。

 

 

「さて、お見せしよう。先生から頂いた聖剣の適正と長年の研究成果、そして神が作った道具の共演をな」

 

 バルパーは被っていたライオンのお面の位置を正すと両手を広げて叫ぶ。彼の影が広がり、まるで炭を溶かした水のバケツを倒した様に周囲の地面が黒に染まり、其処から手が伸びてきた。

 

 

 其処に居たのは正しく騎士。純白の鎧を身に纏い全身を隠した屈強な騎士。誇りを持って掲げるは聖なる武器。其の輝きは正しく聖剣、聖槍、聖弓と呼ぶのに相応しい神秘なる輝き。神聖なる存在に忠義を誓う正義の騎士と呼ぶに相応しい佇まいだ。

 

 

「粛清騎士達よ。……殺れ。ただし、一人では生きられない程に弱った老人は残せ」

 

「其の方が面白いからね。ああ、親子連れの場合はい親を先に殺したら駄目だけど、兄弟なら構わない。でも、弟妹を連れて逃げる子は後で殺す事。幼い方が優先だよ」

 

 だが、其れが動く動機は純粋な悪意。この日、悪魔の町の住民の九割以上が死体も残らない方法で殺された。

 

 

 

 

 

「はあ!? 悪魔と天界側で争いが起きそうだっ!?」

 

 この日、アザゼルは起き抜けに部下から受けた報告に対しワインを吹き出してしまう。トップ陣が戦争を嫌っている為に辛うじて起きていなかった戦争だが、悪魔貴族の間で戦争の再開を唱える者が続出し、中には教会に独断攻撃を仕掛ける者まで出始めたのだ。

 

 今は魔王やミカエル達が必死に抑えているが、何かの切っ掛けで崩壊するだろう。

 

 

 

「ったく、何やってるんだ。……まさか例の組織が絡んでいやがるのか?」

 

 堕天使側からどうにか介入して戦争を阻止できないかと思考を巡らせるアザゼル。その時、古くからの友人であり幹部であるバラキエルが飛び込んで来た。

 

 

 

「アザゼル! コカビエルの奴が教会からエクスカリバーを強奪したぞっ!!」

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼はとある廃教会に居た。足元に転がるのは堕天使四人の死体。

 

「白音君。何が食べたい?」

 

「……ポテチでお願いします。味は勿論コンソメで。この前食べたフェニックスを使ったビスケットも捨てがたいですが、今はポテチの気分です」

 

「ああ、味はサワークリームオニオン限定だ。それ以外は認めないから」

 

「……ちっ!! それで此処に来る前に抜け出してた人はどうしますか? アーシア、でしたっけ?」

 

「どうでも良いよ。成るようになるからね。あの子は欲しくない。余りにも詰まらないからね」




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