ケツアゴ作品番外及び短編集   作:ケツアゴ

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迷宮都市の三姉弟  (ダンまち)

 迷宮都市オラリオ、間違いなく世界の中心地たるこの場所には世界から多くの者が集まる故にそれ程審査は厳しくないが、この日の検問所の控室には三人の姿があった。

 

「……おい」

 

 その中の一人、ソファーで腕を組んで寝ている少年。金髪で髪を短く束ね、寝ているので表情は分からないがどこかクールな印象を受ける。半小人(ハーフパルゥム)らしく同年代のヒューマンに比べればやや小柄な体格で、腰には短杖を下げている。その彼に先程から呼びかけているのはアマゾネスの少女だった。

 

「審査が終わったぞ、起きろ。……おい」

 

 散切りにした髪の色は黒く針金の如し。三白眼で鋭い、鋭い八重歯が見えており、同種族と比べ肌の露出は少ない。動きやすい半袖の上下を着ており、褐色の肌には引き締まった筋肉がついていた。三度目の呼びかけにも目を覚ます様子を見せない少年に対し彼女の額には青筋が浮かび、次の瞬間、彼女の右手が彼の顔面を掴んで頭より高く持ち上げただ。

 

「起きろつってんだろうがぁああああああっ!!」

 

 猛獣の雄叫びの様な怒号が響き渡って部屋を揺らす。少年の顔面を掴んだ少女はドスの利いた声を出しながら指に力を込める。ミシミシと人体から響くべきでない音が聞こえてきた。

 

「なあ、私も寝るなたぁ言わねぇよ。だがな、私が起きろつったら起きろ」

 

「……五月蠅い」

 

 漸く目を覚ました少年は眠そうな眼と声で告げると再び目を閉じる。少女の額に更に青筋が浮かび、拳が構えられるが横合いから鞘に収められた刀が差し込まれた。

 

「……姉ちゃん、ストップだ。問題起こしたら通るのが遅くなる」

 

 刀を持った金髪の少年。大人しそうな表情を浮かべた彼は破壊されたソファーを見ながら苦笑する。背後では検問に携わるガネーシャ・ファミリアの団員が慌てた様子で此方を見ていた。

 

 

 

 

 

「軽いお説教だけで済んで良かったよ、全く。姉ちゃんもリゼロも自重してくれよ? 只でさえファミリア無所属のLv.3って事で目立ってるんだからさ」

 

「うっせぇぞ、リゼル。中々起きねぇこの馬鹿が悪い」

 

 何とか都市に入るのが許されたのはあれから少し後、不機嫌そうな少女は欠伸をかみ殺しながら歩く少年、リゼロの頭を軽く小突く。検問所での騒ぎが伝わっているのか、はたまた彼らが検問所で止められた理由である、外で到達できる限界値とされる領域まで達しているのが伝わったのか、先程から感じる視線も不機嫌そうな理由の一つだろう。

 

「取り敢えず宿を探して飯に行くぞ。ファミリア探しはそれから……」

 

 適当な宿に決めようとした時、彼女の横を真っ赤な少年が走り去っていく。彼が通り過ぎた後の街路には赤い液体が残り、生臭い香りが血、それも人間以外の物だと告げていた。

 

「……ミノタウロス。あの速度だと倒したのは彼奴じゃない」

 

 その血液を指先で拭って鼻先に近付けたリゼロ。ギルドの建物に興奮した様子出で掛けていく彼を見ながら呟いた。

 

「他の誰かに助けられたってか? どーでも良い話だな、おい」

 

 微塵も興味がない、声色と表情で告げる彼女は二人を先導するように目に付いた宿へと向かっていく。宿をとった後、三人が向かったのは冒険者を管理するギルド。雑踏の中、多くの冒険者が向かう建物へと入る寸前、彼女は舌打ちと共に不意に立ち止まった。

 

「どうしたんだ、姉ちゃん?」

 

「……どうもさっきから鬱陶しくってな」

 

 振り向き、睨んだ先に在るのは天高く聳えるバベル。その最上階に視線を向け、中指を立てた後で親指を立てて下に向ける。リゼルが何事かという顔を、リゼロがどうでも良いという顔を向け、彼女は少し満足したという顔でギルド内へと入っていった。

 

 

 

「エイナさん、大好きー!」

 

 先ほどミノタウロスの血を周囲に撒き散らしながら走っていた少年がアドバイザーに大声で告白まがいのことをしている横を通り過ぎ、リゼル達は内部を見回す。中に居るのはギルド職員と冒険者、そして数名の神だ。

 

「それでファミリアについて聞くんだよな? 叔父さんの話じゃ中立だって話だし、何処が良いとか教えてくれるかな?」

 

「馬ー鹿! こっちが条件を提示して合致する所を教えて貰うに決まってんだろ。取り合えずガタガタ抜かす野郎共がいる所は無しだ。弱小どころか誰一人居ない所が都合が良いんだが、そんな所は……在ったな」

 

 

 

「誰かオレのファミリアに入ってくれませんかぁああああああああっ!?」

 

 ギルドの隅、邪魔にならないようにと言われたのか縮こまる様にして必死に勧誘を続ける神が居た。もう神としての威厳や誇りなど感じられず、追い詰められた必死さすら感じさせる。当然、此処に来ているのは他のファミリアに所属している神や、入るなら少なくても設立すらしていない弱小ファミリア以外と思っている者ばかり。少なくてもこんな所で必死になっている神の眷属になりたいとは思わない。それこそ、余程の物好きでもない限りは

 

 

 

 

 

「よう、神様。全部で三人だ。今すぐホームに案内しな」

 

 そしてこの三人はその物好きの部類に入る。端から見れば気の弱い神様がアマゾネスに絡まれて居るようにしか見えないだろう。ギラギラ光る瞳に極悪な笑みと唇から覗かせる鋭い八重歯。何事かとギルドがざわつき、話し掛けられた神は顔を青くして涙目になっている。

 

「こらこら、姉ちゃん。そんな怖い顔したら駄目だってさ。すいません、神様。他に団員居ないみたいだし、俺達三人が入りますよ」

 

 慌ててフォローに入るリゼル。何はともあれ、これが彼らのファミリアが誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「……すぅ」

 

 尚、リゼロはこの短時間で壁を背に見事に熟睡しており、アイアンクローで無理に起こされる事になる。

 

 

 

 

「えっと、じゃあ自己紹介しようか。オレはチェルノボーク。一応死神だ。君達は?」

 

 今からリンチにでもされるのかと怯えていた彼だが、念願の眷属志望者と知ってホッと一安心。三人が宿をキャンセルした後でホームとはとても言えない風呂すらない借家まで案内した彼は神であるにも関わらずに真っ先に名乗った。

 

 

「リジィ・ディムナ、見ての通りアマゾネス。ついでに言うと長女だ」

 

「……リゼロ・ディムナ。半小人(ハーフパルゥム)で長男……すぅ」

 

「リゼル・ディムナ。小人(パルゥム)で次男です。宜しくお願いします」

 

 あっ、次男はマトモだ。チェルノボークが抱いた印象はこうだった。第一印象が最悪の長女や今も眠りだしている長男と違い普通に挨拶をしてきたリゼルに彼は好印象を持っても仕方がないだろう。怖くて口には出せないが……。

 

 

 

 

 

 

「所で姉弟で種族が違うのはどうして……」

 

「あぁんっ? 人の家の家庭環境を探ろうとすんじゃねぇよ」

 

「すいませんしたぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあった次の日、既にランクアップを果たしているとはいえダンジョンに潜るのは初めての三姉弟。専属アドバイザーになったミィシャ・フロットに基本的なアドバイスを受けた後では時間が足りず、生活用品の買い出しで日が暮れてしまう。

 

「お祝いに今日は奢るって言ってたけど……」

 

 チェルノボークの提案で豊穣の女主人という酒場までやって来たものの、養ってくれる眷属が不在だった為か最低限度の生活をしていた様子の主神の懐を心配するリゼル。そう、心配してるのは彼だけであり、二人はそんな素振りすら見せなかった。

 

「これから私達が稼げば良いだけだろ。心配してばかりだと、禿げるぞ? ……っと」

 

「……あれは」

 

 先に来て注文を済ませておくと言ったチェルノボークを店の前で探そうとした時、一人の少年が飛び出してくる。リジィと、半分眠りながら歩くリゼロの間を駆け抜けていく彼を視線で追ったリゼロ。だが、直ぐに興味を失って店に入ると狼人の青年が縛り上げられていた。

 

 

 

「やあ。こっちこっち!」

 

 彼を縛り上げている集団から距離を取った席に座っているチェルノボークが手を振って三人を呼ぶと数人の視線が集まり、その中の一人、小人(パルゥム)の少年らしき見た目の人物が少し驚いた様子で近寄ってきた。

 

 

 

「もしかしてリジィちゃんかい? 暫く見ない間に大きくなったね。美人になったよ。それに二人も……」

 

「なんや、フィン。もしかしてお前のコレかいな?」

 

 親しげに話し掛ける彼を見て小指を立てる男神の様な女神。その言葉を聞き逃せなかった人物が一人。フィンと呼ばれた彼の隣に座っていたアマゾネスの少女だ。酒が入っているのもあってひどく興奮した様子で彼の胸ぐらを掴んで揺さぶった。

 

 

「団長っ! アマゾネスだからって私のアプローチをスルーしてた癖にぃいいいいいいいっ!」

 

「ご、誤解だ、ティオネ! 姪っ子っ! 故郷の兄弟の娘だからっ!」

 

 ギリギリと首が締まっていく中、絞り出すように叫んだ言葉のおかげかフィンは解放された。余計な事を言った女神にジト目を送り、再びリジィ達に親戚としての笑顔を向ける。

 

 

「少し噂になっていたからもしかしてとは思ったけど、やっぱり君達だったか。兄さんは相変わらずかい? ……っと、連れが居るんだったね」

 

「まあな。んじゃ、叔父さん。つもる話は日を改めて話すとして……彼奴は何で縛られてんだ?」

 

「ああ、実は僕達のミスで逃がしたミノタウロスに襲われた冒険者を彼が馬鹿にして、それを使って仲間を困らせたからなんだ」

 

 何時の間にか完全に縛られて吊されている先程の彼を指差せばフィンは溜め息と共に答える。あえて口にはしないが襲われた彼が助けた少女を見るなり逃げ出した事を聞かされた団員の多くが笑い、副団長に一喝された所だ。おいっこ姪っ子への見栄なのかわざわざ話すことはしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、昨日ミノタウロスの血を頭から浴びていた奴か。泣きながら店から出て行ったから何があったのかと思えば」

 

 店の入り口を向きながら呟くリゼロ。場の空気が一瞬で冷え切った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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