ロキ・ファミリアのホーム『黄昏の館』。オラリオにて双璧をなし、集団戦の練度においてはオラリオ随一を誇るこの場所の中庭を多くの団員が眺めていた。
「ラウル、見えてる?」
「残像を追うので精一杯っす……」
中庭に響く剣戟の音、煌めく剣閃。それを発生させているのは幹部でありLv.5のアイズと、団長であるフィンの甥っ子ではあるが他ファミリアの
L v.3であるリゼル。
フィンが何度か彼の剣の才能を褒めているのを耳にしたアイズから申し出た試合だが、ラウル達は流石に直ぐに終わると思っていた。
ロキやフィンが許可したから行われたものの、フィンにだって身内の贔屓目があるだろうし、彼の甥っ子の顔を見てみよう、その程度の暇潰しの予定だった……のだが。
「……強いね」
「いやいや、一瞬でも気を抜けば叩きのめされて終わっているよ。俺も防御に徹しているしさ」
ランクアップ二回の差は大きい、本来なら一つ上なだけでジャイアントキリングはほぼ不可能とされる偉業。
そんな格上相手にリゼルは既に三十分もの間剣で打ち合い、風を纏ったアイズにも対応しているのだから。
「二十分も手加減してくれて助かったよ。じゃないと慣れてなくて風を纏った君に対応出来なかった」
ヒューマンと小人、第一級冒険者と第二級冒険者、そして魔法を使う者と使わない者、それだけの差がありながらも目に見えて分かる差は多少リゼルに疲弊の色が見える程度。
風を纏い宙で跳んだアイズの振り下ろしはリゼルの持つ剣の上を滑る様に受け流され、突進の勢いを乗せた突きも真上へと逸れて行く。
疲弊の色が強いのはリゼルであるが、反対にアイズも精神的な乱れが見えていた。
「……ほぼ互角やん。同レベル帯の連中も動きを殆ど追えとらんやろ、アレ。フィーン、叔父さんやったらちゃんと引き入れや」
「リーダーやってる姪っ子が向上心の塊でさ。成り上がってこそだそうだよ。僕だってせめてリゼルは近くに置きたかったけれど……まあ、無理だろうね」
少し惜しがってはいるものの今のフィンは甥っ子の成長が嬉しいのか笑みを浮かべており、同じく小さい頃から知っているアイズとの戦いを静かに見守っていた。
「身体能力はアイズが圧倒。なのに打ち合えているのは技術と読みの鋭さだな。攻勢にこそ出られていないが掠りもせずに受け流している。成程、お前が天才だと言うわけだ」
「残りの二人も負けていないよ。リジィはアマゾネスなのを加味しても気性が荒いし、リゼロの方はのんびり屋だけれどね」
「魔法やステイタスではなく純粋な技術による強さか。ステイタスが伸び悩んで焦っとるアイズに良い刺激になってくれれば……むっ?」
この瞬間、ホーム内の誰もが一瞬身を竦ませた。例えるならダンジョンで異常発生したモンスターの群れとの遭遇、もしくは多人数で挑むべき強さを持つ階層主との相対。
それに酷似した威圧感がホームの入り口から端まで届いたのだ。
時間にして一瞬、気の弱い者でも意識を失う事は無い僅かな時間ではあったのだが、第一級冒険者さえも僅かながら硬直してしまう程、但しフィンを除いて。
「あー、うん。ちょっと僕が相手をして来るよ。二人とも、その辺で止めておこうか。リゼルにお迎えが来たよ」
「あっちゃあ。夕飯の買い出しの途中だったのに夢中になってた。悪いね、アイズさん。楽しかったけれど此処迄だ。じゃないと別の意味でお迎えが来る」
「……決着が未だ。それと今のは何?」
「姉ちゃんの怒気。凄ぇ怖いんだ」
消化不良といった様子のアイズに対してリゼルの方は少し惜しそうにしているが笑顔は崩していなかった。
「じゃあ、もう一つ聞かせて。君はどうやって其処まで強くなったの?」
「どうやってって聞かれても、毎日剣術の鍛錬を欠かさずにいたからかな? 俺は姉ちゃんや兄ちゃんと違って剣しかないし。そうそう、魔法といえば兄ちゃんの魔法があったから本来よりも……これは言っちゃ不味いかな?」
じゃあ、そういう事で、と練習用の剣を置いてリゼルは入り口へと向かい、フィンも肩を竦めるとその後に続く。
「純粋な剣術……」
リゼルとの戦いで酷使した練習用の剣を手にしながらアイズは呟き、先ほどまでの試合を思い返していた。
最初は少しだけ興味があっただけ、少し手加減しての打ち込みは尽く受け流され、自分でも無様だと思う体勢になる事数度、手加減を謝って本気で打ち込めば相手は焦ったのだが、四打目には対応され始め、逆にアイズの髪にリゼルの剣が触れる事さえ。
そして先酷に行き着くのだが、あの試合中に不自然な点は無く、成るべくしてなった結果だと彼女は理解している。
アイズの太刀筋を見抜き、ステイタスの差を技術と読みで埋めた。幼き頃よりフィン達から戦い方を仕込まれたからこそ理解したのだ。
「よしっ。あっ……」
もう一度基礎から練習し直して次こそ勝つのだと負けず嫌いなアイズが手にした剣を軽く振った所で刃が落ちる。
「折れた? 違う……切られた」
その断面は負荷による損壊にしてはあまりにも綺麗だった。
「ガレス、今晩から剣の練習に付き合って」
「せめて明日からにせんか。ちゃんと体を休めろ」
「むぅ……」
頬を膨らませて拗ねるアイズ。その視線が向かう先、彼女の目に届かない正門前に……修羅が立っていた。
「……うわぁ」
その姿を見た瞬間、普段から熾烈な気象の持ち主など見慣れている筈のフィンでさえ声を漏らした。
威圧感に竦み上がった門番の少し前で腕組みをしての仁王立ち、ただでさえ悪い目つきが更に強烈になったレジィの髪は彼女が放つ熱によって発生した上昇気流で逆立ち、熱気で背後の景色が歪んで見える程だった。
「おい、晩飯買いに行くのに他所のホームに行く必要はねぇだろ」
「や、やあ。レジィちゃん。ご機嫌斜めじゃないか」
単純な話、姪っ子を前に大手ファミリアの団長ではなく四十代の独身男性に戻されたのだ。
小さな頃を知ってる姪っ子がゴライアスすら恐怖する相貌になっていたら当然ではあるが。
「叔父さんか。そーいや聞きそびれてたけれど伴侶は見つかったのか?」
「いや、中々同族で理想の相手となるとね。レジィちゃんは好きな相手はいるかい?」
「アマゾネスの習性は知ってるだろ? でも、私にとっちゃ戦いに負けるってのは死ぬ事だ。打ちのめされて這いつくばろうが、生きてるのなら私を負かし損ねた奴をぶち殺す。だから生きてる限り私は負けないだから誰にも惚れない」
「そうかい。……うん、本人の意思が大切だからね。それで今回の事だけれど、うちの団員がリゼル君に試合を申し込んで僕とロキが許可したんだ。だから……」
「……帰るぞ、リゼル。今日は叔父さんの顔を立てて勘弁してやるが……飯食ったら気絶するまで組み手だ」
「りょ、了解!」
慌てて去って行く甥とその首根っこを掴むなり高く跳んで直ぐに見えなくなった姪の姿を見送ったフィンはフッと息を漏らす。
「主神は苦労しそうだな。リゼロ君はアテにならないだろうし」
尚、好き勝手出来そうだからと気弱そうな見た目を理由に選ばれている。