「「「「かんぱ~い!」」」」
とあるマンションの一室に四つのジョッキをぶつけ合う音が響く。その部屋には薫の他に束と千冬、そしてオカッパ頭の小柄な青年が集まり小宴が開かれていた。
「いや~、まさかウー君が助教授に就任するなんてね。私も幼馴染として鼻が高いよ♪」
「いや、お前はその年で教授じゃないか。まぁ、礼は言っておくよ。有難う……」
青年は照れくさそうに礼を言うとジョッキに注がれたビールを一気に煽り、中身を飲み干すと口についた泡を手で拭った。
「ったく、あの教授め。何が『君如きでは一生助手のままだよ』だ。馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって! アイツが奥さんを寝取られた上に銃撃受けて教授職を退いたら直ぐに助教授になれたじゃないか!」
「そう騒ぐな。酒が不味くなる。……おい、薫。ツマミはまだか?」
「はいはい、すぐ持っていきますよ……って! なんで毎回私の部屋なんですか!? 毎回後片付けさせられるし!」
「え~、だって私、家事できないしぃ、家汚いしぃ」
「私も苦手だな」
「ぼ、僕も母さんに任せっきりだから……」
どうやらこの四人で飲む場合は薫の部屋を毎回使い、後片付けも彼に任せっきりらしい。とりあえず鍋をテーブルに置いた薫は自分の分のビールを一気に煽った。
「……おい、束に千冬にウェイバー。少し正座しなさい」
「……うわぁ、久々にかー君がキレた」
「むっ、これはいかんな」
「此処は大人しく従った方が良いよな……」
「「「だが、断る!」」」
「……いい度胸ですねぇ」
どうやら三人とも既に出来上がっているようで、床にはチューハイの缶が散乱している。ふと薫が目をやるとお気に入りのワインの瓶が転がっていた。かなり高価でまだ一口しか飲んでいないとっておき。それを乾杯前の調理作業中に飲み干してしまったらしい。薫の堪忍袋がブチブチと音を立てて破れたその時、入り口の方からチャイムと共に妙な気配が漂って来た。
インターフォンに取り付けられたカメラを見ると見知らぬ巨漢の男が映っており、ただものではない雰囲気を漂わせている。明らかに裏の世界の住人だった。
「……三人共、少しの間コンビニでも行ってきてください。ちょっと知り合いが来ました」
「知り合い!? アイツどう見てもカタギじゃないだろ!? って、何するんだよ二人共!?」
薫の言葉に不信感を抱いたウェイバーは彼を心配して残ろうとするも千冬に襟首を掴まれベランダへと引っ張られて行き、束もその後に続く。そして出て行く際に薫に近づいてきた。
「かー君なら大丈夫だと思うけど気をつけてね✩ それにしてもどうでも良い存在の癖にウー君の助教授就任祝いを邪魔するなんてさ」
「すいません。私のせいで……」
「メッ! かー君は悪くないから謝っちゃ駄目だよ? じゃあ、終わったら電話してね」
そう言うなり束は千冬達の後を追いベランダへと走って行く。ベランダでは暴れるウェイバーを千冬が片手で取り押さえていた。
「おい! 何で薫一人残すんだよ!? 何かあってからじゃ……」
「奴なら大丈夫だ。忘れたのか? 高校二年生の文化祭の時の事を……」
彼ら四人が高校生だった時に隣町の不良に絡まれたウェイバーを千冬が助けたのだが、それを逆恨みした不良達が仲間と共に文化祭中の高校に乗り込んできたのだ。その時に執事・メイド喫茶をやっていた束が不良達に捕まり千冬が袋叩きにされそうになった。しかし、
「……あの時のアイツは凄かった。まさかカラトリーセットで金属バットや改造エアガンと渡り合う等とは……」
カラトリーセットを手にした薫が全員撃退。無傷で束を救い出したのだ。ちなみにその時の格好は当然執事服でウェイバーは冗談でメイド服を着せられていた。
「ワイヤーアクションでも見てるようだったよな。……翌日筋肉痛で寝込んでたけど」
「やっぱり私への愛の力だったんだよ! それで限界以上の力を出したんじゃないのかな? さっ、行こ?」
「そうだな。束の戯言は放っておいて行くか」
千冬は束とウェイバーを持ち上げるとベランダの手すりに足をかけ、そのまま飛び降りた。かなりの高さにも関わらず抱えられた二人に少しも衝撃が無いように着地した千冬はその場から平然と歩き始めた。
「よし、酒を買いに行くぞ。束、金は有るか? 私は今月ピンチなんだ」
「あっ! 財布忘れた」
「なぁに、この近くの酒屋なら薫にツケておいて貰える」
「頑張れよ、薫。……色んな意味でな」
「それで、何の御用ですか? ……こんな物しか有りませんが」
「……毒なんざ入ってないよな?」
「一般人が毒なんか持っているわけないじゃないですか」
薫はそう言っていきなりやって来た男にジュースを差し出す。その中には毒は入っていないが、台所の排水口に溜まったドロドロの汚れを入れておいた。ささやかな嫌がらせである。男は何の警戒もせずに、若しくは毒など効かない自信があるのかそれを一気に飲み干した。
「単刀直入に言うぜ。俺達の仲間になりな!」
「いや、俺達のっと言われても答えようがありませんよ。ちゃんと、どういう集まりなのか説明頂かないと。と言うより貴方誰ですか?」
「あぁ? 一々煩ぇな。俺の名前はヘラクレス! 英雄ヘラクレスの魂を継ぐ者だ。んで、『禍の団』っていう組織の英雄派ってのに所属している。まぁ、簡単に言うと悪魔やら何やらと敵対する組織って訳だ」
「……ああ、私の本の力が目的ですね?」
薫の言葉に鬱陶しそうにしながらも組織の概要を話したヘラクレスに対し薫は溜息を吐く。ここまで話したからには断ったら殺す気だな、と。それを察したのかヘラクレスはテーブルを殴りつけ、その瞬間テーブルが爆発した。
「どうだ! これが俺の神器『巨人の悪戯』の殴った物を爆発させる力だ! テメェも自分やダチをテーブルと同じ目に合わせたくなかったら……」
その言葉を聞いた時、薫の雰囲気が豹変した。
「へぇ、どういう風になるんですか? テーブルは無傷ですが?」
「なっ!?」
確かに粉々にしたはずのテーブルは傷一つなく、それに驚愕するヘラクレスに薫は本を手にしたまま近づいていく。
「……いえね、私へと降りかかる火の粉は自分で払うから良いんですよ。でも……仲間に手出しするって言うのなら容赦致しません。……ねぇ、知ってます? 灼熱の炎の中を長い間落ち続けた後、牛に舌を踏まれるって地獄があるそうですよ。まぁ、私は其処まではしませんがね」
「な、何言って!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
急に雰囲気の変わった薫を警戒したヘラクレスが後退りした時に足元に違和感を感じたその時、ヘラクレスは遥か下へと落下していく。何時の間にか周囲に何もない空間に移動させられ、床も天井も見えず、彼は落ちる事しかできなかった……。
「『隠匿』の力はただ閉じ込めるだけじゃないんですよ……」
薫はそう呟くと本をパタンっと閉じた。
「さっ、三人を呼び戻しませんと。……何か嫌な予感がしますから即急に!」
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薫くんは常連となっている酒屋に行き、驚愕する事となる! 請求された金額は……
四人目の幼馴染ウェイバー君 日本育ちのヘタレ