ケリィが人間界に来て約一年が経とうとした頃、彼が住んでいるマンションの一室に荷物が運び込まれていた。天蓋付きの寝具や安楽椅子、勉強机など、何れも此れも最高級の品だ。そしてその部屋のドアに取り付けられたネームプレートには新しい住人の名前が書かれていた。レイヴェル、と。
「レイヴェル様を私のマンションに住まわせる? また急な話ね」
数日前、ライザーに定期連絡を入れたケリィはレイヴェルをマンションに同居させて欲しいと頼まれた。どうやらフェニック家の現当主も了承しているようだ。
「いやな、アイツってお嬢様育ちだし、料理は出来ても掃除や洗濯は一人暮らし出来るレベルじゃないんだ。……何だかんだ言って甘やかしてるから我侭だし」
「……其処でアタシに世話をさせる気なのね。ま、アタシにとってもあの子は妹の様なものだし、構わないわ。……所でライザー様」
「な…何だっ!?」
ライザーはもっと前に父から伝えるように頼まれていたのに伝え忘れていた事がバレているのかと内心焦る。だが、ケリィの声は穏やかなものだった。
「ちゃんとご飯食べてる? アナタ、他の事に夢中になって食事を忘れる事が有るじゃない。それと、度を越して飲み過ぎてない? 暖かくして寝てる? 遊びも良いけど、将来に向けて領地経営の勉強もしなきゃダメよ? 他の皆にも宜しくね」
「……分かった」
予想とは違い投げ掛けられたのは慈愛に満ちた言葉。ライザーは電話を切った後、シミジミと呟く。
「……母上に親孝行したくなったな」
「ケリィ、此れから宜しく願いしますわ」
「ええ、此方こそお願いするわ、レイヴェル様」
にこやかに挨拶をし返したケリィだったが、レイヴェルは何処か不満そうだ。ケリィがその事に首をかしげると、ツカツカと歩み寄って来て顔に人差し指を突きつけた。
「ちょっと、ケリィ! 様付は止めなさい! 呼び捨てで構いませんわ!」
「う~ん、そういう訳にも……ああ、そういう事ね」
貴族の学校なら兎も角、これから彼女が通うのは一般人の学校だ。なのに様付で呼ばれていたら浮いてしまい気恥ずかしいのだろう。そう判断したケリィは一人で納得した。
「一応、当主様にも確認取るわね?」
ケリィは当主に確認を取り、大きな溜息と共に、公式の場以外なら可、と告げられた。
「じゃあ、改めて此れから宜しくお願いするわ、レイヴェル」
「ええ、宜しくお願いしますわ、ケリィ」
そして、数ヶ月が経ちレイヴェルは駒王学園の新入生となり、ケリィと同様にリアスが部長をしているオカルト研究部に入部した。
「へぇ、兵藤を眷属にしたのね。……また物好きな」
「兵藤って、あの変態三人組の一人ですわよね? グレモリー家の家名に傷が付きませんか?」
ケリィはリアスから新しい眷属を手に入れた事を聞き、レイヴェルと共に眉を顰める。その理由は新しく眷属にした兵藤一誠の素行にあった。彼は容姿は悪くないのだが極度のスケベで、友人二人と共に覗きをしたり学校に卑猥なものを持ち込んだりと退学になっていないのが不思議な位なのだ。なお、ケリィは最近まで女子高だったので、直ぐに女子に対して問題行動を起こした男子を退学にしたという事になると、やはり共学にしなかった方が、という意見が出るからかもしれないと考えていた。
「そ…その点は私が言い聞かせるわ。堕天使に殺さた時にチラシで呼び出されたから眷属にしたのだけど……早ま……いえ、大丈夫よ」
「いくら強力な神器を持っているかもしれないからって、選ぶべき物は有るわ。世界中で死にかけてるのが彼だけって訳じゃないし、救わなくても部長は悪くないわよ」
「これも巡り合わせだと感じたのよ。まぁ、躾はちゃんとするわ」
リアスも一誠の所業をケリィの口から告げられて少し冷や汗を流す。口にこそ出していないが瞳が告げていた。グレモリー家の眷属悪魔である一誠がフェニックス家の令嬢であるレイヴェルにセクハラを働いたらどうなるか分かってるわね?、と。
「あ、アタシは此処で失礼させて貰うわ。今日は契約した魔法使いと会う日なのよ」
ケリィは腕時計を見て慌てて立ち上がる。その顔はウンザリといった感じだった……。
「やぁ! よく来たね、待っていたよ!」
ケリが転移した先に居たのは二十代前半の青年。少しクセ毛が目立つ灰色の髪をしており、爽やかに笑っているが瞳は濁りきっていた。
「久しぶりね、ミリオン。お望みのフェニオックスの涙は用意してるけど、研究成果はどうなのかしら?」
ある程度の年齢に達した上級悪魔と眷属は魔法使いと契約する事になっている。悪魔と魔法使いの契約は言ってみれば研究者への投資に似ており、相手の望むものを与えたり後ろ盾になる代わりに研究成果を見返りにする。魔法使いが大成すれば契約した悪魔の評価に繋がり、反対に駄目なら評価が下がる。そして、ケリィが契約した魔法使いは大成すると思われる魔法使いだったが。
「……相変わらずエグい研究ね」
もっとも、成果気には余りにも難が有ったが。彼の緩急は主に医学や生物学に基づいた魔術の研究で、主な実験体は主を裏切って逃げ出すなどした眷属悪魔、通称はぐれ悪魔だ。研究報告書には、そのはぐれ悪魔を使った研究の成果が書かれていた。
「そうかい? どうせ処分される運命だし、最後くらい誰かの役に立てたのだから、彼らも光栄だと思うよ」
ケリィの契約相手…ミリオンはケラケラと笑いながらケリィが差し出したフェニックスの涙…フェニックス家の者のみ生成できる秘薬を受け取る。ケリィがこの質の悪い魔法使いとの契約を切らない訳、それは彼が有能なのは確かだし、何より野放しにするよりは見張れる場所に置いておいた方が良い、そう判断したからだ。
「もうこんな時間か。夕食でも一緒にどうだい? たまには年寄りのお話し相手になってくれても良いと思うよ? どうせなら君の主の妹も一緒にどうだい?」
「……アンタみたいな変態爺をウチのお嬢様に会わせられるわけ無いじゃない。アタシ達の関係はあくまで契約のみ。そういう約束でしょ」
「……つれないなぁ。ま、良いや。気が向いたら一緒にに食事でもしよう」
ケリィの素っ気ない対応に対し、ミリオンはあくまで柔かに対応し、手を振って見送る。その手が急に皺だらけになるも、一瞬で皺一つない手に戻った。
そして数日後、今日になって漸く一誠に自分が悪魔だと教えると聞かされたケリィはレイヴェルと共にオカルト研究部の部室に来ていた。
「ケリィさんの髪って相変わらず綺麗ですわね。何処のトリートメント使っていますの?」
「褒めてくれて有難う。アタシは行きつけの『ヘアサロン愉悦』で買ってるの」
「そこって確か会員制でしたわね。……羨ましいですわ」
「なら、今度紹介するわ。近くに美味しいケーキ屋が有るから、部の皆で一緒に行きましょ」
「……行きます」
「ちょっと、ケリィ! おいしいケーキ屋があるなんて聞きいてませんわよ」
「あら? レイヴェルはダイエット中でしょ? 私に態々ダイエットメニューを作らせておいて……。おかげで二キロも痩せちゃったじゃない」
ケリィが部の女子達と話に花を咲かせていると、リアスが時計を見て立ち上がり、部屋に設置されたカーテンの後ろに移動する。それを見たケリィは部屋から出て行き、丁度一誠達がやって来た。
「は~い、ストップ。早かったわね」
「やぁ、ケリィ君。入れない理由でも有るのかい?」
「もう少し後に来ると思ってたから、部長がシャワーを浴び出したのよ。こういう時は男は待つものよ。……兵藤、聞き耳を立てるのも駄目」
「うっ!」
二大お姉さまとして有名なオカルト研究部部長のリアスがシャワーを浴びていると聞いた一誠はだらしない顔で聞き耳を立てケリィに注意される。その時のケリィは笑っていたが、一誠はまるでナイフを首筋に突きつけられているような感覚に陥った。そして数分後、部屋の中から声が掛かったので三人は部屋に入る。リアスは正面にあるソファーに座っていた。
「急に呼び出して悪かったわね、兵藤一誠君。私達は貴方を歓迎するわ……悪魔としてね」
「!?」
リアスから告げられた言葉に一誠は訳が分からないといった表情をする。その時ケリィは……、
「(夕飯は豆腐ハンバーグで良いかしら? いや、今日は寒いから鍋も良いわねぇ)」
夕食のメニューを何にするか考えていた。
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