アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第10話 天神で遊ぼう!(後編)

一蘭・天神西通り店……

 

 

 

 

一蘭に到着した龍馬達一行。入り口で食券を買って

運良くテーブル個室が空いており、椅子に座る。

 

「……これ、何?」

 

テーブルに置かれた四人分の用紙。そこには"味の濃さ"、"こってり度"、"にんにく"、"ねぎ"、"チャーシュー"、"秘伝のたれ"、"麺のかたさ"とカテゴリ分けされた注文用紙が置いてある。ラーメン屋といえど見慣れない形態に千春もディレットも困惑する。というか、ディレットの場合はまず字を読むところから苦労しているのだが。

 

「一蘭は同じラーメンでもこうやって細かく客の好みに合わせて提供するためにこういうのを書くんだ。ま、あまり偏った好みがなかったりよくわからないなら"基本"って書いてあるのを選ぶのが無難だぜ」

 

勇斗は一蘭のシステムを解説しつつ、既に龍馬と共に注文用紙に書き込んでいる。千春は今回が初一蘭ということもあって言われた通りに無難な"基本"を選ぶ。

 

「私はこれでいいわ。あんたたちはどんな……うわ」

 

龍馬と勇斗が書き込んだ用紙は"こい味"、"超こってり"、"にんにく1片分"などかなり濃厚な設定だ。

 

「あんたたちいつか高血圧で死ぬわよ!ってか、女子が二人もいるんだからにんにくは遠慮してよ!」

 

「えー」

 

「えーじゃない!」

 

「まあ、レディがいるんじゃしゃあねぇよ龍馬。今度は男二人の時に選ぶとしようぜ」

 

「へいへい、わかったよ」

 

龍馬と勇斗はしぶしぶにんにくの欄に×を付けて"なし"に○を書き直した。

 

「リョーマ、これでいいのかな?」

 

「ああ、バッチリだ。まあ、ディレットはまだラーメン自体慣れてないし、無難な選択が一番だろうな」

 

ディレットはまだ慣れない日本語の文字に苦労しながらも注文用紙を書き終えた。

四人が注文用紙を出してから程なくして順番にそれぞれのラーメンが運ばれてくる。

とんこつスープの濃厚な香りが四人の食欲を刺激する。

 

「じゃ、いただきまーす」

 

龍馬は超こってりの濃厚なラーメンのスープにまず口を付けた。龍馬はスープこそラーメンの命だと信じ、必ずスープから口にする癖がある。

濃厚だがしかしまろやかなとんこつスープが胃に染みる。続いてかために設定した麺をすする。やはりとんこつラーメンはカタ麺に限る。そんなことを心の中で呟きながら龍馬はラーメンを食する。

 

「"ふくまる"のおばさんのお店のラーメンも美味しいけど、ここのラーメンも美味しいねリョーマ!」

 

ディレットの箸使いもだいぶ様になった。麺類の食べ方にも慣れたようだ。彼女はラーメンをすすりながら笑顔を見せる。

 

「ま、博多といえばラーメンだからな。うどんも有名だけど。……そういや千春、さっきから黙りっぱなしだけど……って、ああ」

 

「(ズルズル……)な、何よ……」

 

「お前もしかして一蘭のラーメンハマった?」

 

「う、うっさいわね!」

 

さっきから千春は黙々と食べている。ツンツンしてはいるが、ラーメンをすするその時だけは若干顔がほころぶ彼女は若干微笑ましかった。

千春はこの時威勢を張ってはいたが、内心ではとても嬉しかった。

風紀や規律を重要視しすぎるあまり、異性からも同性からも煙たがられる自分という存在。それ故に友達と遊ぶことも今までほとんど無かった。

普段自分が口うるさく注意している龍馬や勇斗、そして異界人のエルフのディレット。彼等といるこの時間がとても新鮮で……楽しかった。

他愛ないやり取りをしつつ、昼食を取り終わった四人は一蘭を出た。

 

「ふー、食った食った」

 

「…………」

 

ポンポンと膨らんだ腹を叩く龍馬の隣で無表情で黙りこくっている勇斗。

 

「ん?勇斗どうした?」

 

「り、龍馬……す、すまん……ちょっと腹が……お、俺店戻ってトイレ借りてくるわ……」

 

勇斗はそう言うと足早に店内にトイレを借りに戻ってしまった。

 

「なに?あいつお腹壊しちゃったの?」

 

「あー……こりゃ一蘭の呪いだわ」

 

「い、一蘭の呪い?」

 

「ああ。一蘭のラーメン食うと腹壊すっていう都市伝説みたいなもんさ」

 

「ええ!?ちょっと!私達大丈夫なのそれ!?」

 

「心配しなくてもいいって。あいつ唐辛子で作られた秘伝のたれたっぷり入れてたろ?カプサイシンの取りすぎで腹壊しただけさ。ま、しばらくはケツがヒリヒリしてたまらんだろうけどな」

 

カッカッカと笑う龍馬。ディレットも隣でクスクス笑っている。

 

「さーて、まだ時間はあるし、あいつが戻ってきたら次はどこに……」

 

龍馬がそこまで言った時だった。彼等の背後から不意に声がする。

 

「あ~れぇ?風紀委員の須崎さんじゃないっすかぁ~?」

 

後ろを向くと柄の悪いヤンキー達が数人、こちらに歩いてくる。

 

「……なんだてめぇらは」

 

龍馬はディレットと千春をかばうようにずいと前へ出る。

 

「あ?てめぇこそ誰だよ……ってよく見たらオメー同じ学年の斎藤とかいう奴じゃねーか。……おい、斎藤よぉ。なんで須崎とつるんでんのか知らねえが、忠告しといてやる。そいつとは関わらねぇ方がいいぜ」

 

ヤンキーの男はどうやら同じ学校の同じ学年らしい。そういえばなんとなくこちらも見覚えがあるような気がする。

 

「どういう意味だ」

 

「こいつはなぁ、俺らが単車をチームで乗り回してるのを学校にチクりやがったんだ。それだけじゃねぇ。他にも色々だ。おかげで俺は今でも停学中だよ。お前も変なこと学校に吹き込まれる前にさっさと離れた方がいいぜ。こいつ、ずっと昔に自分の親父がバイク事故でおっ死んだから俺らみたいなバイク乗りを逆恨みしてんだよ」

 

「っ……!!」

 

その言葉を聞いた千春がわなわなと震えだした。唇を噛み締めてうつむいている。よく見るとその目には涙が浮かんでいる。

 

「おい、てめぇバイク乗りって言ったか?」

 

龍馬の声が低くなる。

 

「あ?」

 

「バイク乗りってことはもちろん、きちんと免許取ってヘルメット被ってジャケット着て人様の迷惑にならないように走ってるんだよな?」

 

「はぁ?んなダッセぇカッコできるかよ!ヘルメットなんていらねーし、免許なんていちいち取ってられねーっつーの!こないだだってサツと追いかけっこしてちぎってやったぜ!」

 

「安心したぜ。お前が見た目通りの奴でよ」

 

「あぁ?」

 

龍馬は鼻でフッと笑う。

 

「まともな装備も着けず、免許も取らず、はた迷惑な暴走行為をカッコいいと勘違いするようなバカにバイク乗りを名乗る資格はねぇ。てめぇみてぇな奴にうろちょろされるから世間からバイク乗り全員がゾクみたいな目で見られるんだ」

 

「あぁ!?んだとコラ!?」

 

「それともうひとつ。触れちゃあならねぇ他人の傷に塩を塗ってしかも女を泣かせるようなヤツはクズ以下もいいところだ。目障りだ……さっさと失せろ」

 

龍馬はヤンキーの男を睨み付ける。

 

「テメ、このっ……調子に乗りやがって……!お前ら!こいつぶっ殺すぞ!!」

 

ヤンキー集団は構えを取り、龍馬へと殴りかかってくる。

 

「ディレット!須崎!下がってろ!」

 

「ええ!……スザキさん、こっちへ!」

 

「う、うん……!」

 

ディレットは千春の手を引き、安全な場所へと待避する。

龍馬と対峙するヤンキーは五人。端から見れば多勢に無勢だ。

 

「む、無茶よ!相手は五人もいるのよ!?」

 

「リョーマなら大丈夫よ。だってリョーマは凄く強いんだから!」

 

ヤンキー五人へ対して臆することなく立ち向かう龍馬。彼は構えを取り、ヤンキー集団に対して応戦を始めた。

 

「オラァッ!」

 

まず先頭のヤンキーの顔面に右ストレートを喰らわせてダウンさせる。右からパンチをしてきたヤンキーの攻撃を受け流し、後ろから後頭部を掴んで地面に思い切り叩きつける。

 

「グヘアッ!」

 

ヤンキーは血と歯を散らしながら動かなくなった。龍馬は続けてそばにいたヤンキーの足を払って転ばせたあと、仰向けに倒れたヤンキーの顔を思い切り踏みつけた。そこへパンチをしてきたヤンキーの拳を片手で受け止め、そのまま一本背負いで投げ飛ばす。残った最後の一人が怖じ気づいているところに頭に向かって強烈なハイキックをお見舞いし、一撃で倒した。

あっという間に五人は倒され、全員地面に倒れてうめき声をあげている。

 

「この程度かよ。てめぇらヤンキーはいつも群れて威勢がいいばっかりで喧嘩の方は歯応えもクソもねぇ。……おい、てめぇ」

 

龍馬は一番最初に声をかけてきたヤンキーを胸ぐらを掴んで無理矢理起こし、至近距離で睨み付けた。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

「てめぇらヤンキーの常套手段はわかってんだ。どうせ喉元過ぎれば逆恨みしてもっと大勢で報復に来るんだろ?来たけりゃ来ればいい……だが、その時は……五体満足で帰れると思うなよ」

 

「は、はひぃぃっ!!」

 

龍馬はより一層鋭い目付きで睨み付ける。龍馬が乱暴に手を離すとヤンキーは這う這うの体で逃げ出していった。

 

「ったく……おい、ディレット、須崎、大丈夫か?」

 

「うん。こっちは平気。さすがリョーマだね」

 

「まあな。伊達に中学の頃から喧嘩してねえよ」

 

右手でガッツポーズを取る龍馬。

ちょうどそのタイミングで勇斗が戻ってくる。

 

「ふぅー……お待たせ。あぁ……まだケツがヒリヒリするわ……」

 

「おせーよ。いつまでクソたれてんだお前は」

 

「悪い悪い。……ん?そこで伸びてる奴等は?なんかあったのか?」

 

「ああ、ちょっと目障りな奴等が喧嘩売ってきてな。軽くのしてやったよ。一人は逃げたがな」

 

「ほう、俺の出る幕はなかったか。さすが龍馬だな。ところで……須崎がさっきから黙りっぱなしだけど他にもなんかあったの?」

 

千春はディレットの後ろで俯いたまま何も言わない。明らかに様子がおかしい。

 

「……どこか静かなところへ場所を移そう。この近くなら警固公園(けごこうえん)とかどうだ?」

 

「警固公園ね。じゃ、移動しますか。……須崎、大丈夫か?」

 

勇斗の問いかけに千春は何も返事をしないが、とりあえず首だけはゆっくりと縦に振る。

ディレットに手を引かれると俯いたままではあるが千春は歩き出す。

 

 

約15分後……警固公園

 

 

西鉄天神駅のすぐ裏に位置する警固公園(けごこうえん)は天神にある比較的大きな公園である。隣には警固神社が隣接しており、たまにイベントも行われているが、何も無い日は都会の真ん中の公園にしては比較的落ち着いた公園である。

 

「ほらよ」

 

自販機に飲み物を買いに行っていた龍馬が温かいお茶を千春に渡す。彼女はそれを受け取り、少し口にした。

 

「どうだ?少しは落ち着いたか?」

 

「うん……ありがと……」

 

ようやく口を開いた千春。だが相変わらず元気がない。

 

「無理にとは言わないが……よかったら話してくれ。お前の親父さんのこと。さっきのアイツはバイク事故でお前の親父さんが亡くなったって言ってたが……」

 

しばらく黙っていた千春だったが、やがてゆっくりと話し出した。

 

「……私のお父さんね、私が七つの時にバイクに乗ってて事故で亡くなったんだ。その時お父さんは安全運転してたのに……暴走族の無茶な運転に巻き込まれて……その時の暴走族は捕まったけどまだ高校生ってこともあって大した罰は受けなかった」

 

千春は俯いたまま、ゆっくりと話を続ける。

 

「バイクに乗るお父さんはとてもかっこよかった。後ろに私を乗せて走ってくれた時だってたくさんあった。"いつかお父さんみたいにバイクに乗りたい"なんてことも言ったっけ。……でもお父さんが事故で亡くなってからは私はバイクが嫌いになった。私からお父さんを奪ったバイクとバイクに乗る人間全てが敵に見えた。特に暴走族みたいな不良は私にとって絶対に許せない存在になった」

 

「……お前、だから昔俺と勇斗がバイクに乗ってて会った時にあんなに怒ってたのか……」

 

昔、たまたま勇斗とのツーリングの帰りに立ち寄ったコンビニでコーヒーを飲んでいたら彼女に遭遇した時のことだ。

あの時異常なまでに龍馬達を罵っていたのはその過去が原因だったのだ。

 

「……悪いな、須崎。嫌なことを思い出させちまった」

 

「……ううん、気にしないで。私が過去に囚われ過ぎてただけ。私ももう気にしてないから」

 

口ではそう言う千春だが、その目には涙が浮かんでいる。それでも無理に笑顔を作ろうとする彼女を見て三人は余計に辛くなった。

 

「……スザキさん、手を出して」

 

「……え?」

 

ディレットが千春の手に何かを握らせた。

それはディレットの母マリアが作ったオルディオの大樹の葉のお守りだった。

 

「私の世界、トルトの森の奥地にあるオルディオの大樹の葉のお守りよ。精霊が宿ると言われているの」

 

何故だろう。このお守りを握ると不思議と心が落ち着く。

 

「エルフの民の言い伝えではこの世の生きとし生けるものの魂は肉体を失うとこの大樹に還り、精霊となって子孫を見守り続けると言われているの。ここは私の住む世界とは違う異世界だけど、きっとスザキさんのお父さんもあなたをずっと見守っているはずよ。だから……そんな顔をしないで。お父さんが見たらきっと悲しむわ」

 

「ディレット……」

 

お守りを握って目を閉じると見えてくる父の姿。まるで今でもそこにいるかのように。

優しくてかっこよかった、誰よりも大好きだった父。

父は確かにここにいる。今も自分のそばに、ずっと。

 

「……お父さん……うぅっ……お父さん……」

 

堪えきれずにこぼれる涙。しばらく泣き続ける彼女の肩を彼女が泣き止むまでディレットは優しく抱き、龍馬と勇斗は無言で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、ようやく彼女は落ち着いたようだ。目元はまだ赤いが。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「……うん、迷惑かけたわね」

 

「気にするな。誰にだって辛い過去のひとつやふたつある。さ、気を取り直してまたどこか行こうぜ。なんか行きたいとこあるか?」

 

龍馬がそう言うと千春はしばらく考え込んだあと、ある提案を出した。

 

「ねぇ……斎藤と城島ってバイク乗ってるんだよね?なら二人がバイクを買ったお店に行ってみたい。私、バイクを見てみたいんだ」

 

「あぁ、構わねえけど……一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「さっきのでバイクに対する抵抗感吹っ切れちゃってね。私も興味出てきたんだ」

 

「……いいぜ。なら行こうか」

 

千春の希望に沿って、龍馬達は自分がお世話になっている店・マックスモータースに行くことにした。

しばらくして店に着くとおっちゃんが店のガレージでバイクの整備をしていたので声を掛ける。

 

「おっちゃん、ちわーす」

 

「おう、龍馬じゃねーか。なんだなんだ?今日はやけにゾロゾロ来てるなぁ」

 

おっちゃんは工具を置き、店先に出てくる。

 

「ああ、今日はこいつがバイクを見たいって言うから連れてきたんだ」

 

龍馬は親指で千春を指差す。

 

「おう、そうかい。女の子がバイクに興味を持ってくれるのは嬉しいことだ。野郎ばっかりの世界だからよ。たまには華がねえとな、華がよ」

 

ガハハ、とおっちゃんは笑う。しかしおっちゃんは千春を見ると表情を変え、まじまじと見つめ始めた。

 

「……ん?お嬢ちゃん、どこかで会わなかったか?」

 

「え?私ですか?」

 

「ん?須崎お前、おっちゃんと会ったことあんの?」

 

龍馬がそう言った時、おっちゃんの表情が曇る。

 

「須崎……?今、須崎って言ったか?お嬢ちゃん、あんたもしかして須崎恭介の娘かい?」

 

「え!?父を知っているんですか!?」

 

「知ってるも何もあいつはガキの頃からこの店に来てたよ。……ったく、あのバカ野郎はこんなかわいい娘残して勝手におっ死んじまいやがってよ……」

 

おっちゃんはそう言ってしばらく黙る。

聞けば、須崎の父である恭介は高校生の頃からこの店に来ていたらしい。

必死にアルバイトして貯めた貯金で念願のバイクを買って以降はこの店でよく駄弁ったり、おっちゃんの手伝いをしていたそうだ。

 

「そうかぁ……あの時の小さい子が今じゃもう高校生か……はは、あんたあいつの高校生の頃にそっくりだよ」

 

「……お父さんが……このお店に?」

 

その様子を後ろから見ていた龍馬はふと、呟く。

 

「不思議なこともあるもんだなぁ。まさか俺らの行きつけの店を須崎の親父さんも使ってたとはな」

 

「なんかの巡り合わせだったんだろうな。運命ってのはたまに気まぐれなことしやがる」

 

「もしかしたらスザキさんのお父さんがこのお店にスザキさんを導いたのかもしれないわ」

 

おっちゃんと話す千春を後ろから見守っているとおっちゃんは思い立ったようにある提案をする。

 

「千春ちゃん……バイクに乗る気はあるかい?」

 

「え?」

 

「免許を取るかって話だよ。あんた、龍馬と同じ学校だからバイクOKだろ?」

 

「えと……その……」

 

はっきりと答えきれない千春。彼女の中にはまだ迷いがあるようだ。

 

「……ついてこい。見せたいものがある」

 

おっちゃんはそう言うと店内に並べられた商品のバイクの一番奥にあるカバーをかけたバイクに向かった。

 

「あれは……」

 

龍馬や勇斗がこの店に来たときからずっとあるカバーがかかったままのバイク。

おっちゃんはこのバイクを誰にも触らせようとしなかった。以前、勝手にカバーを取ろうとした客を怒鳴って追い返したほどだ。

そしておっちゃんはカバーをバイクから取る。

その下にあったバイクとは……

 

「おっちゃん……!これ……!」

 

「店長さん……このバイクは?」

 

「スズキ・GSX-R250。1987年に発売されたR250の最古モデルだよ」

 

GSX-R250。スズキのSSバイクで1987年式の250ccモデルだ。GSX-Rシリーズの末弟として作られたマシンである。

 

「そして、千春ちゃんの親父の恭介が君と同じ年の時に乗っていたバイクだ」

 

「えっ!?」

 

「あいつはな、大型に乗り換えてからも『いつか娘が大きくなったらバイクの免許を取らせて一緒にツーリング行くのが夢だ』っていつも嬉しそうに言っててな。そのためにこいつを俺に預けてたんだ。いつか君がバイクに乗るときのために。

普通はこんなことやらねぇんだけどな、何故か俺はこいつを預かっちまった」

 

おっちゃんはGSX-R250のシートをポンポンと叩く。

綺麗に手入れされた黒いボディ。そのボディに金色で"SUZUKI"、"R"、"GSXR"とロゴが書かれている。

 

「お父さんが……これを……私に……?」

 

「ああ。しかしあいつが事故で亡くなってからはもうこいつをクソ真面目に毎日手入れして保管しなくてもよかったし、売りに出してもよかったのに俺は何故かこいつを手放せなかった。『いつか然るべき人間の手に渡る時が来るんじゃないか』、って考えてな。千春ちゃん……エンジンかけてやるからちょっとまたがってみな」

 

「は、はい!」

 

千春はおっちゃんの手を借りてバイクにまたがり、エンジンをかける。

水冷DOHC4バルブ直列4気筒エンジンの音が辺りに響き渡る。

 

「……今この視点を……お父さんも……」

 

かつて父が自分と同い年の時に見た景色。

残念なのは今の彼女ではこれを動かせないことだ。その時彼女はある決意を固めた。

 

父の遺したこのマシンに乗って、父と同じ道を歩みたいと。

 

「……店長さん」

 

「……なんだい?」

 

「私、バイクの免許を取ります。だから、もうしばらくこのバイクを預かってくれませんか?」

 

「……ああ、任せろ。いつでも走り出せるように最高のメンテナンスを施しといてやる」

 

「ありがとうございます……!」

 

父が自分のために遺したマシン。

"いつか娘と2台でツーリングをしたい"。父のその夢はもう叶わないがーーそれでも父が遺したそのマシンを精一杯大切にしたい。そして父がかつて見たであろう、このマシンで走った景色を自分も見たい。千春はそう強く思った。

 

「あの須崎がバイクに乗るなんて言い出すとは……人生何があるかわかったもんじゃないな」

 

「ああ、確かにな」

 

「でもスザキさんの目、とっても輝いてる。亡くなったお父さんもきっと喜んでいるはずよ」

 

千春の様子を後ろで見守る三人。バイクにまたがる彼女は見違えるように生き生きとしていた。あんな千春の顔を見るのは龍馬達も初めてだ。

 

「須崎」

 

龍馬はバイクにまたがる千春に近付き、話しかける。

 

「な、何?」

 

「バイクの免許取得、頑張れよ」

 

「あ、ありがと……でも……」

 

「ん?」

 

「その前にまず中間テストでしょ?」

 

「………………えっ?」

 

龍馬の目が点になる。

 

「中間テスト近いんだからまずはそっちを頑張らないと。あんた達もよ」

 

「ええーー!?普通ここでテストの話題出すーー!?」

 

「何言ってんのよ。学生の本分は勉強でしょ。先にやることやらないと」

 

「お前……うちの母親みたいなことを……」

 

龍馬はため息を付きながらやれやれという感じで肩をすくめた。おっちゃんは隣でワハハ、と笑っている。

 

 

千春の父・恭介が遺したマシン、スズキ・GSX-R250。

亡き父から娘へと時を経て受け継がれる魂。

かのマシンが再び走り出す日はそう遠くないだろう。

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