忘却の谷でアンデッドの武器商人ルシアンテから銃器という強力な武器を得た龍馬とディレットは谷を抜け、少し急な斜面を慎重に下り続けた。やがて勾配は緩やかになり、徐々に麓に近づいてきた。それにしても……
「結構寒いな」
「"厚着してるからだいぶマシだけどね"」
ソフォスの言うとおりこの時期のレスター領はかなり寒くなっている。雪が降っていないのが幸いだ。雪の上ではバイクは役に立たない。龍馬とディレットはヒートテックのインナーを上下に着込み、分厚いフリースの上からジャケットを羽織って厚手のカーゴパンツを履いているのでだいぶ寒さは緩和されているが。既にこの土地の草木は枯れつつあり、冬の訪れを感じさせる。
寒い中バイクを走らせること約二時間。丘の上に立つ古城とその眼下に広がる古い町並みが見えてきた。
「"リョーマ!あそこ!あれがレスター卿の城があるロヴィクラムの町だよ!"」
「やっとか!よし、もう少しだな!」
褪せた色の煉瓦の家が風情を漂わせるロヴィクラムの町はレスター卿のお膝元の町だ。建ち並ぶ家の煙突からは煙が立ち上ぼり、作物が育ちにくい土地故にこの町の人々は現在厳しい冬を越すための準備で大忙しである。木枯らしが吹く中、越冬の準備をする人々を狙ってか、備蓄のための作物や薫製肉などの食料品を積んだ商人の馬車が頻繁に出入りしているのがここからでもわかる。
龍馬とディレットはロヴィクラムの入口までやってくるとゆっくりとバイクを進めた。見たこともない謎の乗り物に多くの人々が目を丸くして驚いている。町の大通りを抜けて丘の街道を登り、ついにレスター卿の古城・ロヴィクラム城まで辿り着いた。龍馬はバイクから降りると正門を開けようとするが鍵がかかっていて開かない。
「こんちわー!誰かいませんかー!?レスター卿ー!?」
ガシャガシャと門を叩き、大きく叫んでみるが反応はない。城には人の気配は感じられず、ひっそりと静まり返っている。
「んだよ……そっちから呼んでおいて返事のひとつも無しかよ……」
「もしかしたら出掛けてるのかも。リョーマ、一旦町に戻って情報を集めてみようよ」
「仕方ねえな……じゃあ戻るか」
寒い中このまま待つわけにもいかないので二人は一度町へと戻ってレスター卿に関する聞き込みを行うことにした。ディレットが酒場を発見し、そこへ二人で入ることにする。
中へ入ると一斉に二人へ客達の視線が向けられた。こんな格好をしていては無理もないが。二人はカウンターに座り、とりあえず食べ物を注文する。そこで酒場の店主から情報を聞き出すことにした。
「すみません、私達ジョセフ・レスター卿にお呼ばれしてここまでやってきたんですけど、お城に行っても反応がないんです。何かご存知ですか?」
「ん?レスター様かい?ああ……あの方とご家族は昼間は城の外には出てこないよ。用があるなら夜を待って行くといい」
どうやら何かしら事情があるようだ。レスター卿に会うためには夜間に城を訪ねなければいけないらしい。龍馬はその理由を聞いてみる。
「あの……どうして夜じゃないとダメなんですか……?」
「それは……すまない、私の口からは言えないよ。レスター様に口止めされててね。とりあえず行けば自ずと明らかになるさ。ああ……別に命の危険があるとかじゃないからそこは心配しなくていいよ。ちょっと変わってるがレスター様は本当にいい領主様だからね」
店主の男性はそう言って作業に戻る。どうやら嘘をついているわけではなさそうだがレスター卿が夜にしか会えない事情を彼は語ろうとしない。レスター卿本人に口止めをされているとなればおそらく町の住人のほとんどがそれを喋ることはないだろう。ここは大人しく夜まで待つしかなさそうだ。
温かいスープによる食事で冷えた身体を暖めた龍馬とディレットの二人はこれからのことを話し合い、酒場を出た。夜まではまだ時間があるのでせっかくここまで来たのだしロヴィクラムの町を軽く観光するのもいいかもしれない。この町は帝都ほどではないがそれなりの広さがある。あちこち回っていればそのうち夜も更けるだろう。二人はニット帽を被ってバイクを押しながら歩きつつ、ぶらぶら町を散策する。
「わーい!」
「待てーっ!」
龍馬達の後ろから鬼ごっこをしている幼い二人の兄妹が駆け抜けていく。自分達がこれだけの厚着で震えている寒さの中、子供達は元気そのものだ。龍馬はそんな光景を微笑ましく思った。だが……
「きゃっ!」
「……あぁ……?」
なんと女の子の方が前を歩いていた男達にぶつかってしまう。その男達は各々が剣や槍を所持している傭兵のようだがかなりガラが悪い。ぶつかった女の子は震えて怯えており、追い付いた兄らしき子供が代わりに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!わざとじゃないんです!」
「わざとじゃなけりゃ許されるとでも思ってんのか、コラァ!このクソガキが!」
「うわぁっ!」
「お兄ちゃん!」
女の子の兄は男に弾き飛ばされ、その場に倒れてしまう。女の子は倒れた兄に駆け寄ると涙を流しながら未だ震えている。そんな子供達を睨み付けている四人の傭兵達の男のうち、スキンヘッドの男が下卑た笑みを浮かべながらリーダー格の男に言い寄った。
「兄貴!このガキどもの親のところに案内してもらって有り金ふんだくるってえのはどうです?へへへ……」
「なるほど、そいつぁいい考えだ。おいガキども!テメェらのパパとママのところへ案内しな!子供の責任は……親が取らねぇとな?」
「い……いや……!」
怯える女の子の首根っこを掴もうとリーダー格の男が手を伸ばす。その瞬間だった。
「へへへ…………痛でぇっ!?」
突如として水汲み用のバケツが飛んできて男の顔右側面にぶち当たる。跳ね返ったバケツが地面に落ち、ゴロゴロと音を立てて転がった。
「あ、兄貴!!……ちくしょう、誰だっ!?」
スキンヘッドの子分の男が睨んだ先には……おかしな格好をした黒髪の少年とこれまたおかしな格好をしたエルフの女が一人。言わずもがな、龍馬とディレットである。
「謝ってる子供に手を上げるなんざケツの穴小せえクソ野郎どもだ。……ディレット、子供達を頼む。俺はこいつらシメてやるからよ」
「うん、やっつけちゃって、リョーマ!」
ディレットは兄の男の子を背負い、妹の手を引いて素早く離れた。男達と対峙した龍馬は拳をゴキゴキと鳴らし、対する男達はそれぞれが武器を構えて立ちはだかる。
「テメェ……ガキの分際でイキリやがって……!」
「イキってんのはお前らだろノータリン。なんだ?傭兵ってのは子供泣かせるくらいしか出来ない臆病者の能無しばっかなんだな。ヘソで茶を沸かせるくらい笑える話だぜ。その武器はオモチャか?え?ほら、お兄ちゃんが遊んでやろうかボクちゃん達?」
龍馬はこれ以上ないくらいに傭兵の男達を煽る。その言葉の数々に男達は激昂し、遂に龍馬に襲い掛かってきた。
「このっ……!もう許さねえ!八つ裂きにしてやる!!あの世で後悔しな!!」
龍馬に向けて次々と武器を振りかぶる男達。しかし龍馬はいとも容易く男達の武器を軽々とかわす。そして隙を見て近くにいた長髪の男の髪を引っ付かんで引きずり倒すと顔面に強烈な拳の一撃をお見舞いする。
「オラアァァッ!!」
「げふっ!!」
さらにだめ押しの一撃で顔面ストンプ攻撃で完全に撃沈。まずは一人。さらに斧を振りかぶって襲い掛かる男がその得物を振り下ろす前に懐に飛び込んで鳩尾に拳の連打を浴びせる。
「オラオラァッ!!」
「げふうっ……!!」
斧を落とし、男が腹を押さえた瞬間に強烈なアッパーを顎に直撃される。これで二人だ。そしてスキンヘッドの男が龍馬を串刺しにしようと槍を突き出すが龍馬はそれを避けると逆に槍を奪い取り、槍の柄を男の顔面に何度も叩きつけた。スキンヘッドがふらついた瞬間、龍馬は槍を捨てて男の頭を掴み、自身の膝に思い切り顔面を叩き付ける。
「どりゃああ!!」
「ぶへっ!!」
スキンヘッドは鼻血を噴き出しながらその場に崩れ落ちた。残るはリーダー格の男だけだ。龍馬が振り向くとリーダーは剣ではなく、小型のクロスボウを龍馬に向けている。
「へ、へへ!なかなかやるようだがいくらテメェでも飛んでくる矢はかわせまい!大人しく手を上げやがれ!」
「……」
龍馬はゆっくりと手を上げるとやれやれ、といった表情で首を振る。男がクロスボウを構えたまま龍馬に近づこうとした、次の瞬間。
突如、辺りに凄まじい轟音が響いた。
まるで何かが爆発するような音がした瞬間、男は自分の持っているクロスボウが破壊され、吹き飛ばされていることに気付く。一体何が起きたのか理解出来ないまま男はその場にへたり込んだ。
そして龍馬はというとーーーー右手にモーゼルC96を構えて立っており、その銃口からは硝煙が上がっている。
「こいつは鉛の弾を飛ばす武器でね。矢よりも早い。さて……どうするんだ?」
鉛の弾?矢より早い?……男は目の前の少年と彼が構えた謎の武器のようなものにただならぬ恐怖を感じ、抜けた腰を何とか立たせると悲鳴を上げながら逃げていった。あれはーーーーとても太刀打ちできるような存在ではないと本能で悟ったのだ。
「ひ……ひぇぇっ!!」
「あ、兄貴ぃ!!」
「お……置いてかないで……!!」
逃げ出したリーダーを追って龍馬にボコボコにされた男達も慌てて後を追って逃げ出す。龍 龍馬は男達が完全に逃げたのを確認するとモーゼルをホルスターにしまった。そこへ子供達を保護したディレットがやってくる。
「もう……リョーマ、"人に向けて撃たない方がいい"ってルシアンテさん言ってたじゃん」
「武器を狙っただけだからセーフ。……あー、いてて。カッコつけて片手で撃ったから手が痛てぇよ」
屁理屈がましいが要は相手を直接撃たなければいいのだ。あくまで威嚇や戦意喪失程度に留めておけばいい。手は痛むが、訓練のおかげか射撃精度も最初よりは良くなっている。クロスボウ程度の的ならあの距離からでも充分に撃ち抜ける自信があった。
ディレットは背負っていた男の子を下に下ろし、助けられた子供達は兄妹揃って龍馬達に頭を下げてお礼を言う。
「あの……助けてくれてありがとうございました!」
「魔法使いのお兄ちゃん達、ありがとう!」
「はは、前には気を付けろよ。ああいう悪いヤツがいたりするからな」
「はい!」
兄の男の子はもう一度龍馬とディレットにお辞儀をして礼を述べると妹の手をしっかりと握りつつ引きながら去っていく。その背中からは妹を守るという兄の決意が幼いながらも表れているように感じた。
ふと、周りを見渡すと銃を大っぴらに使ってしまったせいか、人々の視線が龍馬達に向けられていることに気付いた。子供を暴漢から救ったとはいえ得体の知れない武器を使う人間など人々からしてみれば未知の恐怖でしかないのだ。龍馬達は視線から逃れるようにしてそそくさとその場を後にする。町の外の平原で焚き火を焚いた龍馬とディレットは仕方なくここで夜が来るのを待つことにした。
やがて日が沈み、ようやく龍馬達はロヴィクラム城へと向かう。寒さに震えながら龍馬は門に近づいた。
「う~寒み寒み。全くついてないぜ」
「誰のせいよ、誰の。リョーマがあそこでいきなり銃ぶっ放すからでしょ。だから町にいづらくなったんじゃん。トリガーハッピーもいいとこだよ」
「……サーセン」
一発しか撃ってないのにトリガーハッピーとは不名誉にも程があるとは思うがディレットの言うことがもっともだ、と龍馬は自分の行いに若干の後悔を抱きつつ、ロヴィクラム城の門に手をかける。すると門の鍵は開いており、ギィィ、という金属の軋む音を立てながら門は開いた。二人はバイクを門の中まで進めると門を丁寧に閉じた後に城の入口前まで来た。
「レスター卿!いますかー!?お邪魔しますよー!」
言うが早いか、龍馬は取っ手に手をかけて大きな扉を開く。扉は大きさの割に案外軽く、あっさりと開いた。中には広大なエントランスが広がっており、数々の燭台とシャンデリアに灯った灯りが美しくも不気味な城内を妖しく照らしていた。
灯りがあるということは誰かがいるのは間違いないが今のところ人影や気配は確認出来ない。龍馬達がキョロキョロと辺りを照らしていると突如、灯った灯りがまるで意思があるかのように一斉に揺らめいたかと思うと次の瞬間にはエントランスは闇に包まれてしまった。
「おい!何だよ!?……クソッ、ディレット!武器を構えろ!俺から離れるなよ!」
「う、うん!」
ただならぬ状況に龍馬はモーゼル、ディレットはM1911A1を右手に構え、お互いに背中合わせでハリエス・テクニックでフラッシュライトと同時に銃の照準を向けて万が一の奇襲に備える。
ライトで周囲を照らす。……何かがいる気配はない。くまなく見回すが何も見つからない。
「異世界の客人よ……ようこそ……我が城へ」
その瞬間、エントランスに低い男性の声が響いた。どこか気品のある、しかし言い知れぬ威圧感を含んだ声。龍馬とディレットはゴクリと唾を飲みつつ、銃の構えは崩さない。
二人がエントランス中央にある二階への階段の上辺りを照らした瞬間、大量のコウモリがギーギーとけたたましく鳴き声を上げながら龍馬とディレットを包み込むように飛び交い、そして通りすぎる。二人が思わず顔を覆い、目を開けるとエントランスの奥から徐々に燭台に再び火が灯り、辺りを照らしていく。すると灯りが灯ったエントランス中央部の階段の踊り場にモノクルをつけた黒い礼装を纏った男性が立っている。銀髪の髪や髭は綺麗に整えられており、気品を感じさせる佇まいだ。
「ふむ、少年よ。君がベルスティードの言っていた異世界人だな?そして異世界で暮らすその仲間のエルフの少女……ふむ……ふむふむ……確かに話と一致している」
男性はこちらを見ながら手を顎に当て、何度も頷いている。龍馬は銃を下ろし、おそるおそる尋ねた。
「あなたが……レスター卿?」
「いかにも。私がこの領地を治めるレスター家当主、ジョセフ・ロヴィクラム・レスターである。遠方はるばるようこそ、少年達よ。歓迎しよう。だがその前に……」
レスター卿がそう言った瞬間、龍馬は信じられない光景を目にする。いきなりレスター卿が煙のようになったかと思うと一瞬で龍馬の前に出現したのである。慌てて後ろに尻餅をついた龍馬はフラッシュライトとモーゼルを床に落としてしまった。ディレットもそれを見て目を丸くし、後ろに後ずさりする。
「失礼、驚かせてしまったかな。すまない、わざとだ。許してくれたまえ。おや、これは君の武器のようなものかな?ふむ……ふむふむふむふむ……おお!実に興味深い!」
レスター卿はモーゼルを拾い上げると右目につけたモノクルを調節しながらくまなくそれを観察し、次にスイッチが入りっぱなしのフラッシュライトを手に取った。
「ほう……ほう……これは……火を必要とせずに辺りを照らせる異世界の松明か!これもまた興味深い!……ふむ、太陽と違って影響はないようだ。ひとまず安心、と言ったところか。おっと、失礼。話には聞いているとは思うが私は珍しい物には目がなくてね。お客人をついほったらかしにしてしまった。非礼は詫びよう。これはお返しするよ」
レスター卿がパチンと指を鳴らすと手に持っていたモーゼルとフラッシュライトはなんと宙にフワフワと浮いて龍馬へと近付き、勝手に開いたホルスターとバックパックにひとりでにしまい込まれていった。あまりに信じがたい光景に龍馬もディレットも唖然とする。
「立ち話もなんだ。食堂にご案内しよう」
再びレスター卿がパチンと指を鳴らす。すると龍馬達から見て左側にあるホールの扉がひとりでに開く。向こう側の部屋には真っ白なテーブルクロスが掛けられた大きなテーブルが設置してあり、扉の向こうからは眼鏡をかけて燕尾服を着た温厚そうな白髪頭の老人が現れた。おそらくは執事だろうか。いかにも"セバスチャン"という名前っぽそうな外見である。
「セバスチャン、例のお客人だ。丁重におもてなしをしてくれたまえ」
「かしこまりました、旦那様」
……本当にセバスチャンという名前だった。
「マジでセバスチャンで草」
「草?何のことかね?草など見当たらないが……」
「あ、いや、こっちの話です」
「……ふむ、まあよかろう。では、ついてきたまえ。冬が近いのでね。あまり質のいいものはないが、最大限にもてなさせてもらうよ。それがソフォスとの約束だからね」
食堂に向けて歩き出すレスター卿。龍馬とディレットもその後に続いた。
食堂に入ると一番反対側にある上座の豪華な椅子にレスター卿は座った。龍馬とディレットもその近くにある椅子に適当に座る。
「さて……食事が出来るまで少し時間がある。改めて自己紹介をしておこうか。私はジョセフ・ロヴィクラム・レスター。レスター家当主にして誇り高き"ヴァンパイアの一族"である」
「……ヴァンパイア!?」
「やっぱり……」
ヴァンパイア。美女の生き血を啜り、悠久の時を生きる夜の一族。龍馬は驚くがディレットは薄々気が付いていたようだ。彼女はこの城に来た時から異様な魔力を感じ取っていた。そしてレスター卿が見せた高度な魔術の数々。あれは一介の魔法使い程度では到底使いこなせないレベルだ。
「ひとつお尋ねするが……ここに来るまでに民達が私のことについて話すと口をつぐまなかったかね?」
「……はい、昼間に来たら城が開いてなかったので酒場に行って聞いたら……」
「ふむふむ。そうだろう。酒場の店主から聞いたかもしれぬが私が民達に口止めしているのだ。何故か?私がヴァンパイアであるという事を隠していれば客人は私に会った時に大いに驚いてくれるからさ。実際君は私の魔術を見ていい反応を見せてくれたよ。いや、実に愉快だった。……失礼、悪気はなかったのだ。だが人を驚かせるのは私の趣味であり
「……なんつー領主サマだ」
龍馬はため息をつく。変わり者と聞いてはいたが変わり者どころではない。果てしなくめんどくさい人間、いや、ヴァンパイアだった。そういえばソフォスが彼について話す時、所々口ごもるような反応を見せたがこれが原因か。これは帰ったら文句を言わねば。
だがそんな龍馬の心を見透かしているのかのようにレスター卿は語る。
「ああ、ソフォスを責めないでやってくれたまえ。私が黙っておくように伝えたのだ。理由は先ほど述べた通りだよ。おっと、失礼。君達の名前を聞いていなかったな。名はなんという?」
「龍馬……斎藤龍馬です」
「私はディレット・アドミラシルです」
「リョーマに……ディレットか。よろしい。君達をここへ呼んだのは他でもない。私は君達とただ話がしたかっただけなのだ。身も蓋もない言い方をすれば私の暇潰しに付き合ってほしいということだ。ああ、気を悪くしないでくれたまえ。ヒトとヴァンパイアでは"暇潰し"の重みはだいぶ違ってくるのでね」
レスター卿は言う。悠久の時を生き、絶大な魔力を持つヴァンパイア故に持ち合わせる悩みがあると。それは"退屈"である。如何なる娯楽もいつかは飽きる。いかに美味い酒や料理も必ず飽きる。人間よりも遥かに永い時間を生きるヴァンパイアにとって"暇潰し"とは死活問題なのだ。
「聞けば異世界にはこちらの世界にはない珍しいものや娯楽が沢山あると言うではないか。しかし私はヴァンパイア故に太陽の元には出られぬ。だが異世界の話は是非とも聞いてみたい。もちろん礼はしよう。わざわざこんな
レスター卿は手を擦り合わせ、龍馬達の話を心待ちにしているようだ。ここで龍馬は秘密兵器を登場させることにした。領主と会うと聞いて母の涼子が用意してくれたお土産だ。龍馬はレスター卿に断って一旦城の外に出るとバイクのパニアケースから紙袋を取り出す。そして再び食堂に戻るとその中身をレスター卿に渡す。
「どうぞ、レスター卿。俺の故郷のお菓子です」
「何、異世界の菓子だと。これは興味深い。こちらが呼びつけたというのに手土産とは。何だか申し訳なさもあるが、せっかくの土産だ。ありがたくいただくとしよう」
紙袋から取り出したのはそれぞれ金と銀の包装がなされた菓子。レスター卿は興味津々、といった感じだ。龍馬は箱を開けてやり、まずは金の方から個別包装された菓子をレスター卿に差し出す。彼は包装をしばらく眺める。
「ふむ。不思議な材質の包み紙だ。これを開けて食べればいいのだな……おお!これは焼き菓子の一種か!甘く上品な香りが漂っている!どれどれ……むっ!?」
レスター卿は中身を取り出し、一口食べる。その瞬間にほっくりとした柔らかい食感が口の中に広がり、それと同時に濃厚で、しかし優しい甘さが至福のひとときを与えてくれる。
「う~む!なんと素晴らしい味だ!永い時を生きてきたがこのような菓子は食べたことがない!」
「レスター卿、銀色の方はちょっと違った菓子なんですよ」
「何!それは聞き捨てならぬな!どれ、こちらも……むう?」
レスター卿が開けた銀色の包装の菓子は黄金のような先ほどのものと違い、真っ黒に近い茶色の"何か"がかかっており、お世辞にも見た目はよろしくない。
「な、何かねこの黒いような……茶色いような……謎の菓子は……」
「食べてみてください、美味しいですよ」
珍しくレスター卿が困惑している。鼻に近づけて匂いを嗅いでみるが……甘く美味そうな香りがしている。レスター卿は意を決してそれを食べてみた。すると……
「う……美味い!なんだこれは!?先ほどとは違う、ほのかに苦味のある……それでいて濃厚な甘さが口の中に広がってゆく。これは何かのソースのようなものか!?リョーマよ、これは一体何という菓子なのだ!?」
「それは福岡・博多のお土産のひとつで"とっとーと。"というお菓子です。芋を使って作られてる菓子の一種なんですよ」
「イモ?」
「こちらで言うとこのポルタットです。サツマイモという甘い味がするポルタットの一種から作られています」
「なんと!これがポルタットの一種とは!しかも甘いポルタットだと!?異世界にはそのような素晴らしい食材があるのだな!"トットート。"……ううむ、ますます興味深い!」
"とっとーと。"は如水庵が販売する博多のお土産のひとつ。"博多よかいも"と呼ばれるサツマイモから作られた焼き菓子で歴史は比較的新しいがこれもまた人気のお土産のひとつだ。さらに普通のとっとーと。にチョコソースをかけたものも販売されており、二種類の味わいが楽しめる。
「むう……もう少し食べたいところだがもうすぐ食事が出来上がる。これはティータイム用にとっておくとしよう。いやはや、リョーマにディレット。君達のおかげだよ。お茶の時間がこんなに楽しみだと感じたのは。数年……いや、数十年ぶりかもしれぬな」
どうやら博多のお土産・"とっとーと。作戦"は大成功だったようだ。ちなみにソフォスにも同じものを渡してある。モニカと二人で美味そうに食べていた。
そんな時だ。レスター卿が残りの菓子をいそいそとしまっていると食堂の暗がりから声が聞こえたのは。
「あらぁ。美味しそうなお菓子ねぇ。ねぇ、あなたぁ。
……現れたのは背中に悪魔のような羽を生やし、大胆な露出を施した妖艶なドレスを身に纏った美女だった。