アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第96話 ロヴィクラム冒険者ギルド

暗がりから現れた妖艶な美女。ドレスの胸元は大きく開いて豊満な胸の谷間が露になっており、黒いドレスのスリットからは(なまめ)かしい足を覗かせており、目のやり場に困る。

……どう考えても……サキュバスにしか見えない。多分"リリス"とかいう名前だぞ、と予想する龍馬。

 

「おお、我が愛しの妻よ。お前も食するがよい。ただにほどほどにな。……紹介しよう。我が妻でサキュバスのリリスだ」

 

「よろしくねぇん、坊や達」

 

やっぱりな、と心の中でつぶやく龍馬。セバスチャンといい、リリスといい、外見通りの名前で王道すぎるだろ、とツッコミを入れざるを得ない。リリスはこちらに歩み寄ってくると"とっとーと。"をひとつ取って包みを開け、食べ始めた。

 

「う~ん、お・い・しっ。うふふ、これが異世界のお菓子なのねぇ。とても素敵な味だわ。ところであなた、お名前は?」

 

「り、龍馬。斎藤……龍馬です」

 

「変わったお名前ねぇ。リョーマ君、美味しいお菓子をあ・り・が・と。とても美味しかったわよぉ。でも(わたくし)としてはぁ…………」

 

突然リリスは龍馬のすぐ近くにまで歩み寄ってくる。豊満な胸を揺らしながら近づくその姿はあまりにも刺激が強すぎる。そのせいで隣のエルフが鬼と化していることに気付かない龍馬。

 

「あなたの方がぁ……美味しそうかもぉ……うふふ……」

 

リリスの妖艶で美しい顔がすぐ目前まで迫る。吐息を感じるほどの距離。あと少しで彼女の艶のある唇が触れそうだ。そんな龍馬の足をテーブルの下で踏みつけるディレット。しかし……

 

「(あ、あれ……)」

 

思いきり足を踏みつけたというのに龍馬は全く痛がる素振りを見せない。何かがおかしい。さっきからぼんやりとリリスの顔を見つめたままで上の空だ。

 

「こら、リリス!やめないか!お客人が迷惑しているだろう!」

 

「えぇ~……だってぇ~久しぶりの若くて精気の溢れた男の子なんですものぉ~……ちょっとつまみ食いしても……」

 

「ならぬ。客人に対しては礼節を弁えよと言っているであろう」

 

ディレットはそこで気付いた。"夢魔"と呼ばれるサキュバスの力。男を魅了するその魔性の力……"誘惑(テンプテーション)"だ。サキュバスに魅了された男性は正常な判断能力を失い、彼女の虜となってしまう恐るべき力。レスター卿が一喝し、名残惜しそうに龍馬から離れてからも龍馬はぼんやりとして名前を呼んでも反応がない。見かねたレスター卿がパン、と強く手を叩くと龍馬はビクッとしてようやく正気に戻ったようだ。

 

「あ……あれ……何か今頭がボーッとして……いてっ、何か足が痛いんだけど……」

 

……知らぬが仏。さっき足を踏みつけたことは黙っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来上がった食事をセバスチャンがワゴンに乗せて運んできた。レスター卿は「あまり質のいいものではない」と言っていたがそんな言葉を感じさせないほどに美しく豪華な料理の数々を前にして空腹だった二人は次々に食べてしまう。そんな二人を見てレスター卿は笑みを浮かべている。

 

「口に合うかどうか不安はあったが、どうやら満足してもらえたようだな。こちらとしても嬉しい限りだ」

 

酒を飲めない二人の代わりにセバスチャンが気を利かせてワインのアルコールを飛ばしたものに果汁や蜂蜜を混ぜて作った、レスター卿曰く「子供でも飲めるワイン」を飲みつつ龍馬とディレットは肉にかぶりつく。テーブルマナーをよく知らないのでこういう形の食事は些か不安があったが、そこはやはり偉大な領主レスター卿。「これは貴族の会食ではないのだ。些細な事は気にせず、存分に食するとよい」と二人を気遣ってくれたのでありがたい話だ。よく食べる二人を見て食事に同席したリリスも笑みを浮かべている。

食事を終えるとセバスチャンが食器を下げる。片付いたテーブルでゆっくりと食後のワインを嗜んで一息ついたレスター卿は龍馬に語りかけた。

 

「食事も終わったことだし、本題に入ろうか。私は異世界の話を聞きたい。それに先ほど君が持っていたもの以外に珍しいものはあるかね?」

 

「そうですね……じゃあ、ディレット。まずは俺達の愛車から紹介しようか」

 

「そうだね、準備しようか」

 

「?」

 

龍馬とディレットは椅子を立ち上がるとレスター卿とリリスを城の外に置いてあるバイクへと案内する。今夜は月明かりもあり、それなりに明るいしロヴィクラム城の敷地も広い。軽くバイクを走らせるには充分だろう。外へ案内されたレスター卿とリリスはバイクを見て怪訝な顔をする。

 

「これかね?君達が乗ってきたという異世界の乗り物とは」

 

「見たとこ馬も何もいないみたいだけど、どうやって走るのかしらぁ?」

 

龍馬とディレットはバイクに跨がるとキーを差し込み、エンジンをかける。ヘッドライトが点灯して前方を明るく照らし、エンジン音が辺りに鳴り響く。突然の大きな音にレスター卿もリリスも思わず後ずさりした。龍馬とディレットはバイクを走らせると敷地内を走行してターンしたりするなどしてバイクの走る姿を二人に披露した。

 

「おお!実に素晴らしい!馬も魔力も必要とせずに動く乗り物か!」

 

「楽しそうねぇ。(わたくし)も乗ってみたいわぁ」

 

二人の前に再び戻ってきた龍馬とディレット。バイクから降りた彼等をレスター卿とリリスは拍手で迎えた。どうやら楽しんでもらえたようで龍馬も思わず微笑んでしまう。バイクのお披露目が終わると積んでいた荷物を下ろして再び食堂での対話に戻る。

 

「いや、素晴らしい!想像以上だ!あのような乗り物が異世界には当たり前に存在するとは!」

 

「一体あの"ばいく"という鉄の馬はどういう仕組みで動いているのかしらぁ?」

 

「詳しく話すと長くなるんでざっくりと説明させていただきますが、ガソリンという特殊な油を入れて燃焼させ、その力を利用して機械を動かしてタイヤ……車輪を動かしています」

 

「ふむ……機械仕掛けの鉄の馬か……油を燃やす力を原動力とする……なるほど、我等では思い付かないような仕組みだ。他には何か珍しいものはあるかね?」

 

「そうですね……」

 

龍馬はスマートフォンを取り出す。これぞ現代人の必須アイテム。しかし異界人にとっては摩訶不思議な道具なことこの上ないはずだ。離れた場所での会話を可能にし、風景を記録し、インターネットに繋ぐことで世界中の情報を閲覧できる。幸いにもレスター領は帝国の一部であり、アンテナの電波も届いている。龍馬はまずこの機械の機能を説明した。

 

「これはスマートフォン、略してスマホという機械です。俺達の世界には電話といって離れた場所同士で会話出来る機械があり、それを携帯出来るようにして様々な機能を搭載したものがこのスマートフォンです」

 

「なんと!そのような事が可能なのか!?リョーマよ、是非ともそれを見せてくれ!」

 

「もちろん。……ディレット、リリスさんとどこか離れた別室へ向かってくれるか?んでどこかで電話かけてくれ」

 

「オーケー」

 

ディレットは自分のスマートフォンを取り出し、不思議そうな顔をするリリスを連れて食堂から出ていく。しばらくするとLINEによる着信音が龍馬のスマホから鳴り響き、龍馬は電話に出た。

 

「もしもし?」

 

「"もしもし、リョーマ?聞こえる?"」

 

「ああ、聞こえるよ。お前はリリスさんにスマホを持たせてくれ。俺はレスター卿に代わるから。……レスター卿、これを持ってこうやって当てて会話してみてください。リリスさんの声が聞こえるはずです」

 

「……ふむ、よかろう」

 

レスター卿は龍馬のスマホを受け取ると彼に指示された通りに耳を当てた。

 

「……リリス、聞こえるか?」

 

「"あら、本当だわ!主人の声が聞こえるわ!不思議ねぇ"」

 

「おお!本当に妻の声が聞こえるぞ!なんと不思議な!」

 

離れた場所での会話というのはヴァンパイアの高度な魔術を持ってしても不可能だ。そんな夢物語のような話をこうしていとも簡単に実現させるスマートフォンという機械にレスター卿は大いに興奮した。さらに龍馬は機能をテレビ通話に切り替えると向こう側の映像がこちらに映る。ディレットとリリスの後ろには本棚があるのでおそらくは図書室か書斎のような部屋にいるのだろう。

 

「"ほら、リリスさん見てください。リョーマとレスター卿の姿が見えますよ"」

 

「"本当だわ!向こうからは私達の姿が見えているのね?はーい、あなたぁ。見えるかしらぁ?"」

 

「なんと!声だけでなく景色や相手の姿まで!これはなんと面妖な!」

 

二人はそのままスマホ越しに会話を続ける。お互いに長年夫婦として暮らしてきた仲だというのに、こんなにも新鮮な気持ちで話したのはいつぶりだろうか。もちろん夫婦仲は決して悪くはない……が、お互い長寿の種族ゆえの退屈による憂鬱さに悩まされていたのも事実だ。異世界の利器を通じた夫婦の会話はそのまま数十分続いた。やがて食堂に戻ってきたリリスとディレットを再び交えて龍馬はタブレットで動画を見せたり音楽を流したり平蔵からもらったソーラー・ドローンの飛行を天井の高い場所であるエントランスで披露したりした。異世界の様々な珍しい物を数多く見られたことで二人は大満足したようだ。

 

「素晴らしい!これほど気持ちが高ぶったのはいつぶりか!ここ数十年退屈に悩まされていたが、久しぶりに楽しい時を過ごすことが出来たよ。リョーマ、ディレット、君達は想像以上の働きをしてくれた。我が城に招いた中でも最高の客人だ!」

 

「ええ。とても珍しい物を見せてもらえて楽しかったわ。あら……そろそろ"仕事"をしなきゃね。(わたくし)は先に失礼するわね、うふふ」

 

そう言ってリリスは興奮冷めやらぬ夫のレスター卿と龍馬とディレットの三人を残して食堂を出ていく。リリスがいなくなった後、異世界・日本の国の話をレスター卿が聞きたがったので食堂で色々と話していると何やらガヤガヤと賑やかな声がエントランスの方角から聞こえてくる。

 

「レスター卿、何だかやけに騒がしい声が聞こえてくるのですが……」

 

「ん?おお!そうか。いやなに、私の城にはもうひとつの"顔"があってね。せっかく来てもらったのだ。ご紹介しよう。ついてきたまえ」

 

席を立つレスター卿。再び指を鳴らして魔力で扉を開けると食堂向かい側の扉に向かったので龍馬達も慌てて後を追う。

 

「これが我が城、我等が生業とするもうひとつの"顔"だ。とくとご覧あれ」

 

レスター卿の指を鳴らす音が再び鳴り響き、扉が開かれる。するとそこには龍馬達の予想だにしない光景が広がっていた。

 

「こ、これは……!」

 

「すごい……!」

 

扉の向こうは大きな広間になっており、食堂よりも広い。そしてズラリと並べられた数々の長机と椅子には多くの傭兵や冒険者達が座って話に華を咲かせており、中には酒を酌み交わす者も見受けられる。入り口から左手に見えるカウンターではサキュバスのリリスをはじめ、下半身が蛇のラミア族やクモのアラクネ族、ウサギの特徴を供えるウォリアーバニー族など多くの女性の魔族が帳簿や配膳用の料理や酒を手にせわしなく働いている。

 

「驚いたかね?これが我がレスター家のもうひとつの顔だ。ようこそ、"ロヴィクラム冒険者ギルド"へ」

 

ロヴィクラム冒険者ギルド。レスター家が代々営む家業であり、ロヴィクラム城一階の東の広間は夜間にのみ解放され、明け方に店じまいをするというこの世界でも珍しい、冒険者のためのギルドだ。

ここではレスター家と雇用契約を結んだ魔族が働いており、ギルドに寄せられる依頼の契約手続きや調理・給仕などの仕事を行っている。さらに……

 

「人間の生き血がなければ飢えに苦しむ我等ヴァンパイアが何故人間と共存しつつもこうして生き長らえているのか?その答えもここにあるのだよ」

 

依頼(クエスト)の契約手続き用カウンターの奥では傭兵や冒険者の他にただの一般人が男女に別れて列を成している。その列の整理を担当しているのが首のない鎧兵士デュラハンだ。デュラハンに案内された人々は奥の部屋に順番に入るとある者は貨幣を、ある者は食料を携えて出てくる。皆腕に包帯を巻いて。

 

「あそこは採血の受付をしていてね。民から任意で採血をする代わりに見返りとして金や食料を渡しているのだ。女性の血は私が、男性の血はリリスなど男の精気を生きるために必要とする魔族が使用している。もちろんよそ者の採血も歓迎だ。我等ヴァンパイアをはじめとする"人間の生き血や精気を必要とする種族"は愛する民達と持ちつ持たれつの存在なのだよ」

 

龍馬はそれを聞いて彼を厄介な変人だと会った時に思ったことを恥じた。確かに奇抜な言動が目立つが彼は自分が支配する民のことを第一に考える素晴らしい存在だ。ヴァンパイアの飢えや渇きという逃れられぬ運命を持ちながらそれを悲観することなく人間と共存できるシステムを構築しているのだ。そしてこうして町に人が多く来るようにギルドまで運営することによって結果的に物流も多くなり、この地に住まう人々にも恩恵がもたらされる。彼等レスター家はロヴィクラムの町にとってなくてはならない存在なのである。

ジョセフ・レスターという男はーーーーヴァンパイアでありながら、誰よりもヒトを愛する男であったのだ。

 

「おお、我が愛する民達よ。諸君らのおかげで今宵も賑やかな夜になりそうだ」

 

レスター卿は両手を広げて天井を仰ぎ、穏やかな笑みを見せる。

 

 

ーーーーだが次の瞬間、レスター卿の表情が本来のヴァンパイアとしての彼の恐ろしいそれに変化した。

 

 

 

「だが……薄汚いドブネズミが四匹、我が高潔なるこの城へと入り込んでいるようだな」

 

 

 

レスター卿が強くパチン、と指を鳴らす。その瞬間、ギルドの奥の机で酒を飲んでいた傭兵の四人が空中に浮き上がり、レスター卿の目前へと凄い勢いで引き寄せられる。

 

「う、うわわっ!?」

 

「な、何だよぉ!?」

 

その傭兵の男達は……あの時龍馬に叩きのめされたガラの悪い連中だ。どうやら彼等も本来の目的はこの冒険者ギルドだったらしいが、レスター卿はそれを許さなかった。

 

「我が物顔で町を徘徊し、幼子(おさなご)にその汚い手をかける愚か者共よ!貴様等に我が城、我が領地を踏む資格はない!」

 

「お、下ろせよ!何のことだよ!?」

 

「そ……そうだ!証拠もなしに……!」

 

リーダーの男とあのスキンヘッドの男がレスター卿の魔術で宙に浮かせられたまま喚くが、レスター卿は彼等を下ろそうとはしない。

 

「とぼけても無駄だ!町の様子は昼も夜も我が優秀な使い魔や部下達によって私に逐一報告させている!貴様等は我が愛する民の幼子に理不尽な暴力を振るい、あまつさえ幼子を人質に彼等の両親をゆすろうとした!その赦されざる罪、知らぬとは言わせぬぞ!!」

 

レスター卿は先ほどまで龍馬達と話していた紳士的な態度から一転、目を血走らせてその牙を剥き出しにし、恐ろしい形相で彼等を睨み付け、怒鳴った。部屋にいた者達が静まり返り、一斉にレスター卿に視線を向ける。

ーーーーヴァンパイアの支配する地、人間の生き血や精気を喰らい、殺すはずのヴァンパイアという種族が人間と共存し、共に生きるこの地での罪。それはレスター卿にとって万死に値するほどの行いだったのだ。レスター卿の怒りを買ってしまった男達はそのまま地面に叩き付けられ、武器を奪われ、デュラハンによってロヴィクラム城地下の牢獄へと連行されていった。龍馬とディレットは……彼等がこれからどうなるのか想像もしたくなかった。静まり返ったギルドが再び何事もなかったかのようにまたガヤガヤと騒がしくなり始める。

 

「……ふう。見苦しいところを見せてしまったな、リョーマにディレットよ。客人の前で大声を張り上げるなどあまりに失礼だとはわかっているが、我が愛する民を傷付けるような連中を野放しにするわけにはいかないのでね。まま、そこは支配する者として当然の責務、感情なのだ。許してくれたまえよ」

 

「い、いえ……俺達は大丈夫です……」

 

「お、お気になさらず……」

 

「ふむ。そう言ってもらえるとこちらとしてもありがたい。それに一言礼を言わせてもらおう。君達なのだろう?子供達を助けてくれたのは。ああ、謙遜せずともよい。私はすべて知っているからね。愛する民を助けてくれたこと、まことに感謝している。それにせっかくだ、よければギルドを見学していくといい。私はしばらく書斎にいるからわからないことや聞きたいことがあればリリスか部下に聞いてくれたまえ。ああ、君達のための客室をセバスチャンに用意させている。後で鍵を渡しに来るだろうから忘れずに受け取るように。では、失礼するよ」

 

再び魔術で扉を開け、レスター卿はギルドを後にする。扉はその後ひとりでに閉まり、龍馬とディレットはギルドに取り残された。そのまま突っ立っていても仕方がないので二人はセバスチャンが部屋の鍵を渡しに来るまでレスター卿から言われた通り、ギルドを見学してみることにした。

 

「いらっしゃあぃ。リョーマ君にディレットちゃん。主人の言っていた通り、ここは町やレスター領に住まう人々からの依頼が集まる冒険者ギルドなのぉ。傭兵や賞金稼ぎはもちろん、依頼を受けるのはあなた達でも大歓迎よぉ」

 

受付嬢兼ギルドマネージャーのリリスが再度このギルドについて説明する。龍馬達が今いるカウンターの右手には大きなクエストボードが貼られており、そこに数々の依頼の紙が貼り出されている。傭兵達はその中で自分が受けたいと思った依頼書を剥がすとそれをカウンターに持ち込んで契約の手続きを行っている。

 

「なんか某狩りゲーみたいで楽しそうだな。ワクワクしてくるぜ」

 

「あのゲームみたいにデカいドラゴンの討伐依頼がしょっちゅう出たりはしないけどね。私達の世界のギルドじゃ実際の依頼内容はもっと地味な仕事が多いよ」

 

ディレットからしてみればあのゲームのようなドラゴンやワイバーンが多く闊歩している時点で世界が滅亡しているレベルだ。あれが本当にあったとしたら命がいくつあっても足りることはない。実際のところ、冒険者ギルドというのはディレットの言うとおり地味な依頼がほとんどだ。薬草やキノコの採取、牧場の手伝い、馬車の手綱を握る御者など武器や戦闘を必要としないものが半分を占める。戦闘経験が必要なものでも敵は畑や牧場に害を成す害獣の退治やキャラバンの護衛など。ドラゴンと戦うなどあるとすれば冒険者ギルドどころか国が動くレベルだろう。

龍馬はクエストボードを眺めてみるが、シルワ語ばかりなので龍馬には読めない。代わりにディレットに気になった依頼書の何枚かを読んでもらう。

 

「西のホルストン牧場の業務補助、新しい納屋の建設補助、帝都へ向かうキャラバンの護衛……こんなところかな」

 

確かに地味だ。ゲームの中のファンタジー世界と比べると巨大モンスターの討伐も謎を秘めた古代の竜の調査もない。ゲームで例えればただただ序盤のおつかいクエスト、といったものが連なっているだけだ。これでは日本の派遣短期アルバイトと対して変わらない。

 

「そもそも別に俺らが依頼を受けるわけじゃないからどうでもよかったんだけどな……あるなら見てみたかったってだけの話で」

 

龍馬がクエストボードを眺めている間も依頼書を剥がしては受付をする者達が目の前を通り過ぎていく。ある程度依頼書がなくなってくると受付嬢のラミア族の女性が新しい依頼書を貼り出しにやってくる。そんな中、いつまでたっても誰も受けようとせずに残されたままの依頼書がボードの隅に残りっぱなしだった。

 

「ディレット、あの端っこの依頼書……あれなんて書いてあるんだ?」

 

「んーと……"急募!家畜の変死に関する調査!"だって。なんか牛や馬が謎の死を遂げてるからその原因を突き止めてほしいって旨が書いてあるよ」

 

そんな二人の会話を新しい依頼書を貼りながら聞いていたラミアの女性がこちらに歩み寄ってきて話し掛けてくる。……蛇の下半身で這いずってくる、と言った方が正しいかもしれないが。

 

「あら、その依頼に興味がおあり?それねぇ、今まで色んな人が調査に行ったんだけど結局原因がわからなくてね。変死の規模はそこまで多くないんだけど……このままじゃ少しずつ牧場主の被害は大きくなる一方なの。レスター様もリリス様もこの件には頭を悩ませてて……ね、よかったらあなた達、この依頼受けてみない?」

 

「え?俺達が?」

 

「ええ。あなた達、異世界の珍しい武器や道具を持ってるし、なかなか腕も立ちそうだからもしかしたら、って思ったの。原因を明らかにするだけでいいわ。もし危ないと思ったら急いで逃げてもいいからね」

 

ラミア族の女性は微笑みながらそう言った。どうやらこの依頼は業務補助の募集もしているホルストン牧場からのようだ。町を出て少し西にあるらしいのでバイクならすぐに到着出来るだろうが……どうするべきか。

 

「うーん……」

 

「リョーマ、受けてみようよこの依頼!レスター卿も困ってるみたいだしさ!」

 

別にモンスターと戦うわけではないのだ。仮に原因がモンスターだったとしてもそれがわかった時点で急いで逃げ帰ればそれで依頼は達成だ。それに龍馬自身、"クエストを受けてそれを達成する"という名目に少しロマンを感じずにはいられない。

 

「……やってみるか。ダメでもともとだしな」

 

「そうこなくっちゃ!早速依頼を受けようよ!」

 

龍馬は頷いてクエストボードから依頼書を剥がすとそれをリリスのいるカウンターへと持っていく。

 

「あらぁ?二人とも、この依頼受けてくれるのねぇ?嬉しいわぁ。この依頼、原因がわからないから誰も受けなくなっちゃってねぇ。でもあなた達なら何とかしてくれそうねぇ。じゃ、この契約書にサインをお願いするわぁ」

 

リリスはカウンターの下から既に"領主 ジョセフ・レスター"とレスター卿のサインが入った契約書を取り出す。これにサインして控えの"写し"を貰えば契約は完了だ。まずディレットがサインをし、龍馬も羽ペンを持つとサインをしようとするがある事に気付く。

 

「……俺、そういえばシルワ語の文字わからないんですけど」

 

「あら、そうなのぉ?だったら自分の国の言語でも大丈夫よぉ」

 

リリスがそう言うので龍馬は漢字で"斎藤龍馬"とサインする。

 

「へぇ、これがあなたの国の文字なのねぇ。何だか難しそうな文字だわぁ。うふふ、ありがとねぇ。じゃあ控えを用意するからちょっと待ってねぇ………………はい、どうぞぉ。明日これをホルストン牧場の方に見せれば招き入れてくれるはずよぉ。それじゃあ頑張ってねぇ」

 

リリスは契約書の写しを用意して龍馬達に渡す。これで依頼の手続きは完了だ。書類には依頼主のサイン欄があり、依頼達成後にここにサインをもらって持ち帰れば晴れて依頼は完了し、報酬が支払われる。龍馬は腰のバックパックに契約書をしまう。

 

「へへ、なんか楽しくなってきたな」

 

「おっ、リョーマったらノってきたねぇ」

 

 

 

 

 

気軽な気持ちで受けた今回の依頼。

しかしこれが恐ろしい脅威と対峙することになろうとはこの時二人とも夢にも思わなかったのである。

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